第483話 僕の身体について紹介しよう

 「おおう......」


 現在、日が暮れ始めた頃合いで、僕はドラちゃんの異空間からスタンドミラーを取り出してその前に立ち、そこに写る自身の身体を見て嘆いていた。


 僕は上半身に着ていた服を脱いでいる。


 上から順に見ていくと、こうだ。


 まず眼鏡に見えるけど、<パドランの仮面>。


 右耳には金色に輝く三日月型の耳飾りがあり、ティアとの契約の証だ。


 首から左肩にかけてはマルナガルムの紋章。


 右腕には<1st>からプライバシーを侵害する盗聴器の役割を果たす漆黒の腕輪とノルの紋章。


 右手には火と雷の<大魔将>を宿す指輪があり、また左手には<ギュロスの指輪>がある。


 最後に股間に生えている性剣エクスカリバー。


 これで王都に帰ったら、両手に魔族姉妹という大渋滞具合だ。


 マジ? 僕の身体は一体どうなってんの。


 僕が一人で溜息を吐いていると、近くでティアとマルナガルムが言い争っていた。


 「なんで王のことをガルに教えてくれなかったの! 皆で約束したじゃん! 王を見つけたら連絡し合うって!!」


 「だー! だからさっきから言ってるでしょ! 王サマはまだ他の従者と会いたくないの!」


 「だからなんで!!」


 「ティアと添い遂げたいから!」


 「シュコー。違う」


 「ノルもなんで教えてくれなかったの!!」


 「シュコー。オウを見定めなければ、皆に偽物の存在を教えてしまったことになる」


 「でも約束したじゃん!」


 「シュコー。話が......通じない」


 「ほんとだよ!」


 僕からしたら三人とも人の話を聞いてくれないから、同じに感じるよ。


 するとマルナガルムが怒り出した。


 「がー! もういい! ガルが皆に王のことを教える!」


 僕は慌ててマルナガルムの下へ向かい、彼女を押さえつけた。


 「ひゃう?! 王?!」


 「ちょっと待って! 他の従者がこれ以上増えたら困るんだって!」


 「王はガルと交尾したいの? 皆が居る前で?」


 頼むから話聞いてくれ。


 が、僕は今の自分が上半身裸であることに気づく。これはさすがにマズいな。僕は服を着た。


 それから少し落ち着いた様子のマルナガルムの前で僕は正座する。


 「いい?僕のことを知られたら困るんだよ。言うことを聞いてくれないなら、えっと、そのマルナのこと嫌いになるよ、うん」


 「?! それは嫌!!」


 「ぐお?!」


 マルナガルムが僕の腹部に向かって飛びついて来た。ぐりぐりと僕のお腹に顔を埋める様は、彼女が美少女だから対応に困ってしまう。


 僕はマルナガルムの頭を優しく撫でた。


 彼女のふんわりとした髪質は撫でていて心地良い。


 「言うこと聞ける?」


 「うぅ......皆との約束ぅ......」


 そこで僕は気づく。彼女の狼のような耳を弄りたくなってしまったのだ。


 僕は親指でマルナガルムの両耳の内側を擦った。細かい獣毛があり、指で撫でるとじょりじょりしていて少し触り心地が良い。


 マルナガルムが力無く惚ける。


 「はぅ......耳はらめぇ」


 こいつ、耳が弱点か。


 僕は彼女の耳を執拗に攻めながら言った。


 「言うこと聞ける? 聞けない?」


 「で、でも......」


 「言うこと聞いてくれないなら、もうマルナの頭は撫でないし、耳も擦らない。口も利かないよ」


 「そんなぁ......」


 「できる?」


 「......王の言うことを聞いたら、ガルは王の側に居ていいの?」


 「もちろん」


 しばし逡巡した後、ガルは僕の言いつけを守ると誓ってくれた。


 口約束程度だけど、なんかこの子素直だし、大丈夫な気がしてきた。


 僕がマルナガルムの頭を撫でていると、視界の端で黒い虎がジト目で僕を見つめてくる様を発見した。


 ヤマトさんだ。


 ヤマトさんは受け皿に盛られたガオチュールをぺろぺろと舐めながら、僕に言ってきた。


 その見た目が、横になってアイスをスプーンで掬いながら食べる人の様によく似ているのは何故だろうか。


 『ったく。お主、吾輩を便利な足代わりに使ったくせに、獣人族の小娘を甘やかすとはどういう了見だ......』


 「あ、あはは。ガオチュールのおかわり要りますか?」


 『まだよい。この女たらしめ』


 だって仕方ないじゃん。美少女が泣いてたら放っておけないよ。


 というか、マルナガルムは本当に可愛いな。ケモミミ少女だし、獣臭くないし、僕に対して怖いくらい好意100%だし。


 ぶんぶんと銀色の尻尾を左右に振る様が非常に愛らしい。


 なるほど、我が家にはとらだけではなく、おおかみも必要だったのか。ヤマトさんが拗ねるわけだ。後で撫でてあげますよ。


 『おい小僧、今失礼なことを考えただろ』


 「まさか。ちゃんと後で撫でてあげますからね」


 『その喧嘩勝った』


 すると、ドラちゃんのどこか拗ねたような声が聞こえてきた。


 『けッ。ご主人は他の女にデレデレしすぎなんだよ。たまにはオレも撫でろよ』


 ああ、ドラママが拗ねていらっしゃる......。


 あ、そうだ。


 僕は良いことを思いついたので、提案することにした。


 「そうだ。久しぶりにこれからドラちゃんと【融合化チェック】しようか」


 『ふぁ?! マジ?!』


 「ま、マスター、<大魔将>と戦うということですか?」


 「今のマスターは確かに前より強くなっていると思いますが......」


 と、僕の提案にインヨとヨウイが不安そうな顔をする。


 まぁ皆まで言わずともわかっているつもりだ。


 <大魔将>は強力な存在だ。戦闘する場所によっては手が付けられないほど厄介である。


 それに今の僕は魔族姉妹と一緒じゃない。致命傷になったら死に直結する可能性がある。


 でも――ドラちゃんを膝の上に乗せて撫で撫でしたい。


 「最近の僕は......心が傷んでいるんだ」


 僕がぼそりと呟いたことに、インヨとヨウイが間の抜けた声を漏らした。


 シスイさんとデートした時は良かったよ。でもそれ以外のシチュエーションがクソだった。


 インヨとヨウイ、ティアにオホ花で息子を弄ばれ、レベッカさんとヤマトさんにもドキヅいSMプレイをされた。


 別に望んだことじゃないけど、心労を癒やすための旅も雲行きが怪しい。さっそく三人目の従者と遭遇しちゃったからね。


 僕はヤマトさんを見やった。


 「もうあの夜の件で、僕は酔っ払いの恐ろしさを思い知ったよ」


 『なんだ、ねちねちとうるさい奴め。その件は吾輩は謝ったぞ』


 「謝って許されるものか! 僕がどれだけ傷ついたか! 女性恐怖症になってもおかしくなかったんだぞ!!」


 『小僧が愛して止まないのは?』


 「おっぱい」


 『それでよく女性恐怖症を語れたな』


 うるせ。


 僕は癒やしが欲しいんだ。


 ヤマトさんは人化しちゃったのと、SMプレイのせいで“大人の女性”と意識しちゃうから、今までのようにペット扱いが難しい。


 マルナガルムは出会って間もないけど、もう完全に見た目はケモミミ美少女だから、愛でたら社会的にアウトな気がする。


 なんというか、女性とイチャついて得られる癒やしと、ペットと触れ合って得られる癒やしは違うんだよ。


 僕は後者を欲している。


 ドラちゃんには悪いけど、小動物的な存在の彼女を抱き締めたいのだ。抱き締めて、撫で撫でして、一緒に寝たい。


 やべ、僕ってロリコンだったのか。


 まぁ、ともかく、


 「久しぶりにドラちゃんと星を見ながら過ごしたいと思う」


 『?! ご、ご主人ッ!』


 「「マスターの女たらし」」


 『こやつ、守備範囲広すぎだろ』


 外野は引っ込んでろ。


 僕は寄っこらせと腰を持ち上げた。


 本当は今にも日が暮れそうな頃合いに戦闘はするべきじゃないんだけど......いいや、今の僕なら<大魔将>くらい余裕だろ(笑)。


 無論、ティアたち従者の力は頼らない。使ったら絶対に骨が折れるので、インヨとヨウイの力も頼らないでいきたい。


 僕は皆から少し離れたところまで歩き、一人になった。


 火と雷の<大魔将>は倒した。


 他の属性の<大魔将>が出ると思うけど、<大魔将>の力って環境が依存しているって聞いたから問題無い気がする。


 なにせ僕らが今居るのは平原地帯だ。近くに水辺なんて無いから、水の<大魔将>が来てもそこまでパワーアップしないだろうし、風の<大魔将>が来てもそこまで脅威にならない気がする。


 「さて、ドラちゃん、準備はいい?」


 『おう! オレはいつでもいけんぜ!!』


 ということで、僕らは【融合化チェック】を始めた。


 そして僕は迂闊に<大魔将>を顕現させたことに後悔する。


 なにせ、僕の目の前に現れたのは、ドス黒い瘴気を放つ真っ黒な球体なのだから。

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