サキュバス、アルパチーノとロバートデニーロの不仲説を聞いて思わずオレンジを口に含みました33
結構な距離があると思っていたが喋りながらだと存外近く感じるものだ。ムー子とお話ししながらのお散歩なんて軽いナイトメア体験ではあったが、対面に暇と苦痛を載せて秤にかけた場合ギリギリムー子の方が下回る不快度指数だと思う。体調と状況によるけど。
「それにしても、いつ見ても大きいですねぇこのお家。こんなのもうちょっとしたスーパースターが住んでる豪邸じゃないですか。羨ましいなぁ」
「俺はワンルームくらいが丁度いいけどな」
「う~ん、この野心の無さ。良くいえば謙虚。悪く言えば小物。ピカ太さん。男としてのスケールが小さいですよ? もっと大きくいきましょうよ。俺の空みたいに」
「あれは元々金持ちの家系だろ。スタートが違い過ぎるわ。だいたい俺は何事もなく暮らして、何事もなく死んでいく人生でいいんだよ。今の望みは閑職に移動するか転職して暇な仕事をこなすだけだ。さっさと引退して年金暮らしと洒落こみたいよ」
「そんなヤンウェンリーみたいな事言ってると、いざ”頑張りたい!”って時に後悔しますよ? 頑張ってこなかった人間は頑張り方を知らないものだから、ここぞという時に頑張れないんです」
「もっともらしい言葉だが、お前には言われたくない」
「あ、私は将来親の遺産で食ってくんで。頑張らなくても大丈夫なんで。なんかうちの親、聞くところによると四桁の貯金があるらしんですよねっへっへっへ。こんなんもういつでもセミリタイアしてFIREできますやん。うはwwwwwwwwwww夢が広がりんんぐwwwwwwwwwwwwww」
随分懐かしいスラング使ってくるなこいつ……過去のVIPから来たのか? 悪いが令和のこの時代、VIPクオリティはただの痛い人だぞ。そういえばマッチングアプリの案件やる際に諸々調べていたら、「婚活サイト利用してる時にぃ。未だに”ウホッ! いい男……”とかネタで使ってくる四十代くらいの男の人がいてぇ。こいつ正気かぁ? ってなったりしてましたねぇ」なんてエピソードトーク書いてる記事を見つけて、おいおい本当かよ嘘っぽいなぁなんて思っていたんだけど、こうして古の言語を使ってくる奴を目の当たりにすると本当だったかもしれんという気持ちになってくる。というか、もしかしたら俺もいつの間にかついうっかり言っちゃったりしてるかもしれんから気を付けよ。あと全然関係ないんだけど、そこそこ歳いってるインフルエンサーが「オワコン」とか使ってるの見ると恥ずかしくなるよね。まぁどうでもいいんだけど。
「じゃ、入るぞ」
「はぁい」
べべー!
相変わらず高級なブザー音だ。さっき豪邸は必要ないみたいな事言ったけど、このブザーはちょっと憧れるな。車のマフラー改造する奴の気持ちが少し分かる気がする。
「はい。どちら様ですか?」
「輝だ。入れろ」
「あぁ輝さん。どうなさったんですか? いらっしゃるとは聞いていなかったんですが」
「協力してもらいた事ができたから中に入れろ」
「はぁ……協力ですか……具体的にはどのような?」
「お前のところにオカマの幽霊いるだろ? そいつを借りにきた」
「オカマ……あぁ、
「明賀……」
「名前ですよ。明賀ブリさん」
「あいつ、そんな名前だったの?」
「ご存じなかったんですか? 駄目じゃないですか。友達なら名前くらい知っておかないと」
「あの化物と友好の契りを交わした覚えはない」
「友達でもないのに引き取りにきたと?」
「一時的に借りに来ただけだ」
「輝さん。そんな簡単に借りたり貸したりするってのはどうかと思いますよ私は。今日日、犬猫だってもっとデリケートに扱われているんですから」
「勝手に異界の犬と現地の犬を交配させて売りさばいてるお前に言われたくない」
「それはほら。商売ですから。金儲けのためならすべての行動に正当性が付与されるってのが資本主義の原則ですよ」
「俺はその辺り詳しくないが絶対嘘だと分かる。魔界の常識を人間の常識に当て嵌めないでほしい」
「魔界も人間界も似たようなもんだと思いますがね……ところで輝さん。私、忙しいんですが、いつまでマイク越しにお喋りをしていなきゃいけないんです?」
「俺だってこんな事をしている時間はない。さっさと中に入れろ」
「輝さぁん、親しき中にも礼儀ありって諺知ってますかぁ? これは魔界ではなく、間違いなくこの世界の、日本の言葉なんですけどぉ? どれだけ仲のいい人間同士でも、最低限の弁えは必要だっていう意味なんですよねぇ? 輝さん、ちょっとその辺が欠落しているんじゃないですかねぇ?」
「……」
「はっきり申し上げまして失礼。無礼。常識がない。輝さん。私は別に、屋敷の中に入れる事はいいんですけどぉ? もうちょっとこう、誠意? 姿勢? そういったものを表していただけないと、どうにも、ねぇ?」
「……」
「ま、嫌ならいいんですよ? ここまでのお散歩お疲れさまでした。回れ右してお帰りになって。お家で冷たいお茶でも飲んでください。それじゃ」
「ま、待て!」
「はぃ?」
「い、入れてくれ……」
「入れて”くれ”?」
「入れて……ください……」
「どこにぃ?」
「お、お宅へ……」
「はい。じゃあ、それを繋げていってみましょうか」
「お宅へ、入れてください……」
「はい。よくできました。鍵開いているので、勝手に入ってきて構いませんよ。それでは」
「……」
燃やしてぇ。この豪邸。
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