第34話・玄武一族。
ノーデンの町を過ぎた。するとベルヤから続いてきた街道の勾配が少しきつくなりはじめる。
その勾配のため屋敷地の全面に積む石垣が少しずつ高くなっていき、石垣の高さが目立つ屋敷地が、街道の両脇や森の中に転々としている風景となった。
「この辺りから、山の裾野一帯が山の民の住む地域です」
広い山裾のあちらこちらに石垣が見えて、まるで天空に聳える城塞の様にも見える。上に上がる程石垣が高くなり、勾配がきつくなっている事が解る。
「山の民はこの斜面一面とノーデンの町の周辺に暮らしていて、その数はおよそ五千人、山の国全体の二割ほどです。あそこが、次郎殿が生まれた玄武の本家です」
平左衛門が指さしたのは街道の正面に、ひときわ幅広く高い石垣が街道を封鎖するかの様に聳えていた。
何とこの広く途轍もなく真っ直ぐな長い街道は、玄武の屋敷から始まっていたのだった。
次郎は、今来た街道を振り返って見た。街道は一直線に延びて、その先は霞の中に消えていた。
「この街道は玄武街道と呼ばれていて、玄武の祖先が作った物です」
「なるほど、この国で玄武の持つ力の大きさがよく分るわい。これほどの規模の物は天の国には無い」
ザビンガが感心して呟く。
そのあたりから、街道の両端には民衆がポツポツと立って次郎を食い入る様に見つめていた。手を合わせて祈っている老婆もいる。民衆は行くに従って、段々と増えてきた。
「お帰りなされ、次郎様―」
「よくぞご無事でー」
「なんと立派になられた・・」
民衆らが遠慮がちに声を掛けてくる。
次郎は、ただ手を上げて答えた。
夕刻に、街道の終点まで到着した。ビシッと整列した多数の兵が彼らを迎えた。
街道の終点である玄武本家の屋敷前は大きな広場となっている。広場の左右は臨時の店が建ち並び小規模な町と化していた。そこに大勢の人々が立ち並んで、無言のうちに緊張の顔で次郎を迎えた。
広場にはあちこちに酒樽が積み上げられ、店の前では火を起こして料理をしている人々が沢山いた。
「次郎どの、民に何か声を掛けてやって下され」
と道紀が言って次郎を先導して行く。
兵に先導された道紀は、正面にしつらえられた台の上に上がり広場を見回したあとゆっくりと話し始める。
「皆の者、今日は我ら一族が長い間待ちに待ったお人をお迎えすることが出来た」
「それは、先の長・我が兄道帆の忘れ形見で、兄の腹心・猪俣十兵衛どのに守られて、海の国で成長なされた玄武次郎様じゃ」
「次郎様は既に、風の奥義五剣を会得なされて玄武軍・四の組全員を数瞬で倒された」
「おおーー」という控えめな声が起こった。
「それだけでは無い。天の国の神殿で神巫女様勢揃いによる儀式で、水の神巫女・タケイル様になられたのじゃ」
「・・・なんと・・・まさか・・」という驚きの声。
「あの時、我らが失ったかけがえの無い玄武の長と水の神巫女様。・・それを今日、長い長い年月を経て再び同時にお迎えすることが出来たのじゃ」
民衆は、数瞬無言であったが、
「ウオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーー」
不意に沸き上がった割れる様な大歓声が会場を埋め尽くした。
大歓声は止む事なく続いている。
いや、時間と共にそれは大きくなり、広場は興奮の坩堝と化した・・
この時・今が永遠であるかの様に、涙して抱き合い、手を上げて叫び・何度も何度も飛び上がっている者、広場の人の群れが沸騰した鍋の中のように揺れてやまなかった。
次郎も体が熱くなるのを抑えられなかった。
台上の道紀が次郎を見て目で促した。
次郎はゆっくりと台に歩みより、一段一段踏みしめながら上がった。
次郎の姿が見えたのか、民衆の大歓声が不意に止んだ。
次郞は台の上に立って見渡した。
広場に居る全ての人の目が次郞を見ている。
彼の頭の中は空っぽだった。
「次郎どの、何か言ってくだされ・・」
横で小さな声で言う道紀に促されて、次郎は声を出した。
「玄武次郎です」
「私は父も母もこの国の事も知らずに海の国で育ちました」
「ものごころ付いてからずっと一緒にいて育ててくれた猪俣十兵衛が亡くなり、その遺命と自分の定めを果たすためにこの島に来ました」
「大前国・黒党・川中国と巡り、父の高弟の元で修業して風の五剣の奥義を受けました」
「天の国ザウデで父母と兄の墓を参り、神殿で水の神巫女の儀式を受けました」
「そして、やっとここ山の国に来ることが出来ました。こうして、私の知らない父や母を知る人たちに囲まれた。今はそれだけで胸が一杯です」
そこに大勢集まった村人は、何も言葉を発せずにじっと聞いてくれた。
「お帰りなさい。次郞様!」
と言う女性の声が不意にしたかと思ったら、
「お帰りなさい--------!!!!!!」
大合唱が広場を包んだ。
それは喜びと哀しみが入り交じった涙声だった。
(私は、やっと、帰るべき所に帰ってきたのだ・・・・・・)
次郞は、その人々の顔を万感の思いで見つめた。
「こんな目出度いことは滅多にあるまい。皆の者、今日は儂の奢りじゃ。酒は充分用意してある。たらふく飲んで今日の良き日を一緒に祝ってくれい!」
「おおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
道紀の音頭で広場は更に大歓声に包まれた。
その夜、玄武本家に迎え入れられた次郎は、湯を使い旅の埃を払うと用意してくれた服に着替えて、玄武紀成に案内されて大広間に入った。
大広間には一族の者が待っていた。
次郎の席は、前の正面・つまり長の座である。
道中で、今の長・道紀に玄武の長の座に就任されるように要請された。
「それが定めであるのなら」
と、引き続き叔父の道紀が補佐してくれることを条件にそれを受けたのである。
横に座った道紀が皆に語りかける。
「皆に改めて紹介する。道帆様の次男・次郎様だ。昨日クンタ湊に上陸された。掟により道帆様の技を良く知る古手の組頭が率いる四番組全員で打ち掛かったが、次郎様の風の剣に、数瞬の内に全員が手も無く打ちのめされたわ」
広間の男どもの間から、響めきが響いた。
「いやー、もうちっと持つと思っていたが、気が付いたら全員が倒されて、儂の真横に兵の剣が突き刺さって万事休すじゃったわ」
山波が身振りを交えて、剽軽な声を上げた。
「どの剣でやられたな?」
誰かが、山波に問う。
「次郎様は手槍を持っていた。最初に打ち掛かって行った第一波は、逆風の剣で薙ぎ倒された。二波三波は吹き下ろしで分断され、逆風で薙ぎ倒された。続いて丸く取り囲んだ瞬間、地面から地嵐が起って吹き飛ばされた。土埃で視界が悪い中を鎌鼬が吹き荒れ、それに巻き上げられた兵の剣が追い風によって儂を襲ったのじゃ」
「手槍だけでか・・・」
男達の中から、さらに大きい唸り声が聞こえた。
「ともかくじゃ、儂が兄から預かっていた長の座を継ぐ事を承知して頂いたのじゃ。今日より玄武の長は次郎様じゃ。異論がある者はいるか?」
一同平伏して、異論が無い事を示した。
「儂は次郎様に請われて、しばらく補佐をする事になった。今宵は、主な者の顔合わせにとどめる。一番組頭より順に顔をお見せせよ」
道紀の言葉で、まず紀成が進んで来て座り、
「一番組頭、玄武紀成で御座います。一番年若の未熟者で御座います。よしなに」
「よしなに」
紀成に続いて、二番・玄武重成、三番玄武甚左衛門と挨拶にたった。
一番から三番組までが玄武性の組頭で、三番組・甚左衛門が、忍びの者を束ねる忍び頭だと聞いていた。
四番組は湊で会った組頭最年長の山波源左衛門、
五番・西海武彦、
六番・後藤双六、
七番は平左衛門の家の服部三郎太、
八番・嶋田彦兵衛、
九番・赤井悪太郎、
十番・佐伯仁六の十名の頭が、それぞれ五十名を率いて玄武軍五百名となる。
「次郎様、一言お願い致す」
「玄武次郎です。ご承知の様に幼き頃この島を逃れて、海の国で暮らしていました。故に、この国のことに不案内です。先ずは風の洞窟で修行します。・・その期間はひと月ほどですが・・これから天の国は大きく動きます・・・・すぐに出兵する事になりましょう。その準備をお願いします」
話す内に自分でも予想もしなかった内容になった。
だけどそれは確かな予感があっての事だ。
「おおーーー」
と、広間は響めいた。
「次郎様、出兵はどのくらい先の事でしょうか?」
広間から声が掛かる。
次郎はまだ、声だけでは誰が発言したかは解らない。
その問いを聞いて瞑目すると、頭の中にその答えが浮かんだ。その事に次郎は、自分でも驚いていた。
(・・水の神巫女・タケイルの予知の力だろうか?)
「恐らく私の籠もっている間に大きく動く。出兵はひと月後」
確信を持って言うと、さらに響めく広間。
「甚左衛門です。その前に成すことはありますか?」
三番組忍び頭が聞いてくる。
また、瞑目すると囚われたの者の姿が浮かんだ。
「忍び組は、サラの囚われたの者達を救う手立ての準備をお願いします、これが一番重要です。他の組は天の国に降りる道の整備を、その時は事前に気付かれずに一気に降りて布陣しなければなりません。全ての準備がサラに気付かれてはなりません」
「かしこまった」
甚左衛門が請け負うと、他の者も同意の言葉を発した。
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