第7話 迷うな

 試着室は狭くて嫌い。


 何この圧迫感。



 鏡が近いせいで、デブにうつるし。



「せまっ」



 3着見繕って持ってきたけど、かけるところもないしただ鏡の前で合わせるだけになった。



「うーん……」



 白っぽいものは駄目。それぐらい知ってる。



 胸が開きすぎてるのも、丈が短いのも。



 でも無難なものも嫌だな。



「迷ってるの?」



 カーテンの向こうから声がかかった。



「うん……東京にはない店だから、目新しくて悩んじゃう」



 出張のご褒美宿をあとにしたら、彼は駅ビルの洋服屋に連れて行ってくれた。


 調べてくれてたのかな。


 ここなら一揃できそう、って店の並び。



「ドレス決めたら、靴もいるね」



 私が欲しがる前から、彼は与えてくれる。




「どっちかなー」


 彼の好きな色は淡い紫だと言う。

 でも。



 初めてあったとき着ていたあの青に似た色のものに惹かれている。



「2着まではしぼれた」




「じゃあ、どっちか今着て見せて」



「うん」




 袖を通したのは、淡い紫の方。



「どうかな」



 カーテンを開けると、彼が微笑んでくれた。


「すごく似合うよ。いいね、愛美は趣味が良い。スタイルにもあってるよ」



「ふふ」



「もう1つはどれ?」



「こっちの方」




 私は青い方もドレスに重ねて合わせてみせた。



「うん。こっちも似合ってるよ。これは迷うね」



 うんうん。



 デザインも全く違う。


 2着のドレス。



 迷うな。




「こっちも着てみようかな」



 あぁでも、ここで時間とってたら靴を選ぶ時間も、お茶する時間も少なくなっちゃうな。



「どっちも買えばいいよ」



「え?」




「迷うってことは、どっちも気に入ったんでしょ? いいよ、俺の式のためだもん」



 男らしいセリフなのに、


「でも靴は一足にしてね」

 なんてついちゃうのお茶目。



「ありがとう、じゃすぐ着替えるね」



 あれ?



「髪がチャックに引っかかっちゃったかな」



 後ろ手って苦手なんだよね。


 ヨガでもできないポーズがあるぐらい。



 さっきも、必死で上げたのに。



「どれ」



 彼がすっと更衣室に体を滑り込ませて、カーテンを閉める。



「狭いな」



「だよね」



 一人でも狭いのに、2人で入っちゃっ。



「んっ……た、貴明さん!?」


 チャックを下ろしてくれてるのに、それだけじゃない。



「だ、だめだよぉ」



 首筋、背中、彼の唇がキスをする。



「だって、こんなに色っぽい愛美がいけない」


「でもだめ……んっ、お店の人きちゃう」



 本当は、こっそりゆっくり選びたいから声かけに来ないでって言ってある。


 言ってあるけど、これじゃ……。




「生殺しだよぉ、シたくなっちゃうじゃん」



「俺はシたいよ。 靴は東京で選ぼう? この近くにホテルとって、新幹線も予約しなおせばいいよ」



 彼は欲望の奴隷。



「じゃあ、せめて飲み物はテイクアウトさせて。抹茶の美味しそうなのあったの」



 私もだけどね。

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