925+18
まゆし
925+18
「コイツ、もう要らないな」
独りごちた。私が、満足する人生の道が開けないのは、自分自身のせいであることを知っている。
だけど、いつも人様から与えられる幸せというものは、「愛してる」という言葉も風にさらわれてしまう。どんなに人様から大切に想われても扱われても、私はその人様と生涯添い遂げられるようには考えられなかった。
私がどんなに尽くしたところで、その人様にも一時的にしか伝わらない。
胸の痛みも、その時に募る気持ちから言葉にしなければ伝わらないから口にする「好き」「愛してる」、脳の錯覚か何かだと思うことにした。
つまり、私は恋人と呼べるような人様が存在するものの、飽き飽きしてしまったわけだ。もちろん、私にだって両親はいるし、他人同士が一緒に生活していく様子は見てきた。それでも、全く興味のない“ ご夫婦”の姿を見たところで、血は繋がっているのだろうが、どこか他人行儀に冷めた目で俯瞰している。
毎日毎日、ほぼ決まった時間に鳴るスマホ。
「おはようございます。いってきます」
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
今日も私は指先で嘘をつく。
やたら早い時間にスマホがなるのが迷惑。いちいち、敬語で話しかけてくるのが私の苛立ちを大きくさせる。ふらりと家の前に出てみると、私の太ももくらいまで積もっていた。真っ白な太陽で繊細に光る雪に、思いっきり片足を突っ込んだ。
靴の履き口から雪が入ってきて、冷たい。思いっきり蹴りあげて足を雪の中から出すと、行く場所もないので家に帰る。何のストレス解消にもなりやしない無駄な労力を使った。
最後に会った時、突然大泣きされたことを今でも鮮明に思い出せる。そして、私の感情は微動だにしなかった。“ 離れたくない”とか“ 会えなくなるのが辛い”とか、そんな感情とは無縁で、ただ泣きじゃくる恋人らしき人様を眺めていた。
その日、私はシルバーのリングに、ゴールドのモチーフがそっと付けられたものをプレゼントした。たいそう喜んでいた様子を見ても、私の感情は氷点だ。感情の温度計が、動かない。
そのリングを大事そうに抱えて、いい大人が泣きじゃくる姿に、黙ってそばにいることしかできなかった。
夕方になると、またスマホは鳴る。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい!お疲れ様!」
もう何日も何ヶ月も、嘘をつく指先。最近は少しだけ震える時もある。この関係を終わらせたい。
私が「もう連絡しないで」と伝えれば、どうせ、また泣くんだろう。泣いて解決するならさ、好きなだけ泣けばいいよ。みっともなく泣けばいい。
私ではない、誰かは、同情してくれるかもね。
925シルバーに、18金のモチーフ。なんのモチーフだったかな。手元にあるはずの私用のリングもその辺のトレーに置きっぱなしだ。
定期的にシルバーは手入れする必要がある。私は、するつもりもなかったので、そのままジュエリーボックスに入れた。安物のリング、金色のモチーフがチカリと光る。
それを無視して、ジュエリーボックスの蓋を閉じる。
「コイツ、もう要らないな」
……何度目だろう。この言葉を口にするのは。
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