第466話 女を泣かせたんだ、覚悟はいいな

 「誰だ、てめぇ」


 後ろで見知らぬ巨漢が僕にそう言ってきた。


 現在、シスイさんたちの窮地に駆けつけた僕は、彼女が“堕天使化”していたことに驚きつつも、とりあえず力を使わせないようにすることに成功する。


 シスイさんの力、マジでやべぇからな。死ねって言われたら自殺しちゃうし。


 聖女の彼女がここまで追い込まれていたってのも辛い。


 僕はシスイさんが落ち着いた後、彼女を近くの岩に背を預けて休めるように運んだ。その際、抱き上げたシスイさんの肩が震えていたことに気づく。


 ......駄目だな。僕はヒーローのくせに、毎回遅れてやってくるとか。


 それから僕は振り返った。


 「うわ、お義父さん、大丈夫ですか?!」


 シスイのお義父さん、もといアデルモウスさんが瀕死の状態であった。


 急いで【害転々】で彼の傷を肩代わりしたいところだけど、今の僕は傷を秒で完治できないから迂闊なことはできない。


 僕はアデルモウスさんの下へ駆けつけた。


 が、


 「無視すんな。殺すぞ」


 先程、僕に声をかけてきた巨漢が、目の前に立ち塞がる。


 でも僕はそんな汚い言葉遣いをする奴なんか見向きもせずに、アデルモウスさんの下へ向かおうとする。


 だからか、巨漢が僕の肩を掴んできて苛立ちをあらわにする。


 「おい、俺を――」


 「放せよ。殺すぞ」


 「......。」


 「邪魔」


 大した抵抗も感じられなかったので、巨漢を軽く押し退けてから、僕はアデルモウスさんの下へ向かった。


 アデルモウスさんはいつ死んでもおかしくなかった。


 「お義父さん!」


 「お、お義父さん......と呼ばないでください......娘に群がるゾンビが」


 ひ、酷い。窮地に駆けつけてきた、将来、息子になるかもしれない男に向かって言っていい言葉じゃないよ。


 僕は彼に言う。


 「傷を治してあげたいところですが、すみません、今の僕じゃ難しいです」


 「かはッ......これくらい、大したことありません」


 にしても酷いな......。顔の腫れもそうだが、全身所々深い傷を負っている。肋骨とか折ってるんじゃないかな。腕とか変な方向に曲がってるし。


 「で、何があったんです?」


 「......教会を裏切った私を始末するため、連中は彼らを頼ったようです」


 僕は背後に視線を移した。


 そこには男女合わせて十数人が立っていた。


 闇ギルドの人? いや、違うな。もっと戦闘慣れしているような人たちだ。暗殺とかそういうのをやらない人たちに見える。


 アデルモウスさんが説明を続ける。


 「彼らは<龍ノ黄昏ラグナロク>。あなたも傭兵なら......名前を聞いたことくらいあるでしょう......」


 ら、<龍ノ黄昏ラグナロク>だと......。


 「......。」


 「......知らないのですか」


 「......すみません」


 あ、いや、待って。聞いたことある、たしか......。


 「ガイアンちゃん!!」


 「「「「「っ?!」」」」」


 僕がとある少女の名前を思い出したので、つい叫んでしまうと、<龍ノ黄昏ラグナロク>の面々は驚いた様子を見せた。


 何人かが僕に向かって声を荒らげた。


 「てめぇ!! なんでガイアンのこと知ってる!!」


 「あたいらの群れから逸れちゃったあの子に何かしたのか?!」


 うお、怖ッ。


 すると、先程の巨漢が僕の前にやってきて言う。


 「ガイアンは今王都に居るって連絡来たが、聖国に居るてめぇがなんであいつのこと知ってんだ?」


 その剣幕に満ちた顔は殺気すらあったが、同時にこいつらは意外と仲間思いなんだなって思った。


 ......まぁ、だからって、アデルモウスさんやシスイさんにしたことは許せないけど。


 僕は巨漢の問いに応じる。


 「僕がここにやってきたのは【転移魔法】を使ったからだよ。ガイアンちゃんとは王都に向かう途中で出会った。お腹が空いていたみたいだから食事を振る舞ったけど、大した会話をした覚えが無い」


 「食事ぃ?! 会話ぁ?! あいつは人間嫌いなんだよ! てめぇなんかと話すわけねぇだろ!!」


 うるさいなぁ。


 とりあえず、あっちの質問には答えたんだし、今度は僕の番でもいいでしょ。


 「今度はこっちの質問に答えてよ。......あんたら、この人たちに何してんの?」


 僕は自分の声がいつになく低くて冷たいものになっていることに気づく。


 アデルモウスさんの酷い怪我もそうだけど、温和なシスイさんが堕天使化するって......こいつら、返答によっては殺そうかな。


 僕の殺気を孕んだ声に当てられたのか、先程までの熱を下げて、目の前に立つ巨漢が鼻で笑う。


 「はッ。俺らは雇われてそいつを殺しに来たんだよ。てめぇには関係ねぇだろ」


 「無いわけ無いだろ。僕のお義父さんになるかもしれない人だぞ」


 「ごふッ......ち、違い......ます。お義父さんでは......ありません」


 血を吐いてまで否定しなくていいから。


 巨漢は話を続ける。


 「言っとくが、これは決闘だ。俺とその男のな。俺を楽しませることができりゃあ、あの嬢ちゃんには手を出さないって条件よ」


 は? 決闘?


 巨漢が親指でクイクイッとシスイさんの方を指差しながら言うが、僕は決闘の行方がいまいちで理解が追いつかなかった。


 「なんであんたを楽しませる必要があんの。普通は負けた方が勝った人の条件を呑むもんでしょ」


 「ははッ。一応は、な? でもわかんだろ? そこで寝っ転がってる奴じゃ俺には勝てねぇってことくらいよ」


 僕は後ろに居るアデルモウスさんをちらりと見やる。


 ......勝てもしないのに決闘を受けたのは、シスイさんのためか。こいつら、見るからに強そうだもんなぁ。


 お互い、そうとわかってて決闘したんだ。


 弱い者いじめなんてもんじゃないだろ。


 「結果は見ての通りだ。俺が勝者だ。んでもって、退屈凌ぎにもならなかったから、女も殺す。嬲り殺しだ」


 「.......あ?」


 「っ?!」


 こいつ、今なんつった?


 シスイさんを? どうするって?


 そんな中、アデルモウスさんが息も絶え絶えに口を開いた。


 「彼らは誇り高い鬼牙種の集まりだ。口では......かはッ......そう、言ってますが、きっと殺るなら......一思いにやるはず。私を煽るための嘘でしょう。............でもそんなことはどうでもいい」


 アデルモウスさんは続ける。


 微かな、それでいて確かな怒気を孕んだ声で。


 「シスイを殺るって言ったんです。そこの男が、私とガブリエール様に向かって。......そしてあなたも聞かされた。思いは同じですよね?」


 アデルモウスさんはそれ以上何も言わなかった。もう十分なんだ。


 だから僕は......巨漢の方へと進み、手が届く範囲で立ち止まった。


 「あんた、名前は?」


 僕の問いに、巨漢がニタリと不敵な笑みを浮かべる。


 「ヴェルゼルク。二つ名は<鬼神>だ。<龍ノ黄昏ラグナロク>の副団長をやってる」


 てめぇは?と聞かれたので、僕も応じる。


 どうやら自己紹介は二つ名まで語るもんらしい。


 「鈴木。二つ名は<屍龍殺し>や<口数ノイズ>とかあるらしいけど、最近、また別のを付けられたみたいなんだ」


 「あ?」


 僕も相手と同じく、ニタリと不敵な笑みを浮かべながら続ける。


 「<最悪の王ワースト・ロード>。......覚えとけよ?」

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