第473話 良いことなんて無くて、でも笑い合えて

 「つッ」


 僕は力無くその場に座り込んで叫ぶ。


 「かれたぁ〜」


 現在、ヴェルゼルクとの決闘を終えて、無事勝利した僕は、天を見上げて死にかけの蝉のような声を出していた。


 今まで武具化していたインヨとヨウイが、愛らしい少女の姿になって僕に抱き着く。


 「「マスター!」」


 「いだだだだ! 僕怪我人だから!!」


 『くぅ! ご主人が勝つってオレは信じてたぜ!!』


 『さっすが、ティアの王サマ〜』


 はぁ。今回ばかしは本当に死ぬかと思ったわ。


 そんな僕の下へ、シスイさんが地べたを這いずりながらやってきた。


 「な、ナエドコさんッ、今、お怪我を治します!」


 「ちょ、む、無理に動かないでくださいって」


 『仕方無いから私が治してあげるよ、性獣さん』


 お、この声、大天使ガブリエールさんじゃないか。


 姿は見えないけど、きっとシスイさんが携帯しているミニ天使像に憑依しているのだろう。


 僕は淡い光に包まれながら、怪我が治っていくのを感じた。


 「ありがとうございます、ガブちゃん」


 『もっかい怪我したいの?』


 「あの......私も治していただけると......」


 と、死にかけのアデルモウスさんが言った。


 ま、まだ生きてたんですか、お義父さん。あ、いや、生きてて良かったです。はい。


 シスイさんが慌ててアデルモウスさんの大怪我を治そうとしていたが、それもガブちゃんが制止して、僕と同じく治すのであった。


 これでようやく一息つけるな。


 僕がそう思っていたら、


 「シスイちゃーーーーん!!」


 聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。


 そちらへ振り向くと、レベッカさんがものすごい速度でこちらへ走ってくる姿を目にする。


 レベッカさんの顔は必死も必死だ。ちょっと怖い。


 「うわ、あの人まだ聖国に居たんですか」


 「あ、あはは」


 「シスイ、いい加減あの役立たずの護衛を切ってください」


 『そうだよ、肝心な時に居ないじゃん』


 やがてレベッカさんが僕らの下へ到着した。


 レベッカさんがシスイさんの両肩を力強くガシッと掴んだ。


 「シスイちゃん大丈夫?! <龍ノ黄昏ラグナロク>の連中とすれ違ったけど、何かされなかった?!」


 「わ、私は特に何も――」


 「って堕天使化しちゃってるじゃない!! 西側の方で戦闘が勃発してるって聞いて駆けつけてきたわ!」


 『ちょっと役立たずビッチ、シスイちゃんから離れてよ』


 「あなた、シスイの護衛を買って出たくせに、今更何しに来たんですか」


 ガブちゃんとアデルモウスさんのあんまりな発言に、レベッカさんは押し黙る。


 ガブちゃんはともかく、アデルモウスさんの様相から只事じゃないことが起こったのは明白だ。そしてその場にシスイさんが居たことも明らかである。


 故にレベッカさんはばつが悪そうに言い訳した。


 「だ、だって昨晩は遅くまで飲んでたし......。二度寝したら中々起きれなくて」


 「マスター、この女のだらしなさはマズいと告げます」


 「マスター、改心すべきと告げます」


 「「「......。」」」


 僕らは呆れて何も言えなかった。


 聞けば、レベッカさんは今朝、シスイさんがアデルモウスさん向けに作ったお弁当を食べてから、また寝たらしい。


 マジか。人が苦労しているときに何してたんだ、この女傭兵は。


 「それで、私の代わりにアデルモウスとガブリエールがシスイちゃんを護ってくれたのね?!」


 などと言うレベッカさんに対し、三人は挙って僕の方を見やった。ガブちゃんの姿は見えないけど、雰囲気で。


 レベッカさんが三人の視線の移動を追って、僕と目を合わせた。


 「こんにちは」


 僕は挨拶した。

 

 「ぎゃ?!」


 レベッカさんが驚愕した。


 なんだ、“ぎゃ”って。人の顔見て、それは失礼だろ。


 「も、もしかしてスー君?!」


 「はい。お元気そうでなによりです」


 「え、ええ、おかげさまで......。髪の毛どうしちゃったの?」


 と、今更な質問をしてきたレベッカさん。


 同時にシスイさんとアデルモウスさんが、今気づいたと言わんばかりに便乗してきた。


 「そ、そうでした! ナエドコさん、どうされたのですか?! 病気ですか?! 呪いですか?!」


 「いえ、これはおそらくストレスから来るものでしょう。つまり老化が加速したということです」


 違います。


 僕は適当に返すことにした。


 「まぁ、色々とあって。それよりも、シスイさんとアデルモウスさんはどうしてこんな場所に?」


 僕のその問いに、二人から聞かされたものは驚きの一言であった。


 曰く、アデルモウスさんは地方のとある村の教会へ向かうことになった、と。無論、出張とかじゃない。左遷の類である。まぁ、先の件を考えれば当たり前か。


 シスイさんは最後、というか、ちゃんと挨拶しようとここまでやって来たらしい。


 で、<龍ノ黄昏ラグナロク>に襲われたとのこと。


 いや、本当に危ないところだったな。また<1st>に借りができちゃったよ。


 アデルモウスさんは、怪我も治ったことだし、このまま目的の村まで向かおうとしていた。


 「ちょ、ちょっと待ってください。命を狙われたのですよ?! この先もまた狙わるかもしれません!!」


 「それはまぁ、そうですが、しばらくは大丈夫ですよ」


 「何を根拠に......」


 「<龍ノ黄昏ラグナロク>が退いたからよ」


 と、レベッカさんが代わりに説明してくれた。


 「連中は普通の傭兵と違って、お金を稼ぐことより部族の誇りや掟を重んじる生き物なのよ」


 「しかしまた他の刺客が......」


 「そこも安心なさいな。スー君が<鬼神>ヴェルゼルクとの間で交わした約束は、<龍ノ黄昏ラグナロク>にとっては守らなければならないこと。手段はわからないけど、きっと依頼主にアデルモウスの命を狙うことを止めさせるように言うはずよ」


 それがヴェルゼルクに勝った僕の望みだから、か......。


 なんか義理堅いのかよくわからない連中だな。


 でも、最後の最後でヴェルゼルクは嫌いになれなかった。


 もっと別のかたちで会いたかった。


 僕がそんなことを思いながら頭上の曇天を見上げていると、シスイさんが心配そうな顔つきで呼んでくる。


 「な、ナエドコさん」


 「......なんでもありません。さ、聖国に向かいましょ。今の僕は指名手配犯なので、どうしたら穏便に入国できるか一緒に考えてください」


 「......はい」


 彼女はこれ以上何も言おうとしなかった。


 ヴェルゼルクをどう思っているのか、なんて聞かれるとは思っていないが、まぁ、うん、シスイさんたちには悪いけど、当初より悪い印象は無いよ。


 なんせ全力で真正面からぶつかり合える仲になってしまったのだから。もう憎めないんだ。


 「ちょっと待ちなさいな。この状態のシスイちゃんを門に居る兵たちが放置するわけないでしょ」


 と、レベッカさんが尤もな指摘をしてきた。


 そうだった。どうにかしないとな。


 ここで以前のように僕が【固有錬成:摂理掌握】で元のシスイさんの見た目に戻すこともできるけど、時間がかかるんだよな......。以前は数日かかったっけ。まぁ、今ならもう少し早くできると思うけど。


 僕がそう考えていると、シスイさんが手を挙げる。


 「あ、あの、それでしたら......ふん!」


 シスイさんが目をぎゅっと瞑って踏ん張る。


 ......なんか可愛いな。


 そんな感想を抱いていると、シスイさんの背に生えていた大きな翼がまるで逆再生のように、彼女の背へと戻っていった。


 「「「「?!?!」」」」


 「「おおー!」」


 『すげ、引っ込めるのか』


 皆一様にシスイさんの行為に驚く。見れば翼だけではなく、彼女の頭上にある幾重にも重なった光の輪も小さくなって消えた。


 お、おお......。


 シスイさんが苦笑しながら告げる。


 「じ、自分で変身したからか、やろうと思えば消せるみたいです」


 などと言うシスイさんだが、彼女の瞳は常人のそれじゃない。白目のところが真っ黒のままだし、金色の瞳は愛も変わらず輝いてさえ見えた。


 レベッカさんが戸惑いながら言う。


 「せ、制御できたようでなにより。でもシスイちゃんの目はそのままね」


 「え?! そうなのですか?!」


 「ドラちゃん」


 『ほい』


 僕はドラちゃんに言って手鏡を出してもらい、シスイさんに渡す。彼女は自身の瞳だけが堕天使化していることにショックを受けていたが、それよりも......。


 「あ! 今日はお化粧していませんでした!」


 んなことを気にしていた。


 こ、この人、本当にすごいな。色々と......。


 そして彼女の素っ頓狂な声と同時に始まる言葉のラリー。


 「あらいけない! スー君、目を閉じてなさい!」


 「へぶしゃ?!」


 「「マスター!!」」


 『ちょ、ご主人を殴るこたぁねぇだろ!!』


 「はぁ。本当にあなたたちという人は......」


 そんなこんなで、僕らは無事聖国へ戻ることができるのであった。

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