サキュバス、歌っちゃいました4

 よし! 行くぞ! ホームセンター! 郊外のおっきいホームセンター! ゾンビが出ても安心ホームセンター! みんなで行こうホームセンター!


 ……ホームセンターかぁ。


 遠いんだよなぁホームセンター。かといってレンタカー借りるのも億劫だし、そもそも俺はペーパーだからマジで事故りかねない。グランツーリスモで研鑽したテクニックも現実じゃラフランス。つまり用無しってわけ。つくづくリアル経験値が不足しているなぁと思う今日の頃だ。まぁグランツーリスモでも国際ライセンス取得するのに数時間を要したのだが。


 さて、そんなこんなで駅。Suicaでホームへ。次の電車は分刻み。到着。はいはいお邪魔しますよっと。比較的空いている時間とはいえい着席は不可。立ちっぱなしで一駅二駅。デジタルサイネージを見ながら揺られ待つ。これが中々馬鹿にできないもので、豆知識や雑学をクイズ方式で紹介するコーナーや沿線にある飲食店の紹介などバラエティに富んでいる。出勤の憂鬱で負となっている脳に染みてありがたい。足の疲れを忘れしばし見守るとほうぉらもう弊社最寄り駅だ。テケレテケレと鳴り響く停発車の合図に見送られ改札をパス。駅前の飲食店などを尻目に黙々と歩けばご到着というわけである。さぁ今日も元気に働こう帰りたい。



「おはようございまーす」


 元気なく執務室に入室。すでに人影。誰だろう。決まっている。上長だ。



「あ、あ、あ、輝君おはよう。あ、あ、今日も、あ、早いね。あ、あ、いつも、ありがと、あ、あ、ね」



 【上書き禁止】上長取り扱い脳内メモ0420展開。

 「あらお早い出勤ですねお疲れ様ですありがとう」という具合に労われた場合、「あんたの方が早いじゃねーか大丈夫か死ぬぞ」などと言ってはいけない。上長はとにかく下手したて下手したてに出る癖があるので、妙な事を言うと更にへりくだり自尊心崩壊の危険がある。この人に対しては少々調子に乗って対応した方が返ってリスペクトの証となると理解し、心を鬼にして生の意気を押し出すべきだろう(個人的推察)。



「うぃーす。今日もヨロシクっす」


「あ、あ、あ、よろし、あ、く」


 うーん。今日は一段と話が途切れる。調子はあまりよくないようだな。というか帰ってんのかこの人。寝癖ついてるし髭も剃ってないぞ。どれ、予定見て見るか。PC起動、ブラウザを立ち上げ、カレンダーカレンダーと……



「……」


……


 



 俺は何も見なかった。





「課長、生前葬やっといた方がいいんじゃないですか?」


「あ、あ、輝君は、あ、面白いな、あ、あぁ、はは、あ、ははは」


 生前葬って香典どうなるんだろう。せめて生きているうちに、何かしてやりたいもんだ。あと絶対出世はしない。


「それじゃ、仕事はじめまーす」


「あ、あ、はい。あ、よろし、あ、くね」


 生涯ヒラ宣言を胸の中で高らかに掲げ業務に移る。メールチェック、タスクの確認、ニュースサイト閲覧、資料作成、ファイル整理、転職サイト閲覧、納品物確認、修正、加筆、デザイン変更、YouTube、署名……ん?


 再度YouTubeタブ。なんだこれ。おススメにユーバス・咲とか出てきてやがる。なんで? 昨日調べたから? いやいや私物デバイスの紐付けなんしてないぞ? なんで急に出てきた? 怖。



「お、ユーバス・咲嬢とは輝さん、分かってらっしゃる」


「! ……なんだ不破付ふわつけさんか。急に背後から声かけるの止めてくださいよビックリするから」

 


 お前マジで気配ないから怖いんだよ! 本当に止めてくれ!



「すみません。いやぁしかし、輝さん、Vに興味が出てきた感じですか?」


「いや、たまたまおススメに出てきまして……」


「さいですか。しかしこれも何かの縁。一度観てみるといいですよ、Vチューバー。あ、切り抜きは駄目ですからね。本家にお金入らないから」


「そうですか! ははは!」


 愛想笑い。

 そういやこいつVにハマリ散らかしてたな。丁度いい、ユーバス・咲 もとい、ムー子がどんなものか聞いてみるか。


「こいつ流行ってるんですか?」


「ユーバス・咲嬢ですか? そうですねぇ。現状は中堅といったところですが、認知度が異様に早く、またファンが離れない事から期待の新星と呼ばれていますね。配信としてはレトロゲームの実況やお絵かき企画。雑談の他、会員限定のシークレットトークなんてのが主な内容となっています。どれも中身事態は大したものではないのですが、なぜか中毒性があって不思議とリピーターを増やしている感じですね。この前なんて歌も出したんですけど、結構売れてるようですよ。正直上手くはなかったですが」


「へぇ」



 やっぱりサキュバスの能力使わなきゃカスなんだな。遅くまで作業している努力は認めてやってもいいが。



「不破付さんもハマってるんですか?」


「たまに見ますが、僕は別に推しがいるのでそこまで。礼儀として初見スパチャは送りましたが……」


「そうですか」



 何の礼儀だ。



「……」


「……」


「……あれ?」


「……はい?」


「輝さん? 聞かないんですか?」


「何をです?」


「僕の推しですよ! ホロで活躍中の! 最近CMにも起用された! あの! 湊あく……」



「NO THANK YOU」


   /\__/\

  /ノ   ヽ \

 |(●)  (●):|

 | _ノ(_)ヽ_ :|

 |  r===ヽ ::|

  \ `ニニ′::/

  /`ー―――´\

     rn、 rn、

     f|||| |||h

     ||||∩ ∩||||

     | ( | | ) |

     ヽ ノ ヽ ノ






 さぁ仕事だ。働かざるもの食うべからず。一生懸命働いてお金を稼ごう。今日もゼロ災でいこう! ヨシ! つってもデスクワークの労災なんざ過労死くらいなもんだが……


「あ、あ、不破付君、あ、おはよ、あ、あ、う」



「おはよございます。不和付 ニラミ、出社したしました」


「あ、あ、あ、今日も、あ、元気が、あ、あ、あ、あ、いい……ごぼぉ! ごぶっ! ごぶぅ! ゔぉーっへっへっへ」


「ちょっと大丈夫です!?」




 ……死ぬなよ、上長。

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