第487話 闇を支配する王は一人だけではない

 『な、なんだ、アレは......』


 ヤマトはまるで信じられないものでも見るように、離れた所に居る鈴木を見ていた。


 時は遡り、鈴木とパドランが闇の<大魔将>と戦闘を繰り広げている最中。闇の<大魔将>の独壇場と言わんばかりに、辺り一帯の地面は黒一色に染まっていた。


 正直、敵が放った槍がパドランの胸を貫いたことよりも衝撃的な光景である。


 それは――鈴木が別の“何か”に豹変していたことだ。


 真っ黒な“何か”。


 恐怖を抱いてしまう“何か”。


 人の形をした“何か”。


 そこに居るだけで、他を威圧し、周囲一帯の気温を下げ、目にする者全てが息を呑むような空間へと創り変えていた。


 ヤマトは自分の目を疑ってしまう。


 誰かが鈴木と入れ替わった、というのならばまだ納得できる。


 だが違う。


 それは――決して短くない時を生きてきたヤマトですら、与り知らぬ存在だった。


 ヤマトがノルたちに問う。


 『お主らはアレを知っているのか?』


 『「「......。」」』


 『お、おい』


 しかしノルたちは答えない。


 ただじっと鈴木を見つめるだけだ。


 インヨとヨウイがヤマトの両脇に立って、身を強張らせた。


 「「ま、マスター......なのでしょうか?」」


 『......わからぬ』


 インヨとヨウイは愛らしい少女の姿をしているが、その正体は<三想古代武具>だ。契約者の鈴木との繋がりを感じることができる少女たちが、その主人の存在を疑ってしまっている。


 すると鈴木が天を見上げた。


 何かを見つめるように立ち尽くしている。


 敵の攻撃で失った右腕も、左足も真っ黒な何かで形作られていた。


 鈴木が自身の白い髪を後ろに流し、髪型を変える。


 途端、鈴木の頭上に黒い円環が現れた。


 それは徐々に形を変え、王冠のような見た目をしていた。


 光沢の無い、どこまでも黒く暗い闇の王冠である。


 その光景に歓喜する者が三人、それぞれ感動のあまり感嘆の声を漏らしてしまう。


 「ああ、やっと......王サマになれたんだね」


 「シュコー。我らが至高のオウよ、この時を待っていたぞ」


 『ワォォォオオオオオン!!!』


 ノルは先程のヤマトの質問に遅れて答えた。


 「シュコー。あれはオウの因子による仮初の“王冠”に過ぎないが、それが顕現したということは、あの少年には素質があることを示す」


 『うん! やっぱり王は王だったんだ!』


 『ま、待て。そもそも小僧は普通の人間だぞ。たしか魔族姉妹に身体を作り変えられたと言っていたが、元はただの人間と聞いた』


 「魔族姉妹? 誰それ。よくわかんないけど、現に王サマの因子が出てきたってことは、王サマは王サマだったってことだよ」


 「「い、意味がわかりません......」」


 「シュコー。我々従者でなければ直感的に感じ取れないことだ。貴様らが気にする必要は無い」


 すると、鈴木が一歩前へ踏み出した。


 途端、闇の<大魔将>が当初の比ではない攻撃を鈴木に仕掛ける。


 辺り一帯は闇の<大魔将>が支配している。既に大地は黒に染め上がっていた。影による音を捨てた攻撃の数々を鈴木に浴びせ続ける。


 その光景に、インヨとヨウイが焦燥の声を上げた。


 「「ま、マスター!!」」


 が、それらの攻撃は鈴木に当たらない。


 『な?! どういうことだ?!』


 「ふふ。闇の<大魔将>自身は当てるつもりなんだろうけど、元は闇属性の攻撃。真に闇を支配する王サマに当たるわけないじゃん」


 『よくわからないけど、さすが王!! 水に何をかけても水のままってことだね!』


 「シュコー。よくわからない割に核心をついているな」


 マルナガルムの言う通り、今の鈴木に闇の<大魔将>の攻撃は無意味である。


 鈴木に当たることもなく、数々の攻撃はピタリと直前で止まってしまうのだ。まさか闇の<大魔将>の意思で攻撃を止めているとは考えられない。


 ならば鈴木が何かをしているのか?


 否、鈴木は自身に降りかかる攻撃全てを防ぐことも避けることもせず、悠然と歩いていた。


 一歩、一歩、また一歩。


 両者の距離が縮まっていく一方で、闇の<大魔将>の攻撃が過激化していく。その余波が離れた所に居るヤマトたちの下まで届くほどに、火力は上がっていた。


 しかしそれでも鈴木を傷つけることは叶わなかった。


 やがて鈴木が闇の<大魔将>の下へ辿り着く。


 するとどういう訳か、今まで鈴木を殺さんと猛攻を繰り広げていた闇の<大魔将>が、鈴木の姿が至近距離に迫った途端、その身を縮こませたのだ。


 そして鈴木の足にへばり付き、まるで媚びるように少年の足を撫でた。


 終いには、闇の<大魔将>が自らいのちを差し出すという行動を取っている。


 ヤマトにはもはや何がなんだかわからなかった。


 故にヤマトはただ一つ、これだけを待ち望んだ。


 『小僧......早く元の姿に戻ってくれ』


 そんなヤマトの言葉に、ノルたちがヤマトを見やる。


 「それは困る」


 『王はこのままがいい!!』


 「私はどっちでもいいけど、このまま王の因子を強めていってほしいな〜」


 などと、勝手なことを言う<最悪の王ワースト・ロード>の従者たちであった。



 *****



 『オ久。元気にしテた?』


 「......。」


 <幻の牡牛ファントム・ブル>の拠点、謁見の間にて玉座に座る<1st>は急な訪問者を前に、額に手を当てていた。


 その訪問者――ビスコロラッチは軽く手を振って、気さくな態度で挨拶をしている。


 否、訪問者ではなく、侵入者だ。


 なにせ、招いても無い上に、許可なくやってきたのだから。


 相も変わらず豪奢な衣装を纏い、煌びやかな装飾品を身に着けているビスコロラッチは骨の手を引っ込めて歩を進める。


 それに合わせ、<7th>が椅子を運んできて、ビスコロラッチが立ち止まった背後に置く。


 <7th>はビスコロラッチがどのような存在かを知っていた。故に非常識にも突然やってきたとしても声を荒らげずにいた。


 できれば、このような場所で話すのではなく、場所を移したかったのだが、自身が仕える主が動ここうともしないので、致し方なく椅子を用意した次第である。


 <1st>が口を開く。


 「ここ、闇組織の拠点なんだけど」


 『細かいコと言わないでよ』


 「細かいこと......」


 ビスコロラッチの横柄な態度に、<1st>も同じく態度を大きくして足を組んだ。


 「何しに来たんだい?」


 『なに、貴様が最近気に入っている人の子について聞きたくてノう』


 「......。」


 <1st>は黙り込む。


 ビスコロラッチの言う人の子とは言うまでもなく鈴木のことだ。誰を指しているのか、などと惚けるつもりは無い。


 そして同時に察する。


 ビスコロラッチが何を考えてこの場に来たのか、を。


 だがそれは憶測に過ぎず、鈴木について何か知りたくてこの場にやってきたことがわかっただけで、ビスコロラッチの意図は汲まない<1st>である。


 「“スズキ”のことかな? そうだね。が言う通り、ワタシのお気に入りだよ。言っておくけど、ワタシたちの関係にとやかく言われるのは御免――」


 『いつだったカのぅ。儂の孫がどっかの闇組織に攫ワれて、痛めつけラれて、奴隷にされそうになっタのは〜』


 ビスコロラッチのわざとらしい物言いに、<1st>は頬杖を突いてふてぶてしい態度を取る。


 過去に<4th>を始めとした部下たちがやらかしたことを思い出して、<1st>は頭が痛くなった。


 さすがに<4th>がやっていたことについて無関心とは言え、放置しすぎていたのは反省すべき点だろう。そう思う<1st>であった。


 「その件は悪かったと思ってるよ。謝ったじゃないか」


 『誠意が感じらレんな』


 「はぁ......何が知りたいの?」


 『話が早くて助かルよ』


 ビスコロラッチはここでようやく、<7th>が用意した椅子に座る。


 『あの小僧は......なんだ?』


 「......。」


 <1st>は黙り込んだ。


 ビスコロラッチは深紅色に光る両目を<1st>に向けながら続ける。


 『実は儂も小僧には会ったこトがあってな。そのとキは身体の中に魔族......いや、蛮魔の域に居る奴の核があっタのを知った。そレも複数な』


 「らしいね」


 『面白い生き物だから見逃しタが、まさかここまで大きくなるトは予想もしてなかったヨ』


 「ふふ。帝国と聖国で活躍した英雄だからね」


 『んなちっぽケな戦果はどうでもよい。問題は別のところヨ』


 「というと?」


 <1st>はビスコロラッチの言葉の続きを予測していた。


 ビスコロラッチが静かに言葉を紡ぐ。


 『<最悪の王ワースト・ロード>』


 「......。」


 やはりか。そう思った<1st>は何も言わなかった。


 目の前に居るのは<屍の地の覇王リッチ・ロード>の肩書を持つ者だ。今の鈴木の存在を無視するはずが無い。


 『儂には小僧が“王”になる資格も素質もあるヨうには思えんが、貴様はどう思う?』


 「ワタシは少年にはその資格も素質もあると思っているよ」


 『ほウ......。貴様がそこマで言うとは。ウちの孫もそうだが、男を見る目が無いとはこのこトか』


 「ふふ。用件はそれだけかな?」


 『まサか』


 ビスコロラッチは怪しく深紅色に光る瞳に殺意を滲ませながら告げる。


 『小僧にちょっかイを出すな。彼奴から従者たちを引き離して、自分のモノにする気か、貴様』


 他方、<7th>は自身に直接向けられてもいない覇気に、重圧に、立っているだけで押し潰されるような思いに駆られ、嫌な汗が止まらなかった。息の詰まる思いに、呼吸すら許されていないような感覚である。


 (これが......<屍の地の覇王リッチ・ロード>)


 対する<1st>は仮面越しでもわかるくらい、涼しい顔をして応じる。


 「心外だな。<最悪の王ワースト・ロード>の因子は少年が自分で覚醒させたものだ。ワタシは何もしていない」


 『金輪際、小僧に干渉するなヨ』


 「それを約束する義理が無い」


 『......。』


 両者の間で生まれる剣呑な雰囲気。


 が、少しばかりの時が流れて、先に折れたのはビスコロラッチであった。


 『まぁ、闇組織の親玉に口約束させテも意味は無いか』


 「わかってもらえたようで何より」


 パチン。ビスコロラッチが肉の無い指のみで音を鳴らした。<1st>はビスコロラッチが何をし出したのか理解できなかった。


 「?」


 『これで勘弁しチョるー』


 そう言い残し、ビスコロラッチはこの場を立ち去っていった。


 安堵の息を漏らす<7th>を他所に、<1st>はビスコロラッチが最後に取った行動が気がかりで、仮面の顎辺りを擦った。


 そして気づく。


 「な?!」


 「っ?! ど、どうされましたか?!」


 <1st>は苛立ち混じりの声を、罵声に乗せて発した。


 「あ、あんの骸骨、ワタシがズッキーに取り付けたブレスレットを破壊しやがったッ。これじゃあズッキーを盗聴できない!!」


 「......。」


 案外どうでもよかったことに、<7th>はジト目になる。


 「また生成すればいいのでは? 離れた所に居てもできるのでしょう?」


 「そのマーキングすら消したんだよ! くッ。こうなったら、またズッキーに会いに行って......」


 「や・め・て・く・だ・さ・い」


 斯くして、<1st>は鈴木を盗聴できない日々を送ることになったのであった。

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