第406話 ギュロスさんへのセクハラチャンス、再び
「起きて」
どこからか、透き通るような声が聞こえてきて、僕の意識が浮上する。
今まで眠っていたのか、僕は薄っすらと目を開けた先に久しく見なかった女性の顔を目にした。
いや、その人の顔は黒のベールに包まれていてわからないが、ひと目で誰だかわかった。
ギュロスさんだ。
「......ギュっちゃん?」
「違う」
相変わらず迅速なドライツッコミありがとう。そう言えば、彼女は僕の心を読めるんだった。
おっぱい揉ませてください。
「嫌」
連発しちゃってすみません。僕の紳士な見た目に反して、セクハラを浴びせられたら驚きますよね。
「むしろ寝起きなのに、呼吸のようにセクハラできることに驚いている」
ああ、うん。セクハラは僕のスキルでもあるから。
僕は身を起こして辺りを見渡した。
ここは以前来た場所と同じようで、頭上には満点の星空が広がっており、どこまでも草原が続いてる空間だ。
ギュロスさんが創り出した異空間である。
よく考えたら、僕という存在はギュロスさんが創造した異空間に挿入されているわけだから、もはやこれは一種のセッ○スかもしれない。
「飛駅しすぎ」
ですよね。
そんなギュロスさんは以前と会ったときと変わらず、全身真っ黒なスレンダーラインのドレス姿だ。スタイル抜群で、身長は僕よりも少し高いから大人の女性って感じがして辛抱堪らない。
黒のベールで素顔は見れないけど、僕はこのまま彼女をオカズにできる自信がある。
「セクハラしないと息できないの?」
「すみません」
少し彼女の声音から不機嫌さを感じたので、素直に謝る僕。
草原に腰掛けたままの僕の隣に、ギュロスさんも同じようにして腰掛けた。
「お久しぶり......という程ではありませんね」
「うん」
「現実世界の僕って寝てるんですか?」
「うん。時間の流れは違うけどね。今ちょうど、インヨとヨウイにおやすみのキスをされてた」
そんなこと知りたくなかったな......。なんであの子たちは僕にそんなことばっかしてくるんだろ。
もうちょっとこう......ギュロスさんくらい色気のある大人になってから、そういうことを覚えてほしい。
「......。」
おっと。ギュロスさんがツッコむのを諦めたぞ。さすがにスパンを考えなさすぎたか。
美女の無視がいっちばんキツいから機嫌を直してもらわねば。
「それで、今日は何の御用で?」
「<
「宝剣?」
もしかしてヤマトさんがえらく気に入っている剣のことかな。
「そう」
そうだった。
「あれがどうしました?」
「どこから説明しよう......」
「?」
僕が頭上に疑問符を浮かべていると、ギュロスさんは星空を眺めながら語り始める。
「君、あの宝剣のこと何も知らずに引き抜いたの?」
「え、あ、はい」
「......危機感無さすぎるよ」
「も、もしかしてマズかったんですか?」
「あれは“王”の証となる宝剣。本来、この世にあってはならない代物」
“王”? そう言えば、あの剣を引き抜くには幾つか条件があって、そのうちの一つが、“王の器であること”だった。それが関係しているのかな?
ちなみに僕は三つの条件のうち、二つは満たしていた。
人間であることと、
そう、“孤高”と書いて、“どうてい”と読むのだ。
「読まない」
マジか。
「誓約を馬鹿にしすぎ」
「す、すみません......」
「それに君、もう一つの条件すら満たしていない」
「え?!」
いやいや、それはないでしょ! 僕は人間だよ! 血だってちゃんと赤いし!
「もう大体人間辞めてるよ、君の身体」
「マジすか......」
「そもそも、一個体が【固有錬成】をいくつも扱えるのはおかしい」
「そ、それは魔族姉妹が僕を肉体改造したからで......。って、スキルの数って、人間であることっていう、謂わば種族の定義のようなものに関係あるんですか?」
「全く無いわけじゃない。ただ人間に限らず、スキルがあることは奇跡とされていて、それは数が多くなればなるほど......」
「なるほど?」
「世界がその存在を拒絶する」
せ、世界? 急にスケールがデカくなったな。でもギュロスさんが嘘や誇張を言っているようには思えなくて、僕は息を呑むしかなかった。
「話を戻すと、君は全く条件を満たさずに、宝剣を手にしてしまった」
「え、えっと、あれってそんなにすごい剣なんですか? ダンジョンの最下層にあったとは言え、そこまで貴重な代物には見えませんでしたよ。よくわからない所にぶっ刺さってましたし」
「場所はどこだってよかった。でも連中はある程度実力が備わっていてほしいと思って、あのダンジョンに試練となる剣を突き刺した。」
「“連中”?」
「王の従者たち」
「???」
「......たぶん、そう遠くない未来で遭うと思う」
え、なにそれ、怖い。なんなの、その人たち。僕が剣を抜いたことがバレたってこと?
「連中は宝剣を抜いた君を探し始めている」
「ちょ、待ってください! あの剣を手にする資格があるのは、条件を満たした者だけでしょう?! 僕は何も条件を満たしてないんですよね?!」
「だから遭遇したときが怖い。何されるかわからないから」
ギュロスさん、終始真面目な雰囲気で語るから、こっちまでより一層恐怖心を煽られてしまう。
ギュロスさんに膝枕してもらって落ち着かないと。
「真面目に考えて」
「ごめんなさい」
怒られてしまった。
にしても、僕を探している奴らはいったいどんな人たちなんだろ。なんで王という大層な存在を、剣を抜けるかどうかで決めるんだよ。
というか、ギュロスさんはよくそこまで知ってるな。以前、聖国のときにも世話になったけど、本当にすごいな。
「......。」
あ、ちょっと照れてる。ベールの横から垣間見える頬が紅潮して――
「してない」
してないらしい。
「あの、その人たちはなんなんでしょう? 王の従者とはいったい......」
「そのままの意味。......昔、連中は突如現れて、ありとあらゆるモノを破壊し尽くした」
「え?」
「王に仕える者たちに種族は関係無い。どの国にも属さず、たった一つの古城だけを拠点にして、戦力を拡大した異常者たち......。そんな連中を敵に回した国は地図から消えていったよ」
やべぇ連中やん。
え、どうしよう。すごい関わりたくないんだけど。何か対策無いかな。
「ある」
おお!
僕は嬉しさのあまり、彼女にハグしようとしたが、片手で制されたので動きを止める。
もしかしてギュロスさんの方からハグする派なのかな?
「しない派」
そうか......。
「まず絶対に守ってほしいのは、もう二度と<パドランの仮面>から宝剣を出さないこと」
「え、そんなことでいいんですか?」
「まずは、ね。連中は宝剣の在り処を頼りに近づいてきているから、パドランの異空間に宝剣があれば、まず探知されない」
「なるほど」
「あとは宝剣の力を使わないこと」
「ん? あの剣に何か力があるんですか? もしかして<三想古代武具>だったり?」
「ううん。何か特別な力が宿っているわけじゃない。でも、力が無いわけじゃない」
ど、どうしよう。僕、哲学は苦手なんだよな。
「哲学じゃない。......感じて」
今の一言、ちょっとエロいな。“感じて”。......ふふ。
「......。」
ごめんなさい、真面目に考えます。ベール越しに睨まないで。
「とにかく、もう宝剣は手にしない方がいいってことですね。わかりました」
「うん。たぶんそのうち連中のうち誰かと接触すると思うけど、その日が遠くなるか近くなるかの違いだから」
うおい、結局エンカウントするんかい。
「するよ。だって君、昼間のときに神獣――ヤマトに渡してたでしょ。あれで従者たちに位置を特定されたかもしれない」
あんな少しの間で......。
ああ、もう絶対にあの宝剣には触らないようにしよう。どっかにポイしちゃ駄目かな。
「もう宝剣に君の情報が刻まれている」
なんなん、そのクソ仕様。
捨てられてたエロ本に購入者の住所と名前が記載されているくらい要らねぇ。
斯くして、僕は一抹の不安を抱えながら、ギュロスさんとお別れするのであった。
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