王立学園の魔術教師、生徒に手を出した疑いのある後輩女教師を追放したが、それは王子の策略だった~俺はなんてことを、しかし今更……目を覚ますと、俺の前に彼女が。巻き戻っている時間。今度は絶対に間違えない~

剣月しが

第1話 後悔と死

「学園長!!」


 王立学園の最深部に位置している学園長室に駆け込むと、学園長が氷漬けになっていた。


 透き通った氷の中で絶命している学園長は、苦悶くもんの表情をしていた。


「くそっ、遅かったか……」


 この王立学園の魔術教師である俺、シャノン・リオフレイムは、何者かの襲撃に対する怒りで、拳を強く握り締めた。


 すると、俺の背後、おそらく廊下の向こう。


 魔術指導のための訓練室から男の絶叫が聞こえてきた。


「この声は、サイモンか……!?」


 同僚の危機を悟った俺は、全身に魔力を巡らせて訓練室へ急いだ。


 廊下を走り出すと同時に、魔法でブーツのかかと部分から炎を放出し、一瞬で扉の前まで飛ぶ。


 訓練室の中へと続く扉は粉々に壊されていた。


「あっ! シャノン先輩じゃないですか!」


 広い訓練室の中央から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 ただ、それはサイモンのものではない。


「おい、リリィ。これは一体どういうことなんだ」


 リリィ・ホワイトヘイル。


 彼女は幼くして魔術師としての才に恵まれ、わずか15歳にしてこの王立学園に雇われた、史上最年少の教師である。


 いや、今は教師か。


「ふふふっ。どういうことって、見れば分かるでしょう? 私、この学園に関する全てを破壊しようと思っているんです」


 そう言って笑う、リリィ。


 しかし、そこには、かつて同僚だった頃の、彼女の可愛らしく溌剌はつらつとした笑顔は存在しなかった。


 目に光がなく、今の彼女の笑顔はまるで周囲をこごえさせてしまいそうな程に冷たいものだった。


「学園長を殺したのは、お前か?」


「そうですよ」


「たった今声が聞こえたが、サイモンはどうした?」


「彼なら、ほら。そこで死んでいます」


 リリィが指で示す方――室内なのに雪が積もっている床の上に、サイモンがうつ伏せになって倒れていた。


「少しうるさかったので、肺を凍らせてあげました」


すいひょうの魔術師……」


「えっ? 先輩、私の二つ名、覚えていてくれたんですか? 嬉しい!」


 猟奇的な笑みを浮かべるリリィに、俺は言葉を失ってしまった。


「私ね、実は先輩のこと好きだったんですよ? 私がマティオス王子に手を出したって疑われたときも、先輩だけは絶対に私のことを信じてくれるって思っていたんです」


「その件は……悪かった……」


 それは今から一年程前の出来事。


 リリィは、魔術の個人指導の最中、自分の生徒だったマティオス王子に色目を使い、彼を襲ったという疑いを持たれたのである。


 ただ、犯行を目撃した者はおらず、被害者である王子の供述だけが唯一の判断材料だった。


 マティオス王子は真面目で、頼りがいがあり、成績も優秀な少年だったので、そんな彼の言葉を、教員たちは疑わなかった。


 リリィは必死になって弁解したが、王子の言葉を重く受け止めた学園長は、彼女を王立学園から追放してしまった。


 後になって分かったことだが、それは王子の策略だったそうだ。


 真相は、自分と年齢が近いリリィに好意を持ち、告白をしたものの、丁重に断られてしまい、憤慨した末のでっち上げ――いわゆる、王子の腹いせということだったらしい。


「私に味方してくれる人は誰一人としていませんでした。私ってそんなに信頼されていませんでしたか?」


「いや、そんなことは……」


 もちろん学園長が下した追放の処断に反対しようと思えばできたかもしれない。


 ……いや、実際できたのだろう。


 しかし、俺は……。


 敢えてそれをしなかった。


 気が合うし、自分も若くして王立学園の魔術教師になった一人だったので、境遇も近かったことから、俺は彼女に対して多少なりとも好意を持っていた。


 しかし、学園長や王家からの圧力に屈し、俺は追放の判断に賛成してしまったのである。


 史上最年少の天才魔術師リリィに対してのライバル心……、いや後輩に追い抜かれることの恐怖心という理由もあったかもしれない。


「ねぇ、先輩。私、あれからとっても大変だったんですよ?」


「学園を出てすぐに、行方不明になったと聞いたが……」


「そうなんですよ~。聖都に向かうまではよかったんですけど、私、その道中で、マティオス王子の息の掛かった奴隷商にだまされて、捕まっちゃったんですよ~」


「なっ……!?」


 リリィは飄々ひょうひょうとした態度でそう言うと、突然上着を脱ぎ、右腕に焼き入れられた奴隷印を見せてきた。


 いくら彼女が天才魔術師だったとしても、一度身体に奴隷印が刻まれてしまえば、買主の命令がない限り、魔法を使うことができない。


 彼女の細くて白い腕には、奴隷印だけではなく、無数の切り傷や火傷のあと青痣あおあざなどが見られた。


「ご主人さ……変態貴族に売られてから、毎晩毎晩、来る日も来る日も、めちゃくちゃに乱暴されて……」


「リリィ……、お前……」


「私、気が狂っちゃった」


「俺はなんてことを……」


 俺は激しい後悔に襲われた。


 あの日、俺が権力やつまらない感情に負けて、追放に賛成していなければ……。


「すまない、リリィ……」


「今更遅いですよ、先輩」


「本当にすまない……」


「うるさいっ!! 謝るなっ!! 謝罪なんて求めていないっ!!」


 彼女の顔に怒りの表情が生まれたが、すぐ元の冷たい笑みに戻った。


「ふふふっ。見て下さい、これ。素敵でしょ?」


 ローブの首元を下げ、胸の辺りを露わにするリリィ。


 彼女の鎖骨と胸の間には、赤く不気味に発光する紋章があった。


「悪魔と契約して、奴隷だけど自由に魔法を使えるようにしてもらったんです。だから私、この学園への復讐が終わったら死んじゃうんですよ」


 リリィは手のひらから尖った氷の塊を発生させ、それを自分の身体の周りにふわふわと漂わせると――


「先輩も一緒に死んでくれますか?」


 闇をはらんだ黒目で真っ直ぐに俺を捉え、その氷の塊を一斉にこちらに飛ばしてきた。


「くっ、火焔の大盾フレイム・ウォール!!」


 俺は、反射的に炎の壁を作って、命を狙うその攻撃を防いだ。


 熱が氷を溶かし、周囲に積もっていた雪も水溜まりに変わっていく。


「流石、先輩! 炎熱の魔術師だけはありますね~! けど、これはどうです? 炎じゃき消せないでしょう?」


 と、挑発的な口調のリリィ。


 今度は氷の塊ではなく、巨大な球状の水を作り出した。


 あれに捕獲されてしまったら、きっと学園長のように球体ごと氷漬けにされてしまうだろう。


「止せ、リリィ!! 俺はお前と戦いたくない!!」


 俺は自分の本心を伝えることしかできなかった。


「だから、今更遅いって言ったでしょう、先輩……」


 それはか細い声だったが、リリィの悲痛な心の叫びまで聞こえてくるようだった。


 猛スピードで飛来する水の牢。


 俺はそれを避けるため、足に魔力を集めて一気に炎を……。


「なっ!?」


 動けない!?


 咄嗟とっさに足下を見る。


 俺のブーツに向かって、床に広がっていた水溜まりからおびただしい数の糸が飛び出していた。


 気付かぬうちに、この水でできた細い糸に絡みつかれてしまっていたらしい。


「先輩、よく生徒たちに教えていましたよね。戦いの最中は戦場を広く見ろって」


 俺の全身が球状の水に覆われる。


 息ができない。


 リリィがこちらに向かって、ゆっくりと歩みを進めてくる。


 そして、水の中でもがいている俺の前で足を止めると――


「来世でも、また会えるといいですね……」


 彼女が水球に触れた瞬間、俺の意識は白く、遠く、はかなく消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る