第41話  鬼ヶ岳登山、「山頂直下の梯子登り」編

 展望雄大な雪頭ヶ岳を後にして、最終目的地の鬼ヶ岳を目指して歩み出した御一行は、急な岩場の登山道を乗り越えて山頂まであと少しの所まで登って来ていた。

 すると、その行く手に何かを発見した穂乃花は指を差しながら声を上げる。その声に反応した他のメンバー達は、その指差す方に目を向けると一様に驚きの声を上げた。


「ちょっと何々? この険しい岩場に掛かっている梯子は! こんなに長い梯子が有るなんて如何いう事なのよ」


「岩場が急過ぎて、梯子を掛けてないと登る事が出来ないって事なのね。この梯子の長さは5mは有りそうね。こんな急な高さの有る場所を登ったら、足がすくんでしまいそうだわ!」


「こんな急な岩場に掛けられた梯子が有るなんて、想定して無かったですわ。わたくし、こんなに長い梯子を登れるか不安に成って来ましたの」


「この岩場は崖斜面と言っても良い位ですね。だから掛けられている梯子も、ほぼ垂直に成っていますよ。隊長の言う山頂直下の難所とは、この岩場に掛けられた梯子の事だったんですね」


 山頂直下の難所の全貌が明らかに成り慌てふためくメンバー達。無理も無い、目の前には崖の様な斜面の岩場が有り、その岩場を越える為に長さ5mは有ろうかと言う長い梯子が掛けられていたのだ。


「君達、ひと目見て、この岩場の長い梯子に度肝を抜かれた様だね。流石にこの崖の様な岩場斜面に成ると、梯子が掛っていないと登る事は出来ないからね。

 この様に難所の岩場に掛けられる梯子は、今後に臨む難易度の高い山々には付き物だからね。だから今、目の前に有る梯子登りにも挑戦して行き、梯子の登り方をマスターして欲しいと思うんだ」


「そうなんですか一目見た瞬間、ここの山頂直下にだけしか無いのかと思いましたけど、この様な崖斜面の岩場に掛けられた梯子は、難易度の高い山々には付き物なんですね。それでは今後の難易度の高い山に臨む為にも、僕達は梯子登りのスキルも上げて行かなければと言う事ですね」


「そう、梯子登りのスキルを身に付けて欲しいと言う事だよ。目の前に有る梯子は5mと言った所だろうが、この長さで登山に於いては普通のレベルなんだよ。私の経験した中で一番長い梯子は、この長さの4倍の20m位は有ったかな!」


 先生から、長さ20mの梯子の掛けられた登山道が有ると言葉が発せられた。その事を聞いたメンバー達は、一様に驚きの表情を見せてたじろぐのだった。


「えっ、20m? そんなに長い梯子が掛けられた登山道が有るんですか。それじゃあ、ここに掛けられている梯子で、たじろいて居たらダメですね!」


「そ、それはビックリな事実ですね。この4倍もの長さが有る梯子が掛けられている登山道が有るなんて、上には上が有るって言う事ですわ」


「そうか~そんなに長い梯子が掛けられれた山が有るのなら私達は、ここの梯子でビビッて居たらダメだと言う事なのか。だから、この梯子を登ってスキルを付けなきゃ成らないわ」


「ふう~今後に臨む難易度の高い山々に備えて、ここの梯子登りでスキルを身に付ける様にしましょうか。あたしも覚悟を決めるから皆んなも一緒に、頑張って梯子登りに挑戦して行きましょう!」


「よしよし、皆んなヤル気が出て来た様だね。だが梯子登りは初挑戦だから、十分に気を付けて欲しいと思う。では、これから梯子を登る訳だが、登るにあたって私から梯子の登り方に付いてレクチャーをして上げようではないか。皆んな、梯子の前に集まってくれたまえ!」


 先生から梯子の登り方の講義をすると話しが有り、梯子を取り囲む様にして集まるメンバー達。


「はい、皆さん集まりましたね。では、これから梯子の登り方の講義を行います。今、目の前に有る梯子を登って行く訳ですが、梯子はただ足を掛け手を掛けて登れば良いと言う訳ではありません。

 梯子は高い所に登る為や高い所に手を付く為に有るのです。人が高い場所に登るので、高所から落下すると言う危険性を常にはらんでいるのです。その落下と言う危険を起こさない為にも、安全な梯子の登り方を実行して欲しいです」


「確かに、梯子を登る時には落下の危険性が有るわね。その落下を防ぐ為にも安全な登り方をしなきゃダメだと言う事なのね」


「それでは、どの様な登り方が安全に登れるのでしょうか? 僕が思うに、ただ梯子を手で掴んで足をステップに置けば良いと思うのですが」


「いやいや、梯子はただ手と足を掛けて上れば良いと言う訳では無いんだよ。今から君達に安全な登り方のレクチャーをして上げよう。まづは、梯子の構造を見て欲しい。梯子と言うのは足を置く踏板の部分と、その踏板を挟み込む様に両側に取り付けられた支柱の部分とで構成されているんだ。

 では突然ですが、私から質問をします。梯子を登る時は、足を着く箇所は踏板の所に成る事は皆さんも分かると思います。では、手は何処の部分を掴んだら良いでしょうか? 分かる人は答えてみてください」


 先生から突然の質問タイムが始まる。それは梯子を登る時に、手は何処を掴むのか? と言うものであった。その質問に首を捻りながら考え込んでしまうメンバー達。すると、華菜が手を挙げてその質問に答えた。


「ん~と、あたしの答えを言わせて貰いますね。梯子を登る時に手を掴む所は、両サイドに有る支柱の部分を掴んだ方が良いと思います」


「それは何故なんだね、杉咲さん。どうゆう理由で支柱を掴んだら良いと思ったのかな?」

「はい、理由を言うと、両サイドの支柱を掴んだ方が上の方を見ながら登る時に、手が邪魔に成らないから、視界が開けて安全に登れるかなと思ったんです」


「なるほど! 確かに杉咲の言う通り、両サイドの支柱を掴んだ方が登る前方の方の視界が開けると言う点では間違っていないと思うな。だけど、それでは安全面においては勧められない登り方となってしまうんだよ」


「そうなんですか! 両サイドの支柱を手で掴んで登るのは、安全面では良くないんですね。だとすると、安全面では進められない理由と、梯子の何処を手で握って登れば良いんですか?」


「そうだな何故、支柱を掴んで登るのは安全面では良くないか教えて上げよう。実際に、梯子を使いながら説明をして上げるからね」

 先生は、安全面に適した登り方を実演して見せるべく、梯子に近づいて行くと説明を始めた。


「はい、では今から実際に梯子を使って説明をしたいと思います。まず梯子を登る時に手を握る箇所ですが、何処が適正かと言うと、実は足を着く場所と同じ踏板の所に成るのです」


「えっ? 踏板の所を手で掴むのですか。私も華菜と同じ様に、支柱を掴んだ方が良いと思っていました。それに、踏板は足で踏み付ける訳ですから土や泥が付いて手が汚れるじゃないですか。だから、その場所は避けた方が良いと思うのですが」


「おお〜沢井も手で掴む場所は、支柱の所だと思っていたのか。やはり、支柱の所を掴むものだと考える人が多いいと言う事だね。確かに、踏板は足を着く所だから土や泥が付くから、手で掴むのは避けたい気持ちは分かる。

 だが手が汚れるのを気にするよりも、先ずは安全第一を考えた方が良い。特に自然を相手にする山の中では尚更、安全を最優先にした方が良いんだよ」


「なるほど、支柱の部分を掴んで汚れる事を気にするよりも、安全面を第一に考えた方が良いんですね。では何で、支柱を掴むと安全面には適していないんですか? その辺の所を詳しく教えて欲しいのですが」


「そうだね、その理由を実際に梯子を使いながら説明して上げよう!」

 先生は何故、手の掴む場所が支柱では安全でないかと言う事を説明するべく、目の前の梯子に足を掛けて3段目の踏み台まで登り、手は支柱の部分を掴んで行く。


「良いか、皆んな見て欲しい。今、私は踏み台に足を置いた状態で手は支柱の部分を掴んでいる。仮に、このまま登って行ったとしよう。もし、この梯子が雨が降って濡れていたとしたら、当然ながら雨に濡れると梯子は滑り易く成ってしまうよね。

 その濡れた梯子で足を滑らせたとしよう。今、私がその足を滑らせた状態を再現して見せるよ。ほら、こんなふうに!」


⦅ガタッ! ガタガタガタ!!⦆


 先生は、雨に濡れた梯子で足を滑らせた状態を見せるべく、捕まっていた梯子から足をワザと滑らすのだった。足を滑らせた先生は、支柱の部分を手で掴んでいたが、自身の重さの体重に耐えられなくなり、地面へと落下してしまうのだった。


「おお~とととと! やはり支柱の部分を掴んでいては、自分の体重に耐えきらなくて下まで落ちてしまったな。見ての通り、支柱の部分を掴んいた場合は重さに耐える事は出来ないんだよ。

 その理由としては、支柱は縦に走っているだろう。簡単に考えても縦の部分を持っていたら重さに耐えきれず、そのまま下へと落下してしまうと言う事だよ」


「わたくし、隊長が身を挺して実演してくれたのを見て居まして、支柱の部分を掴んでいた場合は足を滑らせた時に耐えきれなくて、落っこちてしまうのが良く分かりましたわ。これがもし、一番上の方で足を滑らせた時だったら、5mの高さから落下してしまい大けがをしてしまいますね」


「僕も隊長の実演を見て居まして、これが何メートルもの高さだったら大変な事に成ると言う事が良く分かりましたよ。だから、支柱を掴むと危ないんですね。そうすると、やはり横に走っている踏板を掴んだ方が重さに耐えられると言う事なんですね」


「そう、星野の言う通り、横に走っている踏板を掴んだ方が、足を滑らせた場合でも体重を支えられるとい言う事だ。まあ、鉄棒にぶら下がる時の事を考えてみてくれれば良いんだよ。だから踏板を掴むのが、安全面を考えると適していると言う事なんだ」


「説明を聞いていて何故、踏み台を掴んで登る事が安全なのかが分かりました。その事を良く頭に入れて、皆さんと一緒に梯子登りに挑戦して行きます。では隊長、早速登り始めましょう!」


「よし! これで皆んなに、梯子の登り方を伝える事が出来たかな。先ずは、私が登って行くのを良く見ておいてくれたまえ。ポイントは、ゆっくりと確実に手と足を踏台に付きながら、上へ上へと登って行く事だ。

 それと登る時は、掴んでいる手の方を良く見て、上の方へと視線を向けながら登る様にして欲しいです。私が梯子を登り切って岩の上へと降り立ったら、次の人が登って来るんだ。それでは、登り始めるとしようか!」





 メンバー達に講義を終えた山岸先生は、先陣を切って登り始めて行く。そして確実に踏板を握り締め、踏板に足を付きながら、一段一段ゆっくりとしたペースで上へ上へと上がって行き梯子の上部へと辿り着く先生。上部に辿り着くと、足を岩場の方に付いて行き踏台から手を離して梯子登りを終えたのであった。


「よーし、登り終えたぞ。今、私が登って来た様子を参考にして、ゆっくりとしたペースで確実に梯子を登って来る様にね。もし足を滑らせても、しっかりと踏板を握っていれば落っこちる事は無いから、その辺のところを心得ながら登って来るんだ。では、一人ずつ登って来なさい!」


「はい! 先ずは、あたしから登って行きます。ふう~緊張するなあ」

 先陣を切って華菜が梯子に手を掛けると、ゆっくりと登り始めて行く。


(キャー! 段々と上に登って来ると高さが増して来て足がすくむわ。下を見ずに手の握っている方を見て登らなきゃ!)


 上に行くにしたがって高さが増して来る為、おっかなびっくりで登って行く華菜だったが、何とか最上部まで到達して岩場へと降り立った。その華菜が岩場に降り立ったのを確認して、次に穂乃花が登って行く。


(うわ~こんなに垂直に近い梯子を登って行くのって初めてだわ。とにかく、しっかりと梯子の踏板を掴んで登って行きましょう)


 2番手に登った穂乃花は、初めて登る垂直の梯子に戸惑いながらも、コンスタントに梯子を登り切り岩場へと到着した。


「穂乃花、凄く落ち着いて登れたみたいね。私も見習って、落ち着いてゆっくりと登って行くわ!」

 穂乃花の落ち着いて安定した登り方を見て刺激を受けた友香里は、深呼吸をして気を落ち着かせた後、梯子を登り始めて行く。


(一段一段、慎重に踏み台に足を付きつつ、手で握り締めながら登るのよね。うわ~中段より上に来たら、中々の高度感でおっかなく成って来たわ。

 ……おっかないを通り越して、怖くて身体が震えて来ちゃった。如何しよう、身体が動かなく成ってしまったわ。忘れてたわ、私って高い所が苦手だったのよね、、)


 途中まではコンスタントに登れていたが、梯子の上段付近に来た時に高さで目が眩んで身体が震えてしまい、梯子に捕まったまま動きを止めてしまう友香里。以外にも、友香里は高い所が苦手な様だ。すると、その様子を下で見て居た隼人が声を上げた。


「友香里! 高さで怖くなってしまったんだろうけど、梯子の途中で止まってしまっては更に恐怖心が増してしまうよ。だから勇気を出して身体を動かし、速やかに梯子を登り切るんだよ!」


「わ、分かったわ。確かに、こんな高い梯子の途中で止まっては、かえって恐怖心が増してしまうわね。が、頑張って身体を動かして登って行くわ」


 隼人から励ましの言葉を貰った友香里は、梯子の上の方に目を注ぎ気持ちを奮い立たせると、固くなっていた身体を動かして再び階段を登り始めて行く。


(隼人の言葉で気持ちが奮い立ったから、やっと身体が動き出したわ!)

 やっとの思いで身体が動き出して、一段一段ゆっくりとしたペースで登って行くと、既に登って居た3人の顔が見えて来たのだった。


「よーし、ここまで上がって来れば、もう大丈夫だ。ゆっくりと岩場の方に足を付いて、こちら側に移って来るんだ!」

「友香里、勇気を出して頑張って登って来れたわね。下を見ずに、岩場の方に移って来てください」


「あたしの顔が見える所まで来れて良かったわ。途中で止まってしまった時は、どうなる事かと思ったけど頑張ったわね」


 待ち受けて居た先生と穂乃花は、何とか梯子を登り終えた事で安堵の表示を浮かべるのだった。そして、自分達の方へ来る様にと手を広げながら友香里を向かい入れる。


「ふぅ〜手と足が震えながらも、何とか登り切れたわ。あとは、梯子から岩場の方に下り立つ瞬間が緊張するわね。……先ずは左足を岩場に付いて、つぎは右足を岩に付いてと」


「良いぞ、その調子だ! 両足を岩場に付いた状態で踏台を掴んでいる手を離して、こちら側の岩場に飛び移るんだ」

「分かりました。ゆっくりと両手を離して岩場に飛び移ります。……おっととお〜やったわ! 岩場の上へと立つ事が出来たわ」


先生と華菜、穂乃花が見守る中、慎重な身体の身のこなしを見せながら、梯子から岩場へと飛び移り終える、友香里。


「岩場に飛び移る時の身のこなしが上手でしたわよ。やり遂げましたね、友香里!」

「そう言えば、貴女は割りと高い所が苦手だったわね。でも、それに打ち勝って、この梯子登りを成し遂げる事が出来たから凄いと思うわ」


「良くぞ、恐怖心に打ち勝って岩場に上がって来れたな。頑張ったじゃないか、沢井!」

「お褒めの言葉、有難うございます! 途中で止まってしまった時は、どうなるかと思いましたが、岩場の上から励ましの言葉を貰ったお陰で何とか登って来れました」


 友香里は、梯子登りの途中で高さの恐怖心からか止まってしまっていたが、何とか動きを再開して窮地を脱して登り切れた事に安堵の表情を見せて居た。


「では、残すは星野だけと成ったな。お~い! 沢井は何とか登り切る事が出来たぞ。あとは君が登ってくれば、梯子登りが完了する。しっかりと踏板を握り締めながら、慎重に梯子を登って来るんだ!」


「友香里が登り切れて一安心しました。分かりました、踏板をしっかりと握り締め足もしっかりと着きながら、慎重に登って行きます。では星野隼人、梯子登りに挑戦します!」


 残すは隼人だけとなり先生から激が飛ばされる。その激を受け取った隼人は、気合の入った声を上げると、梯子に手を掛け足を掛けて上り始めて行く。


(ふう~これだけ垂直に近い梯子を登るなんて、思いもよらなかったよ。それも、こんなに山奥の岩場に掛かる梯子を登って行くんだから緊張してしまうよ。

 何とか中段まで登って来れたけど……この辺りまで来ると、高さで流石に足がすくんで来るな。友香里が止まってしまった気持ちが分かって来たよ)


 ゆっくりと登って行く隼人は中段まで登って来た時、なかなかの高度感からか足がすくみ出した様で更にゆっくりとした足取りと成ってしまう。すると、その時! 

「ヒュウー! ヒュヒュウーー!! ヒュヒュヒューーー!!」

 と、山の稜線を駆け上がって来た強い風が、梯子の掛かる岩場に襲い掛かって来たのだ。


「うわー! 凄い風が吹きあがって来たよ。しっかりと梯子に捕まっていなきゃ飛ばされちゃうよーー!!」

「突風が吹き荒れているぞ! 君達も、しゃがんで吹き飛ばされない様にするんだ!!」


〚はい! しゃがんで風に飛ばされない様にします!!〛


 岩場の上に居た先生達にも、吹きあがって来た突風が襲い掛かる。その風に対処する為に先生は、しゃがんで身を低くしてやり過ごす事を指示する。皆んなは一斉に岩場の上で、しゃがみ込んで風をやり過ごして行くのだった。


「ふう~やっと風が弱まって来たな。だが、未だ油断は禁物だ。君達は、暫くの間はしゃがんでいる様にしてなさい」

〚分かりました! 未だ、しゃがんでいる様にします〛


 突風は治まったが引き続き風が吹きあがって来るので、安全の為に未だしゃがみ込む様にと女子達に指示を出す先生。そして先生は、梯子に捕まりながら耐えて居た隼人に声を掛ける。


「星野! 突風は治まった様だから、今がチャンスだ。この機を逃さずに登って来なさい!」

「はい隊長! 風が収まった今がチャンスですね。登るのを再開します」


 先生から発破を掛けられた隼人は、突風が収まった今がチャンスとばかりに、梯子登りを再開させて行く。ゆっくりとだが確実に梯子上部まで登り切った隼人は、速やかに岩場の方へと降りて行き、皆んなの元へと辿り着くのであった。


「何とか、皆さんの元へと来れました。風が吹き出した時はどうなる事かと思いましたが、ここまで辿り着けてホッとしましたよ」


 岩場に辿り着くや否や、梯子登りでの窮地を脱してホッと一息付いて肩を撫でおろす隼人。その姿を見た先生と女子達が近寄って労をねぎらう。


「風が収まって直ぐに、躊躇する事無く梯子登りを再開した事が良かったんだよ。この様な時は、咄嗟の判断力が大事だと言う事だ」


「隼人が突風を浴びて、動けなく成った時はどうなる事かと思ったわ。ここまで来れて一安心しましたの」


「先ほどの突風は本当に凄かったわね。山ではいつ何時、強風が吹き荒れるやも知れない事が分かったわ。ここに辿り着けて何よりだったわ、隼人!」


「もし、私が登って居た時に突風が吹いていたら、如何なって居たか分からなかったわ。でも、それでも梯子から落ちない様にしがみ付いて、好機を見計らって動く事が大事なのが良く分かったわ。隼人が無事に来れて本当に良かったわよ!」


 山では、突然の突風が吹き荒れたりする事が多々有るのだ。特に山の上部の稜線付近に出ると、山の尾根に沿って吹きあがって来た風が稜線を通過して行く時に、もの凄い速度で吹き抜けて行く事がある。その様な時は風に吹き飛ばされない様に身を縮めてしゃがみ、風が収まるのを待つのも大事である。

 また、どうしても風が収まらない時は一時、風が弱まった時を見計らって動き出して行き窮地を脱するのも手段の1つである。山楽部の面々は、この自然の猛威を身を持って体験した事により、山での今後の立ち振る舞いを覚えて行く事が出来たのではなかろうか。




「何はともあれ、皆んな無事に梯子を登り切り岩場の上に立てる事が出来て良かったよ。難所を突破した事により、君達のスキルアップがはかれた事は間違いないだろう。良く頑張ったな! ここから山頂までは目と鼻の先だ。あと5分もすれば到着する。では皆んな、出発しようではないか!」


「そうですね僕達は、この難所を突破出来て一回り大きく成れたのではないでしょうか。山頂まではあと少しだから、皆んなで頑張って登って行きましょう」


「一回り大きくな成った、あたし達は、本当に身体が大きく成ったんじゃないかしら。成長した皆さん、鬼ヶ岳を目指して出発しましょう!」


「華菜ったら、面白い事を言うわね。そうすると、わたくしも背が高く成っているかも知れないわ。もっとも背が低い、わたくしにとって良いニュースですけどね。うん、鬼ヶ岳まであと少しだから頑張りましょう~」


「逞しく成長した山楽部の皆んな、もう少しで山頂よ。山頂では何が待っているか、楽しみに成って来たじゃない。それじゃあ、気合を入れて山頂までラストスパートを掛けて登って行きましょう!」


 山頂直下の梯子登りの難所を切り抜けたメンバー達は、自分達のスキルアップが出来たのではないかと口にするのであった。そして、その高揚感に満ちた勢いのまま、目前に迫って来ている鬼ヶ岳に向けて歩み始めた山楽部御一行。

 この岩場からはそれまでの険しかった登山道とは打って変わって、比較的穏やかな登山道が続く。そして5分ほど登って行くと前方の視界が開けて来て何やらゴツゴツとした岩場が見えて来た。とうとう鬼ヶ岳の山頂に到達したのである。


「お~し! 到着したぞ。皆んな、頑張って登って来れたな。お疲れ様でした。ここが鬼が岳の山頂だ。如何だい、この山頂の大展望は!」


 到着した鬼ヶ岳の山頂は、南側の雪頭ヶ岳の山頂が僅かに視界に入るものの、ほぼ遮るものが無く、360°の大展望が広がっていたのだ。この大展望を目の当たりにしたメンバー達は唸り声を上げた。


「うひょー! 何て凄い大展望なんだろう。グルっと見渡す限り遮るものの無い展望が広がっているよ。何だか僕達が世界の中心に居る様な感じがするよ!」


「えー! 何々、ここの開けた大展望は! 先ほどの雪頭ヶ岳では南側に開けた展望が見えたけど、ここの鬼ヶ岳は甲府盆地越しに北側に聳える山々まで見渡せるわね」


「さっきまで居た雪頭ヶ岳の展望も凄かったけど、ここの展望は東西南北全てが見渡せるじゃない。隼人の言う通り、世界の中心に居る様な感覚に襲われるわ~」


「わ、わたくし、こんなに凄い大展望が開ける山頂に来れたなんて、凄く感激しましたの。360°どこを見ても山、山、山が見渡せて最高の展望台ですね!」


 鬼ヶ岳の山頂からは、北側には甲府盆地越しに奥秩父の山々と八ヶ岳連峰、西側に南アルプス山脈、南側から西側には富士山と外輪山の山並みがグーンと開けて見えて、それはそれは素晴らしい大展望を望む事が出来るのだ。

 まさに゙開いた口が塞がらない゙状態のメンバー達は暫くの間、ポカ~ンと口を開けたまま大展望に酔いしれて居るのだった。すると、その時! 華菜が指を差しながら声を上げた。


「あー! 皆んな、この山頂に有る岩場の一番東の方を見て。凄く尖った形の岩が有るわよ!!」


 突然上がった華菜からの声に呼応して、指さす方に一斉に目を向ける隼人と友香里、穂乃花。その指差す山頂のゴツゴツとした岩場には、尖った形をした岩が突き出ていたのだ。その岩を確認したメンバー達は、足早に岩のそばまで近寄って行く。


「ちょっと何々、この尖った一本角の様な岩は! この形が自然に出来た事が不思議よね。まるで人が人為的に作った様にも見えてしまうわ」

「華菜の言う通りよね。この形が自然に作られた何て驚きの一言だわ! それにしても尖った岩で、まさに一本角だわね」


「そうか~この一本角の岩が゙鬼の角゙の様に見えるから、鬼ヶ岳と名付けられたんですのね。見たままの光景を山の名前に取り入れたと言う事なのね」


「鬼ヶ岳と言う名前の秘密は、山頂に有るこの一本角の岩に有ったんだ。これが隊長の言っていだ山頂でのお楽しみ゙と言う事なんですね!」


「皆んな、この山頂に有る一本角の岩に度肝を抜かれた様だね。そう、この特徴ある岩が゙鬼の角゙のイメージを彷彿させてくれる事から、鬼ヶ岳と言う名前が付けられたと言われているんだ。

 それともう一つの名前の由来としては、この鬼ヶ岳の山頂と南側に有る雪頭ヶ岳の山頂が離れた所から見ると、2本の鬼の角に見える事から名付けられたと言われてもいるんだよ」


「そうなんですか、2つの山頂が離れた場所から見ると鬼の角の様にも見えると言う事なんですね。と言う事は、ここから反対に有る山の山頂に行けば、鬼の二本角の様子が分かると言う事なんですね」


「そうなんだよ、ここの山頂の東側に有る十二ヶ岳の山頂から見ると。鬼の二本角の様に成っているのが見てとれるんだよ。だから、鬼ヶ岳山頂に有る一本角の岩と、二つの山頂が二本角の様に見える事の、二つの見方から鬼ヶ岳と言う名前が付けられたと言われているんだ」


 鬼ヶ岳の名前の由来説が2つ有る事を知ったメンバー達は、山頂の一本角に目を注ぎながら驚きの表情を見せているのであった。名前には何か付けられた由来が有るものだが、鬼ヶ岳の様に山に有る岩や、山容そのものの形から名前が付けられる事も有るのです。

 目で見た光景がそのまま山の名前を連想させてしまう事を知ったメンバー達でありました。


「隊長! 鬼ヶ岳と名付けられているのが、山頂に来てみて良く分かりましたよ。山の形や山に有る岩などの外見上の特長から、名付けられた山が有ると言う事ですね。……そうすると、この反対側に見える十二ヶ岳と言うのは、もしかして12個の山の山頂が有るから名付けられたと言うのでしょうか?」


 すると、反対側に有る十二ヶ岳を眺めて居た隼人が、十二ヶ岳と言う名前の事が気に成った様で先生に問い掛けて来た。


「おお~良い所に気が付いたね、星野。君の言っている事はおおよそ合っているかな。山頂が12個有ると言うよりも、正確には稜線上に12個のピークが有る山と言った方が良いだろう。一番手前に見えるのが最後の12個目のピークの頂上と成るんだよ」


「そうなんですか、12個のピークが有る山だと言う事なんですね。だからあんなにゴツゴツとした感じの山並みに成っているんだ。でも、そのアップダウンの連続する稜線を歩くのはかなり大変そうですね」


「そう、この奥に有る毛無山から十二ヶ岳まで続くアップダウンが連続する稜線は岩場や鎖場、ロープが有り、変化に富んだ難度の高いコースに成っているんだよ」


「うえ~! やはりロープや鎖場が張り巡らされた難度の高いコースなんですね。まさか、鬼ヶ岳のコースよりも難しいと言う事なんでしょうか?」


 と、先生から十二ヶ岳の名前の由来と、コースの難度について説明が成されて、隼人が興味深々に話を聞いて居た時だった。一本角の岩の下に伸びている登山道から、何やら話し声が聞こえて来たのだ。





『ふう~やっと鬼ヶ岳に辿り着いたぞ! なかなか、ここまで来るのに道が険しかったから、到着出来てよかったな』

『そうね、十二ヶ岳から鬼ヶ岳に来るまでの間も、岩場の難所が有ったから、辿り着けてホッとしたわ』


 如何やら十二ヶ岳を登った後に稜線を通って、この鬼ヶ岳の山頂へと辿り着いた2人の登山者だった。


「きゃー! 見て見て武志。これが噂に聞いた鬼の一本角なのね。なるほど~本当に鬼の角の様に突き出た岩なのね!」


「ほほ~これは噂にたがわぬ、鬼の角の形をした岩なんだな。これは特長ある山頂じゃないか。驚きの光景だよな。……んん? 山頂の一本角の岩の所に誰か要る様だな。既に先客の方達が居る様だよ、美幸!」


 到着した2人の登山者は、山頂に突き出ている一本角に驚きの声を上げる。そして、山頂に居た山楽部御一行の姿に気づいた様で、最後の岩場を颯爽と登って行き、御一行の所へ近寄って来る。


「こんにちは! いや〜これは凄い展望が開けていますね。頑張って十二ヶ岳から登って来た甲斐が有りましたよ。まあ〜これはこれは、お若い方達ばかりですね。学生さんなのかな?」


「皆さん、こんにちは! 十二ヶ岳から登って来て、やっと会えた方達が、こんなにお若い方達で何だか嬉しいわ」

 40代位の中年の夫婦だろうか、何とも爽やかな笑顔を振りまきながら、御一行達に話し掛けて来た。


「はい、こんにちは! 私達は根場の登山口から入り、雪頭ヶ岳を経由して鬼ヶ岳に来たんです。私達も登って来ていた間、ずっと他の登山者に会わなかったんです。お会い出来て光栄ですよ!」


「こんにちは〜僕達は、高校の登山部なんです。頑張って、この鬼ヶ岳まで登って来れましたよ」


〚こんにちは! 私達、沼津市から来ました。清流学園と言う高校の登山部なんです〛

 爽やかな中年の夫婦の笑顔を見た山楽部の面々は、それに負けず劣らず最高の笑顔を見せながら挨拶を返すのだった。


「そうですか、やはり高校の登山部なんですね。わたし達は御殿場に住んで居まして、よく富士五湖周辺の山々に登山に来てるんですよ。今日は、未だ登った事が無かった鬼ヶ岳に挑戦してみようと思い来てみたんです」


「沼津の清流学園の生徒さんでしたか。知人の子供さんが通っておりますので、その学校なら良く知っていますよ。いつの間にか登山部が出来ていたんですね。初耳ですよ~」


「おお~清流学園をご存じで嬉しい限りですな。登山部は、この4月に新たに発足したばかりでして、まだ出来立てホヤホヤの部活動なんですよ」


「そうですか、今年度に新たに出来た部活動なんですね。どうりでお若い方達が多い訳ですな。初々しくて良いじゃないですか。それにしても、今年に出来た部活だとすると、部員さん達は未だ登山初心者ではないですか?」


「そうね、見た感じだと1年生とお見受けしますが、初心者の方達がこの鬼ヶ岳まで登って来るなんて大したものですよ。頑張って登って来ましたね」


「おっしゃる通りで、皆んな1年生で登山の初心者なんですよ。ですが顧問の私が言うのも何ですが、4月から登山を始めたにも関わらづ部員達の成長が著しく、この難度の高い鬼ヶ岳も登って来れたんです」


「そうですか、そんな頼もしい部員さん達を持って、顧問で在る貴方は幸せ者ですね」

「登山者の卵さんと言う事ですね。そんな未来を担う登山者の方達とお目にかかれて光栄ですよ」


 爽やかな中年夫婦は、若々しく将来有望な登山者の卵である山楽部の部員達を、羨望の眼差しで眺める。その痛い位の眼差しを受けたメンバー達は、お互いに顔を見合わせながら顔を赤らめて照れているのだった。


「……あっ! そうそう、この一本角と雄大な景色に見とれてしまっていて、山頂での記念撮影をするのを忘れていました。あの~お願いが有りまして、この一本角の岩をバックに写真を撮るのをお願いしたいのですが」


「ああ~私で良ければお撮りしますよ。ここの岩場は狭いですが、何とか皆さんが収まる様な位置を見つけて写真に収めましょう。美幸、皆さんをお撮りする間、このストックを持っていて欲しい」


「はい、わたしがストックを持っているから、素敵な写真を撮って上げてくださいね」

「快くお受けくださり、有難うございます。宜しくお願い致します!」


 記念撮影の要請を快く受けた夫婦は、夫の方が撮る事に成りストックを妻の方に渡すと、先生の方に歩み寄ってカメラを受け取る。


「それでは、上手く一本角の岩が入る様に撮りましょう。なにしろ狭い山頂のうえに、この特徴ある岩場が有る訳ですから、皆さん余程コンパクトにまとまる様にしましょう」


「そうですね出来るだけ、まとまった方が良いですね。ん~と、そうだな。この一本角の上に一人乗れば、それだけで周りのスぺースに余裕が生まれる。良し! 私がこの一本角の上に立つ様にしよう」


 狭い場所で撮影をする為、コンパクトに集まる事を提案された先生は何と! 一本角の上に立つと言う事を口にしたのだ。この言葉を聞いた女子達は驚いた様で一斉に声を上げた。


「えっ? 隊長はこの尖った岩の上に立つんですか。てっぺんに立つのは危ないし難しいと思いますの」

「穂乃花の言う通りですよ。いくら場慣れした隊長でも、こんな尖った岩の上に立つのは危ないわ」


「そうよ、この高さから落っこちたら確実に怪我をしてしまうわ。だから、あたし達の言う事を聞いて無謀な事は止めてください!」

 心配そうな顔をして先生を見つめながら、岩の上に立つ事を止めるように諭そうとする女子達。


「おいおい、そんなに私の事を心配してくれるのかね。女性陣に心配されて嬉しい限りだが、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。いくら私でも流石に危険だから、これだけ尖った岩の先端に立つ事はしないよ。

 何処に立つかと言うとね、尖った岩の先端から少し下がった所に窪みが有るだろう。その所なら、安定して立つ事が出来るから大丈夫なんだよ。今から実際にその場所に立ってみるからね」




 一本角の岩は、45°位の角度で突き出ていてキツイ角度では有るが、登ろうとする事が出来るのである。その一本角を、ゆっくりと踏みしめながら登って行く先生。そして、岩の先端から70cm位下がった所の窪みで足を止めるのだった。


「ほら、ここの場所なら比較的安定して立つ事が出来るんだ。私はここの場所でポーズを決め込む事としよう。皆んなは、この一本角の周りを囲む様にして立つ様にすると良いだろう」


「うわ~その場所立つのも危なそうな感じがするけど、何とか安定して立って居られそうですね。そうだ! 僕は隊長が立って居る場所の少し前の所で立つ様にしてみますよ」


「おお~星野はチャレンジャーだね! 良いだろう、私の立って居る場所の直ぐ下の所まで登って来なさい。岩を登山靴でしっかりと踏みしめながら、ゆっくりと登って来る様に!」


 先生が一本角の岩に立って居るのに刺激を受けた隼人は、自分も岩の上に登りたい! と言い出して、本当に岩を登り出して行く。僅か1.5m位の高さの場所では有るが登山靴の靴底をしっかりと岩に密着させて、全景姿勢をキープしながら登って行く隼人。


「よ~し、隊長のすぐ下の所まで来れましたよ。やる気に成れば、こんな急な岩でも登れるものですね。ほ~う! この岩の上に登ると、また違った景色が見えて来ますね。良く遠くまでみえますよ~」


 隼人は、一本角の岩を登れた事で得意げな顔を女子達に見せるのだった。その浮かれた隼人を見た女子達は、呆れた顔を見せながら口を開いた。


「隊長も隼人も似た者同士で、まるで子供の様にはしゃいでいるわね。本当に山楽部の男共は困ったもんだわ。まあ、これで私達女性陣の居場所のスペースが出来たって事だから、良しとしましょうか。それじゃあ、この岩の周りに立ちましょう華菜、穂乃花!」


「男組は、こういう時は妙に息が合うのよね。まあ、それだけ良いコンビだと言う事だから良いんじゃないかしら。あたしは隼人の前でに立つ様にするわね。前を邪魔しちゃいそうだけど、宜しくね隼人!」


「何だか男性陣が凄く目立つポジションに居ますわね。わたくし達、女性陣は地味に周りを固めて引き立て役に徹しましょう。では、わたくしは華菜の右側に立ちますわ」


「2人の立ち位置は、分かったわ。それじゃあ、私は華菜の左側に立つ様にするわね」


 女子達は、各々の立ち位置に移動して行き岩場での撮影ポジションに着いた様である。その様子を見ていた男性登山者は皆んなが立ち位置に着いたのを確認すると、口を開いた。


「これはこれは何ともコンパクトに、しかもインパクトのある場所に立ちましたね。これなら、素晴らしい写真が撮れそうですよ」

「はい、この立ち位置なら素敵な写真を撮れると思うので写真撮影の方、宜しくお願いします!」


「最高の写真をお撮りしますから、私に任せてください。……よし、ここまで下がれば全員が入り込むな。オッケー!  撮影ポジションも決まりました。それでは皆さん、笑顔でこちらを向いてください。では撮りますよ〜撮りますよ〜はい! チーズ!!」


⦅カシャッ!!⦆

 男性登山者の手によりシャッターが押され、鬼の一本角をバックにした記念撮影が完了する。


「上手く撮れたとは思いますが、皆さんで確認してください」 

「あ~有難うございます。早速、確認をさせて貰います!」


「まずは僕が降りてカメラを受け取ります。撮って頂き有難うございます」

 カメラを受け取るべく、まづ隼人が岩を颯爽と降りて行きカメラを受け取る。そして先生が続いて岩を降りて女子達と一緒にカメラを覗き込んで行く。


「おお~これはまた凄いアングルで撮れているね。私と星野が尖った岩に立っているのが何とも勇ましいじゃないか!」

「鬼の角に乗っかっている姿が上手く写っていますね。こんな特徴ある岩の上で写真を撮れたなんて凄い事ですね」


「でも、何だか隼人の顔が引きつっているわよ。岩の上で怖がっている感じが伝わって来るわ。あたし達女性陣は、にこやかな顔をして写っているから余計に目立ってしまうんじゃないかしら」


「隼人だけじゃ無く、隊長も顔が引きつっている様に見えるわ。でも、高い岩の上に立って居るんだから無理も無いか。でも、それを取り囲んでいる女性陣の華やかな笑顔が対象的よね。こんな奇抜な岩の場所で撮る事が出来て、これはある意味凄く印象に残る記念写真に成ったんじゃないかしら」


「そうですね、いつもの雄大な展望をバックにして撮る写真も良いと思いますが、この奇岩の前での記念写真は山に来てからこそですね。特徴ある岩と一緒に思い出に残る写真が撮れて、良かったと思いますの」


 撮られた写真を見た皆んなは、一様に驚きの声を上げる。いつも撮られる写真は山頂からの雄大な景色と写っているのだが、今回の写真の背後には奇抜な一本角の岩と一緒に撮られているのだ。そのインパクトの有る山頂写真に満足気な表情を浮かべて居るのであった。


「どうやら、良く撮れている様で安心しました。なかなか狭い場所なので上手く全員が入り切れるかどうか心配でしたが、男の方が岩に登ってくれたお陰で何とかフレーム内に収まる事が出来ました。この奇岩との記念撮影のお手伝いが取れて、私も嬉しく思いますよ」


「この特徴ある一本角の岩と一緒に写真を撮る事が出来て、私も部員達も嬉しい気持ちでいっぱいです。撮って頂き有難うございました!」


「いえいえ、どう致しまして。そんなに嬉しがって貰えて良かったです。では、私達は暫くの間、ここでの大展望を楽しみたいと思います」


「この奇岩の山の山頂で、お若い学生さん達と会う事が出来て良かったわね。何だか、若かりし頃を思い出してしまったわよ。それじゃあ、ここからの展望を楽しむ為にも、西側に有る山頂看板の所に行ってみましょうよ、武志!」


「おう! そうしようか。山頂看板の方に行ってみるとしよう。それでは皆さん、私達はそちらの方で展望を眺めていますので。ではこれで失礼します」


「はい、そちらで思う存分、展望を眺めてください。有難うございました!」

〚写真を撮って頂き、有難うございました~!〛


 先生とメンバー達は深々と頭を下げて会釈をする。2人の中年登山者も会釈をすると、西側に有る山頂看板の方へと向かって行くのだった。


「さあ、記念撮影も終わった事だし、あとは山頂昼食パーティーを始めようとしようじゃないか! と、言いたい所だが……あいにく、ここの一本角の岩の所では流石に平坦な場所がないな」


 これから山頂昼食パーティーを始めようと声を上げた先生だったが、急に声のトーンが下がってしまう。無理も無い、この鬼ヶ岳の山頂は平坦なスペースが少ないのである。この一本角の岩場では平坦な場所は皆無と言った所だ。

 昼食を取るのに店を広げる為には、この岩場以外の場所で見つけるしかない様である。すると辺りを見回していた隼人が、良い場所を見つけたのか口を開いた。


「流石にこの岩場の所では5人が座るスペースが無い様ですね。そうすると、そちらの西側の山頂看板の有る所の隅っこの方なら、何とか5人が座れそうですよ。その場所で如何ですか、隊長!」


「おお~そうだな、星野の言う通り山頂看板の方なら、円陣を組んで座る事が出来そうだ。かなり狭い場所のうえに山頂看板の近くだから、他の登山者の妨げに成らない様に、こじんまりと集まって昼食を取る様にして行こう。よし! 隣の山頂看板の所に皆んなで移動するとしよう」


「でも、先ほどの別れたばかりの登山者と、また再会してしまうわね。私達が来たら、きっとビックリするのではないかしら」


「再度、会っても別に可笑しい事は無いから、心配しなくても良いぞ、沢井さん。また会いましたね〜と、笑顔で挨拶して、これからここで昼食を食べるんです!って感じで言えば良いからね。そんなノリで皆んな頼むよ。では、山頂看板の方に移動しようではないか!」


「分かりましたよ隊長! 軽いノリでまた再度挨拶をして接する様にしますよ。それでは、皆んなで移動しましょう」

〚そうしましょう、山頂看板の方に行きましょう!〛


 御一行達は山頂昼食を取るべく、狭い山頂の中で唯一のスペースが有ると思われる山頂看板の方に向かって歩いて行く。こんなに狭い山頂で昼食パーティーを行わなくても良いのではないか? と思ってしまうのだが、それでも行おうとする山楽部には恐れ入ってしまうのである。

 その山頂看板が有る場所には、先ほどお別れしたばかりの中年夫婦の登山者が居る。この狭い山頂で昼食パーティーを始め出したら、どうゆうリアクションを見せるのか気に成るところである。さあ、人目を気にする事無く、山頂での食に対する執着心を見せるのだ、清流学園山楽部!!

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