4.診る側になって判った事
〇第二波の到来で徐々に患者が増えてくる。
寛解期病棟を閉めたのは、それはそれで間違いではなかったのかもしれない。そう感じさせたのは、いわゆる第二波の到来があった時の事だ。感染症病棟の患者は見る見るうちに増え続け、あっという間に二桁に到来。ぶっちゃけ、総力戦で当たらなければ回せない状態になっていたのではないかと思う。
ここで、一度入院から退院までの流れについておさらいしておく。
グダグダと週一で進めていた会議であったが、時間をかけた分、それなりにハッキリした基本姿勢は定まっていたように思う。
まず、入院は1日2件まで。午前と午後に各1件ずつ。
これは、CTのあるフロアがレッドゾーンとなり人が動けなくなるという制約が入る事も含めて、その他の業務に支障が入らないようにした為である。
元気になって自発的に帰っていく退院とは異なり、防護服での対応が必要になる入院は、スタッフの負荷も大きい。病棟はベッドの用意や入院後のICを行う必要があるし、事務方はカルテの準備や保険証などの確認と連絡、検査科は初回採血の検査手配と画像診断にあたる事になるし、薬局は薬局で保健所から貰った情報から使用中の薬を調査して採用薬に切り替え、直ぐに当日分の薬を調剤していく必要があるのである。入院時はこれらの作業全てがタイムリーに行われる必要がある為、少しでも業務をシンプルにする観点から、患者の私物は服用中の薬であっても基本的には持ち込みNGというルールにした。(※現在飲んでいる薬すら汚染物になるので、持ち込み薬の鑑別&利用も行わない事になった。)
入院した患者はまずCTとレントゲン撮影を行い、病棟に上げられる。そこで院長が撮影した写真類を見て、処方を書く・・・というのが大まかな流れだったのだが、一度病棟に上がったカルテはもう外には出せなくなるため、入院前に予め簡単な約束処方を出しておき、追加処方がある場合は速やかに薬局に連絡する、というルールで運用される事となった。約束処方は業務の煩雑さを考えると致し方ない部分もあるのだが、そのうちに院長が患者情報を精査しないまま薬を勝手に決定していく、という悪習へと変化していく事になる。
この時点では、薬局では事前に貰った情報等から予め医師と入院定期薬の打ち合わせをして、それを元に定期処方を作り、患者入院後に薬を病棟に上げる・・・という初期の取り決めは、まだ機能していた。
ただ、病棟では色々とトラブルもあったようで、感染対策に対する認識やテクニックは個人差が大きく、マニュアルを作成した看護師が対策のザツなスタッフに激怒するという場面も多々あった模様。忙しくなってくると、そういった意味で現場が疲弊し、ギスギスしてくるのである。(※後に一悶着になります。)
〇患者の傾向など
私のいた現場にはICUもなければ高度な医療を提供する設備なんぞ何一つなかったため、基本的には軽症者・中等症者を対象にした病院となっていた。この辺は世間の認識にもかなりずれがある為に記載しておくが、国が定める重症者とは即ち、
1.ICUに入っている
2.人工呼吸器をつけている
3.ECMOを付けている
4.またはこれら以外でも、これらに準ずる症状でかつ室内SpO2が94%未満
と定められており、基本的には人工呼吸器をつけるまでは中等症とみなされるわけである。
しかしながら、実際に送られてくる患者の多くは施設などに入っていた80代や90代の高齢者が多く、彼等の多くはポジコロ以外の持病でもう割と先が長くなかったりする訳である。SpO2は維持できていても体力が低下して食事が摂れなかったり、栄養を入れようにも血管が細すぎてルート確保が出来なかった場合でも重症者にはならないという訳だ。
ぶっちゃけた話をすると、この辺はもう国から「お看取り」の現場として押し付けられたという認識の方が正しいのかもしれないのだが、超高齢化社会の日本の医療現場ではこういった事は珍しい話でなく、これまでも全国各地であった話ではあります。
多くの家族は「延命は望まない。」との同意を得る事が出来るのだが、中には「どうしても生かしてほしい!」という家族もいるので、事情が事情だけに、かなり対応に神経をすり減らす事になる。何しろ、ポジコロで入院した場合は一切家族に会う事も許されず、死んだらそのまま火葬場へGO!である。
とはいえ、こういったほぼ寿命に近いパターンでの入院患者に限って言えば、他の重症者病院へ転院させようにも、「それはうちでも対応は無理です。」と断られてしまうのが関の山なので、実際に何人かの方は当院でお看取りとなりました。
何が一番厄介って、ポジコロの場合は家族が最後の最後まで顔を見る事が出来ないって事ですかね・・・。アレはホンマに哀しいと思う。
一方、50代の比較的若い層でもホテル療養中に悪化して来た人のケースでは、CTを撮ってみたら「こりゃアカン!」と即重症病院へ送られるケースも何件かあった。ポジコロ本編でも書きましたが、ホテル療養中に死ぬというケースは割と現実的にありうると実感し、自分はたまたま運が良かっただけなのだと知る。
〇ホテルでキレた件が生きた?
ポジコロ本編でも書いた事ですが、ホテル療養中に保健所スタッフの入所者健康管理があまりにも雑で、キレて保健所に電話入れた事がありました。詳しくは本編を読んでもらうといいですが、春先のああいったクレームが生きたのか、保健所はその後、ホテル療養者のある程度詳細な経過情報を搬送先の病院に寄越すようになりました。例えば、私が入所していた時点では保健所スタッフは入所者の朝と夕の体温くらいしか情報を記録していませんでしたが、第二波以降は入院に至る数日前からの発熱経過や、食事の摂取量、その間の症状など、それなりに経過の見れる情報を記録するようになっていたのです。(第三波の頃になると、入院先の病院が確保できるまでホテルで点滴などの処置もするようになったらしい。)
神奈川でホテル療養中に亡くなった方がおられましたが、彼の最後のSpO2は90%を割っており、通常なら直ぐに人工呼吸器が施されるレベルの明らかな重症者でしたが、普段臨床現場に立たない無知な職員によって見逃され、命を落としました。
この辺は自治体によってまだかなり認識に差があると思われるので、今だと保健所のノウハウが少ない広島県辺り、ホテル療養者は危ないんじゃないかと思います。
敢えてここで強調して書いておきますが、ポジコロの最も恐ろしい所は、SpO2が低くなっていても全く自発呼吸苦が現れないという点です。神奈川の件はそれが元で受診が見送られました。ポジコロ肺炎では、息を吸う行為は出来ていても、実際は肺が冒されて酸素の取り込みが出来なくなっているのです。しかもそれはたった数時間の間に一気に進行し、気付けば手遅れになっているという事もあるのです。
〇自分の肺炎から学んだ事
ここで改めて自分のホテル療養の時を検証してみます。入院中に撮ったCTで、両肺に影が出ていた自分は、確実にポジコロ肺炎を発症していました。その証拠に、ホテルに移った後は部屋が妙に息苦しく、何度も窓を開けて外の空気を吸おうとしていました。退院後もしばらくは歩くたびに息切れを起こしていましたし、実はアレは危険な兆候だった事が判ります。
自分の場合SpO2は殆ど下がってはいませんでしたが、それは私自身の肺活量に起因していた事が判ります。小さい頃に水泳を習っていた自分は、中学時代から肺活量4000ccを超える程度の肺容積を持っていました。そういった肺の場合、機能の2割が破壊されても、まだ3200ccはガス交換する能力があるわけです。これが、元々肺活量の低い人だったらどうなるか?それを考えると、呼吸器を破壊される事がいかに危険かという事が判ります。
ポジコロの場合、肺が膨らまなくなるといった器質性の呼吸苦は起こらず、静かにガス交換機能だけが停止する為、それが最も現場を混乱させているのだと考えられます。
〇糖尿病の人が危ない
先程も書いた通り、何件かの若い人は急速に症状が悪化し、重症者病院へ移った患者さんがいます。彼等の多くは持病に糖尿病があり、実際にECMO手前まで行った同僚も未治療の糖尿病でした。
何故糖尿病が危ないのか?治す側になってみて、ようやくその秘密についても判って来た事があるので、記載しておきます。
ポジコロ重症例は肺機能の低下が起き、さらにその多くに血栓が生じていたという事実が判ってきています。血栓自体が直接の死因になったという事例はまだあまり私は聞いてはいませんが、血液中に多くの糖分が存在する糖尿病患者の場合、細い血管の集まる肺胞ではその血流が著しく悪くなっている可能性が高いのです。ヘモグロビンは糖化してしまうと酸素を運ぶ機能を失う為、糖尿病の方は急速に呼吸機能を喪失するものと思われます。これに血栓によるダメージも重なるため、糖尿病患者にとってはポジコロがガチで危険な病気だという事が判ります。
重症者病院ではECMOの手前処置として、肺の血管を無理矢理拡張させるNOガス処置が行われますが、あれは肺のガス交換機能を限界まで高めるための処置というわけです。昔からあった処置なんでしょうが、アレを最初に考えた人エライね・・・。
続きます。
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