サキュバス、歌っちゃいました16

 電話完了。廊下を闊歩。楽屋前。そろりと扉を開けて様子を確認。お、ムー子ちゃんと大人しく収録スペースに収まってる。なんだ普通にでき……あ、なんか震えてるし顔怖いなおい。これあれだわ。完全にキレてるやつだわ。不意打ち喰らったフリーザ並みにイライラしてるやつだわ。対応してくれてるスタッフの人も心なしか同情してるように見えるな。カワイソ。


「はいOK! こっからサクリファイス子さんの特集入るんで一旦休憩でーす。十五分後に再開します―す」


 あぁあったな確かそんなコーナー。確かMCとパラッパもといサクリファイス子が対面で話すんだっけか。やり方が露骨だなぁ。


 ポペポペポペポペポポン。ポペポペポペポペポポン。



 電話? あ、スタッフさんのか。



「はいもしもし。え? はぁ……分かりました。伝えておきます」



 妙に訝し気な顔してるな。なんかあったか?



「あのぉ、ユーバス・咲さん」


「……!?」



 声が全然届かねぇ。簡易な施設かと思ったけどしっかり作ってあんだな。



「パラッパさんがたで、モーション目障りだからもうちょっと落ち着いてくれとの事です」


「!? ッ! !!!!!」


 何言ってんのか分かんねぇけどめっちゃ怒ってる。



「はぁ……すみません。でも命令なもので……ひとまず、出てきますか?」


「! !!!! !!」



 歩き方が龍が如くみたいになってる。そりゃムカつくよなぁそんな指示出されれば。



「どういう事ですか!? 私普通にしてただけなんですけど!? そりゃ途中ダブルピースとかしましたけどカメラ寄ってるんだからそれくらいするでしょうがえぇー!?」


「すみません……代理店からの指示なんで……」


「まーた! まーたそれ! クソみたいなダイマしくさってからに! あんな腑抜けたハトみたいな声出す奴のどこがいいのか全然わからない! 枕営業でもしてんじゃないの!?」


 実際やってるなんて話は聞くけど、サキュバスが枕を非難するというのはなんだかおかしな絵面だな。お前だって機会があればやるだろうに。まぁ、そんな事はどうでもいいんだが。



「よぉユーバス・咲。元気か?」


「あぁピカ太さんですか。そうですねぇ。怒りという活力なら無限大ですね! 今ならシャイニングフィンガーソードが使えます!」



 怒りのスーパーモードじゃガンダムファイトは勝てないぞ? 



「まぁ少し冷静になれ。これからの打ち合わせをするぞ」


「……そうですね。一旦落ち着きましょう」


 話が早い。やはり共通の敵を持つと意思疎通がしやすくなるな。


「すみませんがスタッフの方。五分ほど二人にしていただけないでしょうか」


「えぇ? ちょっと色々やらなきゃいけない事があるんですが……」


「お願いしますよ。じゃないと、多分ユーバス・咲、収録スペースでゲロ吐きますよ?」


「なんなら今すぐ吐きそう……そこの高そうな機材に直下型ボムをお見舞いしそうです……」


「……五分だけですよ?」


「はい。すみませんがよろしくお願いします」



 スタッフ退室。これで話ができる。



「よし。休憩あけてからは二人紹介してお前の番だ。台本は覚えてるな?」


「当たり前じゃないですか!? 待機中死ぬ気で覚えましたよ! あのハゲ絶対を殺すためになぁ!」


「焦るなよ? これが成功しなかった単なる放送事故で処理されて、お前はただトチっただけになる。時間は少ない。確実に仕留めるぞ」


「ガッテン!」


「それと、ほら、これ」


「? なんですかこれ。スマフォ?」


「昨日ジャンク屋で買ってきたんだ。YouTube開いてみろ」


「はいはい……ん? なんかログインしてますよこれ」


「そうだ。お前は収録スペースにこの端末を持って入り、配信をしろ。既に予約されているからあとはタップするだけだ。配信のURLは例のページに追加しておいたから、この放送を聞いている人間なら誰でも飛べるようになっている。万が一途中で打ち切られた場合でも、こっちで聞けるという寸法だ」


「なーるほど。さすが広告屋! 悪知恵が働きますね!」


「今日ばかりはその舐めた口の利き方を許してやる」



 本当に今日だけだからな。



「あのぉ……すみません。時間なんですが」



 スタッフが戻ってきた。話はここまでだな。



「すみません。丁度終わりました。では、お願いします。あ、私もここに残りますが、お気になさらず」


「あぁ、はい。分かりました。あ、お茶とかいります?」


「お構いなくー」



 さて、準備は整った。後は出番を待つばかり……



「じゃ、そろそろサクリファイス子さんのコーナー終わるんで、ユーバス・咲さん移動お願いしまーす」


「はーい」


「モーションは控えめでお願いしますねー」


「善処しまーす」



「はい、それでは、三、二、一、開始でーす……ちょ!? な、なん!? なにやってんすか!? そのアクバーみたいな恰好やめて……ほーら電話! 電話きちゃった! 一旦出ますよ!? はいもしも……はい! はい! さーせん! すぐ! すぐにやめさせますので! はい! はい! はい! 分かりました! さーせん! 失礼しま! ……はいストップ! きたからー! もう衛府亥さんから直接電話きたから―! お願いだからやめてー! やめ……ちょっと! なんで!? なんで次はムドーみたいなポーズしてんの!? え? なに? このままシックスの主要ボス全員真似する気!? 頭おかしいんじゃねーの!? あ、ほらぁ~また電話きたよ~ちょっと出ますね~……はいもしも、あ! はい! さーせん! ほん! さーせん! マジのマジでちょっと……」



 ……ムー子の奴、怒られてる間に今度はグラコスになりきっていやがる。とんだ悪党だな。

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