Seg 57 ハルのおとずれ -01-

 ユウとミサギが姿すがたを消したことで、残された者たちは大騒おおさわぎとなり、必死で二人ふたりさがした。


「ぅおお~い! どこ行ったんや! ミサギどーん! ユウどーん!」

「この辺にはかくれる場所もないのに……どこに行っちゃったんだろ?」

 吉之丸よしのまるは、アスカへ目をやる。まだ木戸へ必死にわめいているところを見ると、情報は聞き出せていないようだ。


「木戸君っ! お願いだよ、君ならミサギ君の居場所がわかるんだろ? 一緒いっしょにユウ君もいるかもしれない!」

 長身のアスカがなお見上げてにらむのを、木戸はもう訳無わけなさそうにらす。

「……もうわけありません。今は……」

「『今は』? じゃあ何時いつならいいのさ! スマホもつながらないんだよ! 二人ふたりに何かあったらどうするのさ!」

「それは……」

 木戸が視線しせんを外した時だった。

 空から黒い何かがってきた。


 ベチャァアアッ


 地面を穿うがったのは、不快きわまる音でつぶれるように落ちた黒いかたまり

 おぞましい事に、生々しくうごめき、土煙つちけむりもゆるゆるとかたまりまとわりつくようにがる。

「な……何だアレ?」

「アニマルオブレインじゃない? 別にめずらしくもないよ」


 みっちゃんが、淡々たんたんと言うアスカに心底いやそうな顔をする。


「でもなんかホント動物っぽいッスよ……うわっ!?」

 吉之丸よしのまる怖々こわごわ近づくと、かたまりうなごえをあげ飛ぶように森のしげみへと消えていった。


 残されたのは、おびただしい量の血まり。

 足跡あしあとのように点々と消えた方へと続いていた。


「い、行ってみるッスか……?」

 できればいなと言ってほしそうに吉之丸よしのまるは全員を見る。


 すると、みっちゃんが空をあおぐ。

だれんだかいの?」

 明らかに話をらしてきた。


 すっとぼけるな、と表情が語ったのを一瞬いっしゅんで整え、あくまでキリっと仕事顔を維持いじする吉之丸よしのまる


 相手はあの東条の連れだ。うっかり失礼な事を言えば末代までたたられる。


「あー、えと……話をらしたいのはわかるッスけど――」

「いや、確かにだれかの声が……」

 と、緇井くろい

「所長まで?」

 もはや自身の耳が難聴なんちょうになったのかと不安にられる吉之丸よしのまる。だが、かれの耳にも何かが聞こえてきた。口をじ、視線しせんだけでさがはじめる。


「――い、お――」

 全員が耳をます中、答えはまた空からってきた。

 今度はちゃんと人間の形だと視認しにんできる。


「ごめんなさ〜い、おケガはないですかぁ?」


『って、人ぉ~!?』


 周囲の木々よりもなお高いところにいると一目でわかる。人影ひとかげは、上空はるか高い場所にあった。


 あたたかな空からふわりとりた少女は、さながら天使だった。


 先程さきほどまで、まぶしさに顔を上げていられなかった太陽が、天使の降臨こうりんに合わせてかやさしい色へと変わり始める。

 最近の天使は、どうやら人間の流行が気になるらしい。


 ほんのりとネオンを感じさせつつ、やさしく発色感のあるピンクのパーカー。シルエットをきゅっとめる黒のショートパンツをひらりと風になびかせる。


 白百合しらゆり色から毛先に沿って初桜の色にまる、つややかな短くそろえたかみも、やわらかくらめく。丸くて大きな水晶すいしょう髪飾かみかざりを付け、の光でキラキラ反射はんしゃしていた。


 風をまとってなんなく着地すると、少女は軽く服をはたいた。

「どーもぉ、通りすがりの美少女でっす!」

 かみの色とはまたことなる、明るいエメラルドのひとみがくりくりと一同を見渡みわたす。


 にっこり笑う仕草は、ユウよりおさなく見えた。


 あまりに現実ばなれした登場の仕方だったためか、みな呆気あっけに取られていた。


「あのぉ、ちょっとお聞きしたいんですけど、あお――」

「すみません! この子がなにか失礼をしなかったですか?」


 唖然あぜんとする一同を横切って飛び出したのは、少女と同世代に見える黒髪くろかみの少年。

 かたまでかかる長髪ちょうはつに、そでなし立てえりの服を着ている。を受けて紫黒しこくつやめくかみと同じひとみは、もうわけなさそうに大人おとなを見つめ、真面目まじめな印象をあたえていた。


「ちょっと! 失礼だなんて失礼なっ! アタシは何もしてないわよ!」

 となりわめく少女とは対照的だ。

 二人ふたりを足して二でれば、きっと元気な良い子になるな、と吉之丸よしのまるは能天気に考えた。


「って、アイタタタ!?」

 少年は、少女の頭をさえつつ一緒いっしょに頭を下げる。どう見ても、問題を起こした子供こどもと謝罪する親を連想させる光景だ。

「ご迷惑めいわくをおかけしたならおびします。ぼくたち、急いでいて――」


「まあまあ、落ち着きなよ」

 いた口調に、ゆっくりんだのはアスカだ。

ぼくたちは何もされてないし迷惑めいわくでもないよ」

 ニッコリ言う姿すがたに、何故なぜ背筋せすじが寒くなったのは、きっとみっちゃんだけではなかったはずだ。


「たださあ……何でその子、空からってきて無傷むきずなのかなあって?」


 少年は、アスカを見てギクリと表情を強張こわばらせる。


 研究者の顔がのぞはじめたのを、約二名が察知した。

 かれの研究者だましいは、一度火がつくと研究機関のトップでも隕石いんせきでもミサギですら止められないと、とかくの風聞ふうぶんがあった。

 大惨事だいさんじとなる前に阻止そしせねば、次の瞬間しゅんかんにはおさな子供こどものホルマリンけができてしまう事態におちいってしまう。


「そん子ら急いでるんてよっ! あまり引き留めたらあかんぜよ!」

「ミシェル殿どのの言う通りだ! ほら、君たちはもう行きたまえ!」


 みっちゃんと緇井くろいが口々に説得するが、効果はあまりない様子だ。


「ええ~? そんなこと言わずにさあ――」

 かれがベルトのボタンをすと、背中せなかのあたりからニョキニョキと機械のうでがいくつもす。先端せんたんには、毒々しい色をした試薬入りの試験管やあやしい薬瓶くすりびん


「ひぃっ!?」

 狂気きょうきただよわせたかげせまり、子供こどもたちは身をすくめておびえた。


 咄嗟とっさに、みっちゃんが前方をふさぎ、木戸が背後はいごから食い止める。

 緇井くろい吉之丸よしのまるあわてて、子供こどもすみやかにがす。

 あざやかな連携れんけいに、アスカはようやくあきらめておとなしくなった。


「あーあ、行っちゃった」

「『行っちゃった』やあらへんやろ!」

「ヒッヒッ……だってあの子さあ、絶対ぼくのコト気づいてるよ~」


「そらあやしいモン出しよったらイヤでも変人て気づくわっ! ユウどんとミサギどんをさがさなあかんのに!」


「はっ! そーだったよ! えー、どうしよう! ねえ木戸君、本当にユウ君たちの居場所がわからないのかい?」

 心配そうにひとみうるませて見上げるアスカ。本当に、コロコロと表情がよく変わるものだ。

 木戸は重い口をようやく開けて、

「ご安心ください。お二人ふたりは無事です。ただ、今は落ち着く時間が必要かと……」

 言葉じりを少しにごし、それ以上かれは何も言わなかった。


 ◆ ◆ ◆

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