サキュバス、白球を追いました3

 えぇい苛ついていても埒がない! さっさとプラン返却を了承する言葉を引き出して帰ろう! 何せ昨日はろくに休暇を満喫できなかったのだ。今日こそ悠々自適に、勝手気ままに、やりたいようにやるホリデーを過ごしたい所存。でなければ俺の精神衛生上大変よろしくない。平日なんてお前、ほぼ毎日終電まで仕事して帰ってきたら深夜アニメやスポーツニュースを視聴しながら夕食を摂り、軽くシャワーを浴びて、ベッドに入ったら贔屓にしているサイトや掲示板などをチェックして就寝するような、そんな生活だぞ。ばっきゃろう! これが人間の生き方か!? 最低限文化的な生活とはいったいなんだ!? まったくどいつもこいつも働け働けとうるさいったらない。四十年五十年労働漬けだなんてどうかしてるよな人間。最近はファイヤーとかいうセミリタイアが流行らしいが、俺もさっさと燃え尽きたいよ。未来の自分にダイアキュートだ。



「マリさん。野球道具を持ってまいりました。これで野球に参加できます。いつでも大丈夫です」


「じゃ! 行っか! ね! お兄ちゃん!」


「ん?」


「ん? じゃなくて、野球だよぉ。お兄ちゃんも一緒に行くんだよぉ? 見たいでしょお? 私とプランちゃんがMVPに輝く姿を! 二死満塁でセンター付近に渋いヒットを打つところを! ライト線ギリギリにライナー性の打球放って二塁を踏む場面を!」


「ん?」


「なにー? お兄ちゃんその、ん? ってなにー? ねぇー? ちゃんと言わなきゃわかんないよー?」


「ん?」


 察してくれマリ。行きたくないんだ。行きたくないんだよ野球なんか。だが無下に断るのも何か悪い気がするから最大限遠慮して口に出さずに必死の抵抗をしているだけなんだよ。なぁお前大人だよな? 分かるよな? な?


「あ、私分かった! 分かったよお兄ちゃん!」



 そうか! 分かってくれたか!



「野球観戦した過ぎるせいで言語能力が一時失われてるんだね! なるほど納得だよお兄ちゃん!」


「ん?」



 全然分かってねぇ! 解釈違い! 解釈違いです!



「じゃ、行こ!」


「んんんん~……」



 無念。俺の休日はここで終わってしまった。しゃあない。道中ビールでも買って、小学生がやるぬるい野球でも観ながら野次を飛ばすとするか……



「あ、輝さん」


「あ?」


「プランの事、よろしくお願いしますねぇ?」


「……」



 いいたい。誰がよろしくされてやるものかと言ってやりたい……が……



「ピカ太様。不束者ですが、どうぞ、よろしくお願い致します」


 子供の前で言えるわきゃーねーよなーそんな事―! 畜生!



「んっん~」


「プラン。輝さんもよろしくだって」


「恐悦至極でございます~」



 ……デ・シャンめ、覚えてろよ?



 「じゃ! 行こう! 学校のグラウンドでやるから! 急ごうね!」



 おいおい反対方向じゃないか。勘弁してくれよ。最近足腰が弱くなってきてんだよ。度重なるデスクワークに睡眠不足。食事は改善されてきているがちょっと前までサラダチキンにカップみそ汁とお握りのコンビニセットか外食ばかりだったんだ(自炊もしてたけど)。もう体力が持たない。しかもこいつら歩くの早……早い……おい、ちょっと待て、お前これ、俺小走りだぞ? あ、なに? これなに? 上がってる? 速度上がってる? ちょい、ちょいちょいちょいちょいちょーい! 待て―い! 待て待てーい! 速い! 速いって! なんなんお前ら! 子供は風の子とかそういう次元じゃないぞ! 常軌を! 常軌を逸している! なんやねんこれ!? 下手したら原付以上だぞこれ! ほら! 今抜いた! おばちゃんの乗った原付抜いたよこれー! な、なんなん? なんなんなん!? こいつらほんとなんなん!? あ、分かった。こいつらアレだ。ニンジャだ。え? ニンジャなのあいつら? アイエェェェェェェニンジャ! ニンジャナンデ!? 



「……っと、あれ? お兄ちゃん? あ! あんな後ろにいる! ちょっとー! お兄ちゃーん! 遅いよぉー!」


「これが牛歩ですか? 日本の文化は奥深いですねぇ」



 わざわざUターンして戻ってくるのはいいがお前……ちょっと考えろよほんと……人間の限界を考慮してくれ……



「おま……合わせろ……こっちの……はぁっしゅ……スピー……ド……ふぃっしゅ……に……はや……はやい……ぜふぅ……ねん……」



 あかん。完全に息切れしてるわ。そりゃそうだ。十傑衆みたいな加速力で進まれちゃ追いつけるわけがない。せめてウラエヌスかなんかくれ。



「仕方ないなぁ。じゃ、少しゆっくり行こうか」


「せまい日本 そんなに急いで どこへ行く。ですね」


「ふぅ……ぶふぅ……そうして……くれると……はっん……ふぅ……たす……かる……」



 畜生。狭い日本どこへ行く。だが、これでようやくゆっくり歩ける。あぁしんどかった。だいたいいい歳して走るとか想定の範囲外だわ。大人ってのは、どんな時でも焦らず恐れず、どっしりと構えて事に挑むべきなんだよ。だから朝寝坊で遅刻確定しても決して焦ったりしてはいけない。「あっはっは。まいったねこりゃ」と一笑に付し二度寝するくらいの気概と丹力が必要なんだ。まぁ連続でそれやって懲戒喰らった奴いるんだけどね。元気かなーあいつ。まともな社会生活送れているといいけど。おっと、そうこうしているうちにコンビニを発見。地元に根差したローカルショップ『モンキー☆バナナ』。できれば全国チェーン店がよかったが、ここを過ぎると確か学校まで寄り道しようのない退屈ロードだったはず。仕方ない。ここで買うか。



「おい、コンビニ行こうぜ。お菓子を買ってやるぞ?」


「本当!? やったねプランちゃん! 何買ってもらうか一緒に決めよ!?」


「え? あの、私の分もいいんですか?」


「いいよ別に。好きなもの選んでくれ」


「いえ。結構です。悪いです」



 そうそう。こいつこれがあるんだった。めんどくさいなぁもう。



「今度からそのテンプレ禁止な?」


「え? 誰かから何かをいただいた場合、この文言により発生する一連の応酬は明確にルール化されていると聞いていますが」


「廃止されたんだよ。今のレギュレーションじゃないから気にするな」


「それは存じませんでした……では、いったいどのような改定を?」


「ありがとうございます。いただきます。だ」


「なるほど」


「ほら。言ってみろ。Répetez s'il-vous-plait(グーグル翻訳の音声)」


「Oui。ありがとうございます。いただきます」


「どういたしまして」


 よし。アップデート完了。これでしちめんどくさいやり取りをせずにすむな。

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