サキュバス、犬とロリがやってきました9

 さぁいざ外へ。うぁ陽が落ち掛けてる。一日が終わるじゃん。分かっちゃいたけどしんどいなぁ。時間がガシガシ削られていくような気分になる休日の夕方は実にしんどい。出勤中はあんなにも朝が憎いのに、休みの日になると惜しくなる。うぅんジレンマ。この現象をラグナロックオンザロックと名付けよう。みんなこれから使っていいよ?


 そんな事よりタクシーが二台待機しているが、運転手めっちゃ不機嫌そうな顔してるな。見るからに「早く乗れ」って目つきじゃん。居た堪れないなぁ。



「ムー子。あんた化粧もせずに出てきて恥ずかしくないの?」


「すみませぇぇぇぇぇぇぇん! でもピカ太さんがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「おっと、他人のせいにするのはよくないぞ?」


「ほらぁぁぁぁぁぁぁぁぁナチュラルにこういう事言うんですよ課長ぉ!? 酷い! 酷すぎる! さすがに今回は擁護してほしいですよぉ」


 どうせ化粧なんてしたところで変わらないだろう。

 などと言ってはいけない。それは女の努力を全否定する言葉である。男女平等が叫ばれる昨今、メイクやスカートなどについても「女性に強要するな」などといった声が上がったりもしているが、綺麗になりたい。可愛い服を着たいという女の意見を無視してはいけない。中には好きで顔を整え情欲をそそる服を好む人間もいるのだ。そうした個人の主張をねじ伏せて、特定集団の意見ばかりを尊重しろというのはおかしな話。したくて女らしく生きている女もいるという事を忘れてはならないし、彼女たちの日々の苦労を蔑ろにしてはいけない。ガンプラのカラーリングやデカールと同じであると思えば、その大切さが分かるだろう。



「どうでもいいけどムー子、櫛くらいは入れておくように。ほら、鏡とブラシ」


「あ、ありがとうございます課長。洗って返しますね?」


「あげる。貴女が使った後のブラシなんて、正直触りたくもないし」


「うっわひっど。これは完全なパワハラですね間違いない」



 まぁ確かに酷いし許されるべき言葉ではないが、ムー子に対してなら何をいってもいいような気がしなくもない。これはこれで駄目な思考なのだが、まぁ、あいつも悪いみたいなとこあるしええやろ別に。


「そうだね。パワハラだね。鳥栖さん。ちょっと今のは酷いと思うよ?」



 が、デ・シャン専務はそうでもないようだ。でも多分面白がってるだけだなこれ。そういうの分かっちゃう。



「……はい……確かにそうでした。軽率な言葉を使った事を認めます。申し訳ございません」


「……」


 ムー子の顔が邪悪な光を放っている。こいつ、さてはまた……


「ごめんねムー子。言い過ぎた」


「課長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ? 謝る時にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ? ごめん。なんて言葉遣いはないんじゃないんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」


「……」


「申し訳ございません。じゃあ、ないんですかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ社会人としてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? そっちのインキュバスにはつかえたのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? 私には遣えないんですかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」



 あっかんわこいつ。完全に調子乗ってる。なんでこういう限定的な場面で躊躇いなく攻められるんだろう。絶対後で殺されるって分かってるのに。



「……ません」


「あ!? なんだって!?」


「申し訳……ございません……」


「はぁぁぁぁーーーーーーー!? 聞こえないっすねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? なんでしょうかぁぁぁぁぁぁぁ!? 私の耳にバナナでも詰まってんですかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? そんなわけないですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? どうみてもバナナなんて詰まってないですもんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? じゃどういう事ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? どういう事なんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 声が小さいって事でしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 課長のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ声がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ミニマァァァァァァァァァァァァァァム! ほらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもっと誠意込めてぇぇぇぇぇぇぇぇ! 大きな声で言ってくださいよ課長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


「……」



 うわぁ煽る煽る。ゴス美から殺意の覇道が漏れ出してるけどあいつそういうの見ても平気なんだろうか。絶対心の臓止められるやつなんだけど。ゴッドプレスからのジェノサイドカッターを経てラストジャッジメントでフィニッシュになるやつだわ。



「どうも! 申し訳! ございませんでした! ゴス美さん!」



「あいや! よろしい! 分かればよろしい! 今後はコンプライアンスを遵守してよりよい労働環境づくりに励んでください!」


「……後で殺す」


「なんて?」


「いえ。何も」



 うぅむ。どうやらこんや十二時、だれかムー子がしぬらしい。合掌。



「あのぉお客さん」


「あ、はいはい」


「すみませんが、乗るなら早くしていただけませんか?」


「あぁ、すみません。すぐに」



 なんで俺が怒られなきゃいかんねん。まぁ他まとまに話できそうな奴もいないし仕方ないか……今回は寛大な心で許してやろう。



「えーじゃあ怒られたのでそろそろ出発したいと思います。先頭車両はゴス美とデ・シャンとマリとプラン。後方車両は俺と課長ね」


 別に人員などどうでもいいが、せめて車中くらいはゴス美のストレスを緩和させてやろう。上司やムー子といるとストレスで胃が破裂してしまいそうだしな。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ私課長と一緒がよかったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「……」


「課長とぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ!? 一緒がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? あ、よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」


「……」



 凄いなこいつ。完全に知恵捨チェストの心意気じゃん。薩摩武士か?



「ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? お前もそう思うだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉデ・シャンんんんんんんんんん!?」


「いえ、私はそうは思いません」


「あ、そう(スン)」



 見るからにテンション下がったな。こいつどんだけゴス美をなじりたいんだよ。



「あの、お客さん」



 うるせぇな今乗るよ!



 っと、危ない。口から不適切発言が出るところだった。確かに悪いのはこちらだ。いつまでも車を待たせている俺達が悪なのだ。あぁ、しかしムカつく! これはきっとカルシウム不足だな。乳酸菌がたりてない証拠だ。こんど飲むヨーグルトを買ってこよう。


「すみませんね。今乗ります」


「頼みますよ」


 頼みますよ。だぁ!? おう偉そうだな! それが客に対する態度か!?

いかんいかん。あくまで平和にいこう。ただでさえトラブルばかりなのだ。無用な問題は起こしたくない。今回はこちらが悪いとして、黙って非難されておこう。事実こっちが悪いしな。ともかく、さっさと出発してもらおう。



「じゃ、出してください」


「はいはい」



 はいは一回でいいんだよ!


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