サキュバス、大型スーパーマーケットで休日を過ごす事に情緒を感じ始めました8

 そもそも庶民がランチを頼んで何が悪いというのだ。「いやぁ何かを犠牲にして得た安さに満足しちゃうような感性の乏しい人間になんてなりたくないっすわー」なんて声が聞こえてきそうだがやかましいの一言に尽きる。そも食事などというのは犠牲あってのもの。命をいただくという行為に高いも安いもなく等しく尊いのだ。手を合わせていただきます。今日も血肉をいただき生きていきます。そういう気持ちがあって初めて催されるのが食事という儀式なのではないかね。それをお前、どれが美味いの不味いの、上等だの下等だの、高級だの低級だのと、恥ずかしくないのか。



「楽しみだなぁ熟成黄金牛タンのダブルセット」


「……」


「早く食べたいなぁ……どんな味がするんだろうなぁ……」


「……」



 まぁ、とはいえ、多少。多少はね? あるよね? 部位とか製法による差ってのは。でも、ま、ランチでも十分美味しいだろうし? いいんだけどね? 俺は全然。



「ところでピカお兄ちゃん、まだゴス美さんと喧嘩してるの?」


「別に喧嘩してるつもりはないが」


「嘘だよ。だって今日の朝ごはん、ピカお兄ちゃんの卵焼きだけ焦げてたし、納豆はひきわりだったし、みそ汁にブロッコリー入ってたし、明らかにおかしかったよ」


「……課長にも止む終えぬ事情があったんだろう」


「卵焼き焦がしてひきわり納豆買って出してみそ汁にブロッコリー入れざるを得ない事情ってなに?」


「そらお前……あれよ。分かるやろ」


「分からん」



 なんで分からへんねん。



「ピカお兄ちゃんさぁ。何があったかは聞かないけどさぁ。どうせピカお兄ちゃんが悪いんだし、ちゃんとしといた方がいいよ?」


「何故俺が悪いと分かる」


「だってピカお兄ちゃんなんだもん」


「なんだそれは。答えになってないぞ」


「この意味が分からないうちは、一生ピカお兄ちゃんだねぇ」




 うぅん禅問答。なんだろう。哲学。レーゾンデートルの話? 深層心理における自我の拠り所と存在証明を定義し、己の命題を示すデカルト的空想をご披露すれば諸兄諸姉にご納得いただける? 我は悩む故に我なのである的な詭弁じみたロジックを展開しコギトの葦として矮小なる存在を明示しなければならない? 然るに心理の内にある表層は外的要因により形成された壁であるからして本質的な我という概念を抽出するべき? とすれば俺という人間がどういった存在であるか明々白日に示され皆様にご納得いただけるとは思うがしかしそれは果たして俺であるのか? 皆様が思い描いている俺という存在と俺自身の深層にある俺という人格に乖離はないのか? もしそこに乖離が生じていた際俺は俺と言っていいのか? 他者から見られていると自分と自分自身の存在が異なった場合はそれは俺なのか? うぅ……アイデンティティクライシス……己が己である証明は己があっても困難である。




「というわけで俺は輝ピカ太であるという証明を提示できないため俺であるという保証ができずお前の言うように一生俺であるという仮説は立証できないと思うのだがどうだろうか」



「……ピカお兄ちゃん、大丈夫? 変な本でも読んだ?」


「そんな暇ねぇよ。平日は仕事だし、休日も最近が何かしら予定入ってるんだから」


「そうなんだ。モテモテだねピカお兄ちゃん!」



 お? 煽ってんのかこいつ? やるかぁ兄妹喧嘩ぁ? 上等じゃねーか。年上の力、見せてやるよ。久々に暴力という名の恐怖をお前の身体に叩き込んで……



 暴力?


 

 俺、ピチウに暴力を振るった事なんてなかったよな? なんでそんな台詞が出てくるんだ? まさか、記憶がない期間に手を……いやいや、さすがにそれはないだろう。だって俺だぜ? お願いされたら断れず、歳下が困っていたらつい助けてしまう人のよさだぜ? そんな俺がどうして妹を殴るだなんて……


 ……いつからだ。俺はいつからそんなお人よしをやっているんだ? 物心ついたころから? それとももっと前? え? なに? 分からん。俺は俺という人格がどうして構成されたのか全然分かってない。 俺、俺としての根幹がない? これやばくね? じゃあ俺を作っている根本ってなに? 人格を形成している骨子はどこからやってきたの? え? 怖。なんか自分が信じられなくなってきたぞ? 俺は本当に俺か? 俺はどうやって俺であると証明できるんだ? できない! 記憶の無い人間が自身の自分であるとなんていう事は不可能! つまり俺は輝ピカ太じゃない可能性が多分に存在するという事! いやぁこれはまずいぞぉ? ちょっと錯乱状態。俺は俺じゃーんなんて簡単に切り替えれる問題じゃねーわ。思ったよりも動揺を隠せないわ。どうしよ。せや、丁度目の前に家族おるやん。こいつに聞いたったらええんや。そしたら全部わかるやないか。仮にこいつがいつもみたいにとぼけたりお茶濁しよるんやったらバチコーンかましたったらえぇねん。あ、いかん。そういうところが怖いってんだよ。ちょっと意識が混沌としてきてヤバい。駄目元でピチウに聞いてみよう



「なぁピチウ。俺ってさ……」



「お待たせいたしました~~~熟成黄金牛タンのダブルセットとスペシャルランセットでございま~~~~~す」


「ありがとうございます~~~~さ、料理がきたよピカお兄ちゃん! 食べよ食べよ!」


「……」


「ピカお兄ちゃん?」


「……あぁ、そうだな。食べるか」




 店員! タイミング! 空気を読めぇ~~~~~

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