明後日
桜海暁月
第1話 手紙とカイロと聖なる夜
「ねえ、君は明日何するの?」
不意に彼女が問いかける。イタズラに笑う彼女は、何か隠した考え事がありそうな顔をしていた。
「何もないさ。今日を頑張って生きるだけだ」
なんて面白くない回答なんだろう。
クリスマスカラーに彩られた街並みと空を覆う曇天。舞う雪は、僕を批判するように吹きつけてきた。
学校帰りの僕たちは、交差点でわかれた。
「また明日ね。」
彼女はそう言って、ふりふりと右手を動かすのだった。
次の日。靴箱を入れるロッカーの中に一通の手紙があった。
“今日の昼休み、屋上へ来てください“
ラブレターと言えるのか、ただの伝言なのか。彼女の筆跡で書かれたそれは、僕を大いに混乱させることは容易かった。
「同じクラスなんだから、言いたいことがあったって向こうから来ればいいのに」
そんな文句を吐きながら、僕は手紙をポケットに突っ込んだ。
誰もいない教室に入り、窓際の自分の席に座って外を眺める。校門に入ってくる彼女を探したが、一向に来なかった。
始業時間になった。前方斜め前の席は未だに空席で、彼女がまだ来ていないことを表している。
今朝の手紙をもう一度見てみる。
やはり何度も見た彼女の字と似ていた。彼女の字はだいぶ特徴的なものなので間違いようがないのだが、誰かが似せて書いたかと思うと誘拐されているではと身が削られるようだった。
昼休みになった。相変わらず彼女の席は空いたまま。彼女誘拐の線が濃厚になっていくようで、僕の考えは「誘拐犯が俺に何の用事だ」に染まっていた。
少し怖気ながらもぐいっと屋上の扉を開放する。いつのまにか晴れ渡り、周りの雪がはね返した太陽の光に僕は思わず目を覆った。
だいぶ目が慣れてくると、一番最初に気になったのは空だった。冬の空はとても澄んでいてじっとしていると意識が吸い込まれそうになる。そんな青空に浮かぶ真っ白い雲に、虹がうっすら浮かんでいた。それはとても見惚れるようで七色のグラデーションが白に映えていた。
そこへ、雪が降る。
晴れて太陽が輝く青空なのに雪が降り、雨上がりじゃなきゃ出ないはずの虹が出ている。キチガイな大気状態のおかげでそんな奇跡が起こっているのだろうが、これを彼女に見せたかった、思ってしまうのだった。
後ろから優しい感触に抱きしめられた。振り向くと、昨日見たまんまの彼女の姿。
ニマッと笑う彼女は、作戦が成功したことを主張している。
「どうしてここに?」
「えっと……私はずっと君と一緒にいたよ」
笑い続ける彼女の、意味不明な回答に僕は困惑した。
「あのね、昨日の帰りから君の心の中に入ってたの」
「へぇ、そんな非科学的な」
「でもできるんだもん。——不思議な大気状態のあれだって、君の心の中で念じて君に見せたんだよ」
へぇ〜、とさっきの虹を確認する。空は一面深い曇天で、さっきまでの青空は見る影もなかった。
「心配してくれてありがとうね、誘拐されたんじゃないかって。でもちょっと面白かった」
彼女は言葉を続ける。
「さて。君は明日何するの?」
その言葉で、僕は全ての物事に合点がいった。
「いやそれは僕の言葉だ」
そうして僕は彼女と同じことをしようと画策した。
「君は、明日何するの?」
彼女は僕の取った行動に感嘆し、乗ってあげるというような顔でこう言った。
「何もしないよ。でも、クリスマスツリーを見に行きたいなぁ」
「そう。じゃぁちょっと早いけどまた明日」
——そういえば午後から終業式だった。まぁ、いっか。
彼女が僕から目線を離した時、屋上にいた僕は消えた。正確には彼女の心の中に入ったのだが、これがどういう理屈なのかは全く検討がつかないのだ。考えることをやめるのが賢明だろう。
彼女は遅刻扱いで登校し、終業式恒例の校長による長い話を聞き終えて下校、彼女は一人で帰っていった。
——君の心の中にいたかったなぁ。君は今どんなこと考えているんだろう?
僕はこちらから返すことができないことに身悶え、急に入ってごめんな、と呟いた。
そういえば、これどうやって出るんだっけ。
ここは彼女の心の中みたいで、どこ見ても雪のように真っ白い場所。そこに丸いスクリーンの様なものがあって、彼女が見ている視界が映されていた。
彼女は半日ちょっとで出てきたわけだし、流石に一生このままな事はないと楽観的に思考を処理した僕は、明日のサプライズをどうするか構想を練り始めた。
晴れてなかったら残念だし、ここは星空で。月は三日月がいいな。オーロラも薄く出して、風は吹かない方がいいよね。あとは……
そうこうしているうちに突然眠気が襲ってきた。心の中にいても眠くなるみたいで、構想もだいぶ練り上がったところなので眠ることにした。
彼女はもう眠っているみたいだった。
☆ ☆ ☆
気づいたら朝だった。
——どうしよう!
何やら焦っている彼女。
何事かとスクリーンに目を移すと、財布の中に福沢さんの顔が垣間見えた。
——クリスマスツリーを見ているときに彼は戻ってくる。でもその時の彼は制服だよね。絶対寒いしなにか買いに行かなきゃ!
今日の夜には戻れるのか。——そこじゃなくて、上着を買ってくれるってことなのか!? いやいや申し訳ない。制服のまま君の中に入ったのは、君のせいではなく僕の起こした失態だ。わざわざ買う理由はない。
不意にスマホの画面が映る。
LINEニュース! 今日の気温は最低−12℃、最高−3度。一段と冷え込むでしょう。
極寒……! これはなきゃまずいな。これはお言葉に甘えて、とりあえず戻ったら彼女にも何か買ってあげなきゃ。
——彼の身長ってどのくらい?
——あ、彼は上履きのままだ!
——マフラーとかもいるよね。
——どうしよう!
彼女の心の叫びが白い部屋の中で飛び交う。
クリスマス当日に自分の服装で悩むことはあっても、他人の服装で悩むなんて世界中どこ探しても彼女だけだろう。
夜になった。
彼女はあの後も大いに悩んだ。すごく悩んだ。
結局彼女が選んだ行動は、マフラーと手袋を買うことだった。サイズがわからない上着と靴は諦めたようで、僕はほっとしたような、残念なような気持ちになった。
彼女は、紙袋を片手にクリスマスツリーへと向かう。人気はないけど、遠くてもしっかりと見える位置へ。
いざ決行の時。
僕は相変わらずの曇天に、満天の星空を被せた。
曇天は星が瞬く空へと変わり、ツリーを一段と際立たせる。
そして薄くオーロラを重ねる。彼女の頭上の空にかけたから、まだ彼女は気づかない。
まぁ、これで気づくだろう。だいぶ明るい三日月を彼女の視界の端へ。
——三日月……?
彼女は気づいて空を見上げる。
——オーロラだ! え、すごい! こんなに沢山の星見たことない!
僕のサプライズに気づくと同時に、彼女の心の声が溢れ出す。
だがとっておきはこれからだ。
頭上に広がるオーロラの上に、箒星を流す。一本ではなく何本もだ。それは空全体を飛び回り、軌跡を残して消えていった。
さて。もういいかな。
彼女の心の中を後にして、僕は外界に出る。
「よっ」
「あ、戻ってきたんだ。さっきのすごくよかったよ! ——これ。ちょっとだけだけどクリスマスプレゼント」
彼女は大きめのチェック柄マフラーと手袋を僕にくれた。
「それと、これ」
カイロだ。彼女のポケットから取り出されたそれは僕のポケットに突っ込まれた。
「さて。君は明日何するの?」
「少し休みたいかな。心を覗かれることなく」
「そうね。じゃあ、明後日何するの?
「うーん……君に告白しようかな」
明後日 桜海暁月 @ciellease
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