サキュバス、大型スーパーマーケットで休日を過ごす事に情緒を感じ始めました4

「やったぁ! じゃあこの色紙に!」


 なんでんなもん持ってんだよ。芸人の出待ちかお前は。用意周到過ぎて引くわ。一回分かったと言った以上は書くけどもだな。



「ほらよ」


「あ、すみません。名前書もお願いします。津斗 バズです」


「注文多いな……ほら」


「ありがとうございます! 家宝にします!」


「燃えるゴミの日に捨ててくれ」


「またまた! グレートまたまた!」



 だからなんだよその”またまた!”っての!? なんかうぜーんだよやめろそれ!



「あ、僕もサインください!」


「俺も!」


「僕も! あ、名前はいいんで日付だけお願いします」



「あぁもううるさいな。全員書くから。並べ並べ」



 くそ怠い。なんだこの即席サイン会は。他の客の目が気になってしょうがねーよ。なんか「誰あれ?」「子供がグレートって言ってたけど、知ってる?」「知らない。芸人かな?」なんて会話が耳に聞こえてくるんだよ! 恥ずかしいったらねーよ! というか気を遣え! そんな話を本人の近くでするな! 

 でも確かに最近TikTokとかYoutubeショートとかで知らない有名人が増えたよな。あれすげーよな。普通に女子高生とかおっさんがバズって著名人みたいな扱い受けてんだもん。YoutuberとかVチューバーとかもそうなんだが、もうテレビに出てるからとか養成所出たからとかっていう基準が通用しない時代になってきた。老若男女関係なく結果が全て。面白い動画作って再生数稼げたもの勝ち。そういう意味ではシビアな世界だが、夢があるよなぁ。俺は全然痺れないし憧れないけどね。毎日会社の駒として出社して安定して昇給賞与と連休が貰える生活は偉大だよ。なんと言われようが必要以上の責任もプレッシャーもないのは絶対的メリット。飯の種どうしようなんて考えながら動画作るなんてのは性に合わねーな。今の会社も大概合わねーしクソブラックだからさっさと辞めたいけど。


 そんな事よりサインを全部書き終えたぞ。カタカナでグレートって書いただけなんだけども。

 ……自分で書いておいてなんだけども、お前らいいのかそれで。なにがなんだかさっぱりだぞ。



「グレート! ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


「あー気を付けて帰れよー」



 どうやらいいようだ。俺的にはそれでいいならいいんだけども……まぁともかくこれで一件落着。やれやれ大変な目に遭った。二度とこんな事がないように例の動画に削除依頼出しておこう。受理されるかどうかは知らんが。



「ピカお兄ちゃん。凄い慕われてるね」


「あれはなんか、たまたま出演させられた動画が偶然拡散して顔を知られただけだよ。別に俺個人がどうのこうのって話じゃない」


「そんな事ないよ。だって、昔からそうだもん。私達のクラスでも人気者だったよ。頼り甲斐になるって」


「それはお前らが何かと面倒事を持ってくるからだろ……」




 そうそう。そんな記憶はあるんだよな。ちょうど中学に上がるくらいの頃はしっかりと覚えてるんだよ。いやぁ大変だったなぁピチウとその友達の相手。やれ野犬が出たから退治してくれだの、上級生に奪われた変身ケータイ手帳! リンクルンを取り返してほしいだの……よくよく考えるとよくもまぁ面倒見てやってたよな俺。ナイスブラザーが過ぎる。



「懐かしいなぁ。子供の頃はなんでも楽しかったなぁ。ピカお兄ちゃんがいて、お母さんがいて、友達がいて。学校が終わったらみんなで一緒に帰って、ご飯を食べて、漫画を読むの。あの時はなんにも不幸じゃなかったし、不安もなかったぁ」


「場末のスナックに立ってるママみたいな台詞を吐くな。それよりさっさと本買ってこい」


「そだね。じゃ、ピカお兄ちゃん。一緒に行こ?」


「あ、俺はベンチで……」


「一緒に行こ?」


「……分かったよ……」



 結局連行。断る勇気がほしいもんだ。しかし、ミステリと言う勿れはすぐみつかるだろうけど影武者徳川家康あるかな……まぁなければないで諦めてもらおう。

 それにしても久しぶりに本屋なんかに来たが、驚愕だな。昔は内容を知らなくてもどの漫画がどの雑誌で連載しているかって把握していたもんだが、今は全然分からん。そのうえなろうだのエブリスタだのタイアップだのといった所謂WEB小説のコミカライズが所狭しと並んでいてなにがなにやら。長く続くなぁこの手の流行も。いや、ここまでくるともはや流行ではなく一種のジャンルとして定着した感がある。昔は「俺TUEEEEEEEE」だの「〇〇な件について」なんてタイトルは掲示板のSSかよと一笑されて終わりだったがいつの間にか定着して廃れ新たなステージへ進んでいってしまった。今第一線にいるオタクはこれ全部読んでんの? スゲーな驚嘆。そして焦燥だよ。こうして時代から取り残されていくと思うとなんか悲しくなってきた。どうしよ。いい機会だし、なんか読んでみるか?



「あ、ピカお兄ちゃんなろう系コミカライズ読むの? だったら、蜘蛛なにがおすすめだよ」


「ふぅん。どんな内容なの?」


「転生した主人公が活躍する時間軸とその未来の時間軸とが交錯する群像劇だよ。面白いよ」


「ふぅん」



 随分凝った設定だな。プロットをしっかり作っておかないと破綻しそうなシナリオだ。



「最近アニメ化もしたし、人気も抜群だよ。面白いよ」


「ふぅん」


「まぁ私はテレビ観ないから分かんないんだけど、そこそこ評判も良かったようだよ。面白いよ」


「ふぅん」


「声優さんも豪華だったらしいよ。多分二期もやるって話らしいよ。面白いよ」


「ふぅん。ま、今度でいいや」


「え? なんで?」


「確かに面白そうだし、興味はあるんだけど、なんか、追っていくのが大変で頭に入らなさそう……」


「……ピカお兄ちゃん、老化?」


「うるさいな!」

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