Seg 34 影潜む虚ろなる場所 -01-

 二人ふたりが実際に行ってみれば、建物はボロボロ、道など破壊はかいくされて無きに等しい。かろうじて通れる場所は瓦礫がれきの山。報告にあった状況じょうきょうよりさらに悪化していた。


 そこは、かつて魔法士まほうしたちが戦い果てたあとの散らばる場所だ。爆発ばくはつえぐれた地面やかれたかべがあちらこちらに見て取れる。

 アヤカシが暴れまわったあとかと推測すいそくされていたが、ミサギは魔法士まほうしによるものだと確言した。


 先人の大怪我おおけがえに手に入れた調査報告によると、今回のアヤカシは群れているという。

 ならば、仲間に被害ひがいおよぶほど大掛おおがかりな攻撃こうげきはないだろう。と、ミサギは後の報告書に、表向きは、そのように記録した。


 実際のところは、

「自分たちが放った魔力まりょく痕跡こんせきくらい見分けろ」

 だ、そうだ。

 かれによると、微力びりょくながらも魔法士まほうしたちが攻撃こうげきした際の魔力まりょくが残っているのだという。


 そうは言うものの、魔力まりょく感知などできないに等しい下請したうけの魔法士まほうしにはできない芸当だ。


 二人ふたりは最後に調査報告のあった場所のとびらを開けた。

 案の定、これまで見たことのない数のアヤカシが一斉いっせいに赤い目を見せる。


 こうなのは、種類としてはサルをしたアヤカシだけで、数百をえるものの、どれも幼獣ようじゅうで弱くたおすのが簡単かんたんだったこと。


 不幸だったのは、アヤカシすべてが視界しかいを共有していることで、一ぴきに見つかるとほかのアヤカシにも居場所を把握はあくされ、一斉いっせいおそわれる危険きけんがあること。


 どちらもまた、先駆者せんくしゃの命がけの情報だ。


 たとえ弱くとも、通常、魔法士まほうし一人ひとりで相手できるアヤカシはほんの数ひき。それ以上は魔力まりょくなりスタミナなりきてしまい、体が動けなくなってしまう。


 だがしかし。

 二人ふたりは――特にミサギは、そんなことを言うのは軟弱者なんじゃくものだと主張するかのように、周囲に群がるアヤカシを一瞬いっしゅんで消し飛ばしてしまった。

 手をれることなく、ただうっとおしそうに「邪魔じゃま、消えろ」と視線しせんと言葉を放った瞬間しゅんかんに。


 スタミナも魔力まりょくも底を測れない。

 一ぴきだけ残されたアヤカシの子ザルは、ガタガタと身をふるわせるも、しっかと目を見開いた。

 ミサギを見ようと顔を上げたが、そこには黒い巨大きょだいかげが立っていた。


「ギキイィィイ!」


 子ザル一ぴき恐怖きょうふかかえてしていく。

「木戸……ビビらせすぎだ。親のもとへ帰る前に消滅しょうめつしたら追えなくなる」


 木戸は、無表情に頭を下げた。そしてすぐに、子ザルとはちがう方向へと走り出した。


 ――すぐほかのサルたちが集まるだろう。ミシェルでもんで撹乱かくらんしておいてくれ


 ミサギの指示は、言われずとも伝わっていた。


 ◆ ◆ ◆


 まだ昼過ぎだというのに、廊下ろうかからむ光はかれの行く手をはばむように薄暗うすぐらい。


 中にあった角を右へ――曲がろうとして足を止める。

 壁一面かべいちめん天井てんじょうゆかも真っ黒だった。けむりにも似た黒いものがにじて、無数の赤く丸いものが二つ一組で点滅てんめつを始める。かれには、それがアヤカシたちのひとみだと理解するのに〇.五秒もかからなかった。

 木戸の手ににぎられたスマートフォンが奇怪きっかいな音をたててこわれる。

 画面を見ると、『送信ずみ』のメッセージが一瞬いっしゅんだけ表示され、あとはウンともスンともいわなくなった。


 ミシェルのもとへはなんとかメッセージを送信できたようだ。

 ミサギの指示通り招集の連絡れんらくができたことに、木戸はホッとする。

 ひとまず、アヤカシのいない場所を見つけて追加で詳細しょうさい連絡れんらくしようとも思ったが、こわれたスマートフォンは復活するきざしもなく、あきらめた。


 木戸はスマートフォンをスーツのむねポケットへとしまいんで、

「仕方ありません、ミサギ様が本体をたおすまでわたしがお相手いたしましょう」

 小さくつぶやいた。


「本来ならば、わたし一人ひとりめに指示していただければむ案件なのでしょうが……ミサギ様がおいかりモードですし、ストレスは発散していただかないと……」

 つぶや途中とちゅうでも、四方のかべからけむりいぶり、子ザルのアヤカシたちが次々といて出てくる。木戸が少し下を向いている間にサルたちはみるみるあふれ、くすかれもうとドームのように群れておおはじめる。


 あと数センチでドームの天井てんじょうじようとした瞬間しゅんかん

 ガチャン、と金属音が鳴る。


 すると、サルの動きに変化が生じる。いや、止まったのだ。

 次の瞬間しゅんかんには、バラバラとドームがくずれサルたちは地面に転がり落ちる。

 その中心には、手にかぎを持った木戸が立っていた。


 ◆ ◆ ◆


 ウォードじょうは黒くつやめき、持ち手部分にまれた青い水晶すいしょうは光を帯びている。

 かれはそのかぎし、施錠せじょうするようにひねっていた。


 アヤカシでも呼吸こきゅうが必要なのだろうか、と木戸は冷静にかれらを見下ろす。


 木戸をおそおうとしたサルたちは、残らず地べたにいつくばり、うめき苦しんでいた。

 あるサルは酸素をもうと大きく口を開けてかたを上下させ、またあるサルたちは痙攣けいれんして手足をヒクつかせている。


 アヤカシとはいえ見た目はサル、自らの知能を駆使くしするかと思いきや、拍子抜ひょうしぬけにもすべなくたおれていた。


 サルたちのたおれた原因は、傍目はためでは酸素不足の症状しょうじょうを見せている。だが、木戸の魔力まりょくによる威圧いあつをかけているだけであった。


 かれは自身の『かぎ』を使う能力で空間を隔離かくりした。その範囲はんいかべ天井てんじょうえ、建物全体を『通常空間からへだててかぎをかけた』のだ。


 そのうえで魔力まりょくを空間に充満じゅうまんさせたに過ぎない。

 気付けば、かべにも天井てんじょうにもうごめいていたサルのアヤカシたちは、かれ一人ひとり魔力まりょくに負け、息も絶え絶えとなっていた。


「ここはわたしかぎをかけた空間。動物の姿すがたといえど正体はアヤカシであるあなたたちに自由はありません」

 サングラスのおくにあるひとみが、サルを冷たく見下ろす。


 そこにいるのは、ミサギの意思を忠実ちゅうじつに再現した部下であった。


「ミサギ様の邪魔じゃまをしないでいただきたい」


 低くおどす声は、力尽ちからつきていくサルたちをめるのに十分すぎた。


 どこからか、うすむらさきに色づいた花びらが数まいまよんでくる。


 一ひきのサルが、花びらに気を取られまたたきする。

 またたいた次には、視界しかいに小さな黒いあなが出現した。

 あな、だけではない。一緒いっしょに、黒いかぎいていた。


 サルたちは、それぞれが周囲を見渡みわたす。かぎあな視界しかい共有ではなく、現実にサルの数だけ出現していることを知った。


 サルは知るよしもない。木戸の能力である。

 黒いあな鍵穴かぎあなだ。


 サルがれようとするも、かぎあなもするりととおけてれない。


「理解できずとも結構です」

 木戸は、手に持つ一本のかぎを、あなむしぐさをする。と、同時に、カチャンと軽い音をたてて、サルたちの前にあるかぎ鍵穴かぎあなへとまれた。

 さらにかぎをかけるようにひねる。すると、すべてのかぎが次々とかけられ、施錠せじょう音が連なっていく。


 何が起こったのか。

 木戸の言う通り、当のアヤカシたちは理解できずたわむれにかぎあなれようと手をいていた。


 数百あるかぎがかけられた瞬間しゅんかん、アヤカシたちは断末魔だんまつまもなく宝石ほうせきかく姿すがたとなって地に転がり落ちる。


 木戸がさらにかぎひねる。無数の鍵穴かぎあなかぎは、役目を終え、一斉いっせいに花びらとして中空へとい消えていった。

 かくはいとなってけていき、残ったのは一人ひとり廊下ろうかたたずむ木戸。


「さて、残るはミサギ様のところですね」

 木戸は、スーツについた土埃つちぼこりを軽くたたいてえりを正し、かぎを取り出す。


「……おや?」

 かぎから、ほんのりとひとの気配が感じられた。


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