Seg 31 震撃せよ、満たすべきは青き胃の腑 -02-

「むぐ~!」

 ユウは口の中の物をむ前に次の肉を入れ、ほほが丸くなった顔で、急に立ち上がった。

「んぁ、どうした、ユウどん?」

 みっちゃんは、ユウがある一点を凝視ぎょうししているのを見て、思わず同じ方を向く。視線しせんの先には、まど。さらにその先には、向かいのビルにある巨大きょだいなテレビが見えた。

 今いるレストランは駅前ということもあり、店舗てんぽのみならず、外も喧噪けんそうでにぎわっている。そんな中でも、テレビはさらにひびく音量で怪奇かいき現象という名のニュースを生放送で流していた。


「あー、ここ一ヶ月で急に増えたのう、この手のニュース」

 みっちゃんがコーヒーをすすりながらニュースを聞く。

 簡単かんたんに説明すれば、原因不明の爆発ばくはつ事件があちこちで起きている、という内容だ。


「では、現場のリポーターにつなぎます」

 リポーターは、ドローンをスマホで操作そうさし、瓦礫がれきと化した街並まちなみをゆっくりとうつしていく。時折、こわれたブロックべい半壊はんかいの家屋の状況じょうきょうを説明し、悲惨ひさんな出来事だと報道をする。けが人やライフラインの復旧についても、速報データを受け取っては随時ずいじ報告をかえしていた。

 テロ事件だ愉快犯ゆかいはんだとさわがれてはいるが、じっと見つめる二人ふたりには、原因が何なのか予想がついていた。


 人に見えない、れられない――つまりは、アヤカシ。


 不思議なことに、アヤカシはカメラなどの機械を通しての撮影さつえいは、ほとんどといっていいほどうつらない。

 たとえ、うつっていても機械が使いものにならなくなってしまうのだ。

 そのため、世間では怪奇かいき現象としてあつかわれる。

 みっちゃんは、ニュースを立ち上がって凝視ぎょうしするユウを見て、今更いまさら何がめずらしいのかたずねた。


「あれがどしたんユウどん?」

「むっむゅん!」

 口の中が食材で満員状態なのをわすれていたようだ。

 ゴクンッと音を鳴らしてあわててみ、言い直す。

「みっちゃん……あの映像えいぞう!」

 ユウが身を乗り出してテレビ画面を指差す。

「んー?」


 アヤカシがらみとわかっているみっちゃんには、さして興味のない内容。しかし、十数秒後にはユウと同じ行動をする羽目となった。


 生放送で現場中継ちゅうけいしているカメラで、何もないところが突然とつぜん爆発ばくはつし、付近の木々が爆風ばくふうでなぎたおされていく。

「あっ! ほら、あれ!」

 ユウの指がテレビ画面のはしへと何度も動く。

「あれ、ミサギさんじゃ……?」

「はあっ!?」


 映像えいぞうには、瓦礫がれきに向かって走る白っぽい長髪ちょうはつの人間がうつっていた。服装ふくそうが赤くなっており、ケガなのかもともとの服の色なのか、どちらにしろかなり目立つ。そしてそのすぐ後を、遠近法がくるったかのような大男が追う。


 放送された二人ふたり姿すがたは、ユウの知る限りではミサギと木戸以外に思いつかなかった。


 と、次の瞬間しゅんかん、テレビ画面はみだれ、『しばらくお待ちください』のテロップが流れ出す。


「あ……」

「あ~あ……ミサギどん、やってしもうとる」

「?」

 みっちゃんはやれやれといったため息をらす。ユウが首をかしげていると、店員が両腕りょううでで限界まで乗せた料理を運んできた。


「た、大変お待たせしましたぁ~。こちら、4種のチーズインハンバーグとデミグラスチーズインハンバーグ、ビーフプレミアハンバーグ、ミックスグリルハンバーグ、温玉のせ和風おろしハンバーグになりまぁす……」


 店員もプロ意識と根性こんじょうを持っているのだろう。絶妙ぜつみょうなバランスで五品を運び、姿勢しせいくずさず、料理はできたてを、そして笑顔えがおを再び装備そうびしてやってきた。

 両手で持ったミックスグリルハンバーグの鉄板をテーブルにそっとおろし、そのまま左右の手はたがいのうでに乗せた料理を華麗かれいに取る。

 食べ終わった料理の皿が回収かいしゅうされ、できたての料理がみっちゃんとユウの前にきちっとならぶ。雑然としていたテーブルは肉料理で一気ににぎやかとなった。

「では、残りの品も持ってまいります」

 優雅ゆうがに一礼し、去っていく。


「やるのぉ……あの店員さん」

 ものの数十分で一流店員として飛躍的ひやくてきに成長したそのうし姿すがたへ、感嘆かんたんの意をらさずにはいられなかった。


「わーい! いっただっきまーす!」

 先ほどまでのニュースがどこかへび、ユウはひとみかがやかせた。

 今まで食べた品数を見ても、大人おとなが十人がかりで食べるほどの量だが、ユウは嬉々ききとして口へとほうんでいく。


「……ホンマ、おいしそぉに食うのう~」


 できたて熱々の料理は、鉄板にしたたる肉汁にくじゅうをジュワッとはじけさせながら『食べてくれ』といわんばかりに主張する。えられたポテトとブロッコリーも、はねた油がきらびやかにいろどりを加え、実に美味おいしそうな焼き目をつけている。

 誘惑ゆうわくに負けて頬張ほおばったなら、口内の火傷やけどけられない。


 しかしながら、ユウは百戦錬磨ひゃくせんれんまの強者だ。次々に慣れた手付きで口へと運んでいく。


 ――まあ、昨日きのうのあのげたてアツアツ唐揚からあげを躊躇ちゅうちょなく食ってたんだし、平気なんやろうなぁ……


 と、みっちゃんはぼんやり思いながらユウをながめていた。


 そんな時だ。

 突然とつぜんにお笑い番組のメロディが流れ出したのは。


 ◆ ◆ ◆


「あ、すまん。ワッシのスマホじゃ」

 みっちゃんがポケットから取り出すと、スマートフォンの画面には木戸からのメッセージが表示されていた。


 タイトルは、木戸らしい事務的なもので、現状報告と依頼いらい簡潔かんけつに書かれていた。


「あ~……やっぱりのう」

「おーあひはほ、ひっひゃん?」

 ユウは、半分に切ったハンバーグを頬張ほおばりながらたずねた。

 無防備にいたみっちゃんは、子供こども特有のまあるいほっぺを見て、思わずスマホを落としそうになる。

「丸すぎやぁっ!」

 ツッコミ精神から思わずさけんでしまったのは、仕方のないことだった。


 みっちゃんは、とどいたメッセージをそのままユウに見せた。

 口の中の物を急ぎ目に咀嚼そしゃくし、飲み下したユウの表情には疑問符ぎもんふかんでいた。

「何これ? い……づ、な? 漢字ばっかりで読めないよ?」

 言われて、みっちゃんはミサギに注意されたことを思い出す。


 義務教育が当たり前の中、ユウは兄であるヒスイとあちこち旅をしていた根無し草だったのだ。

 学校へ通うひますらなかったと聞く。

 今、ユウの知識は、園児みといっても過言ではなかった。


「なあ、ユウどん……今度、一緒いっしょに漢字の勉強しよーな……」

 みっちゃんはため息を落とした。


 改めてスマホをタップし、

「これはな、木戸はんからのヘルプの連絡れんらくなんや」

 サングラスで見えない表情が、真面目まじめ声音こわねで説明する。

 メッセージタイトルにある『緊急きんきゅう』の文字が、みっちゃんの気持ちに焦燥しょうそうんだ。が、ユウにそれが伝わったかどうか。


「さっき、生放送でニュース流れとったろ? 普通ふつうなら、アヤカシ退治はニュースどころか、街の便利屋さんでむくらいの規模きぼなんよ」

「え、でも――」

「せや、今回のは、ミサギどんと木戸はんの二人ふたりじゃ手に負えんくらいヤバいやつじゃ」

 スマホから視線しせんを外すことなく、みっちゃんは返信をみながら続ける。

「あの状況じょうきょうからするに、かなり手ごわいアヤカシで、しかもまだ退治できとらん。木戸はんの連絡れんらくでは何体おるかも書いとらんが、もしかしたら一体じゃないのかもしれん。そーゆー時は、臨時りんじでわっしも手伝てつだっちょるんよ」


「えっ……!?」

 ユウの表情がおどろきにまる。


「みっちゃん……」

「こりゃ急がなあかんヤツや! ユウどん、悪いが――」

「ねえ、みっちゃん……」

「どしたんや!? まさか、またニュースに――」


 一人ひとりあわただしくするかれに、ユウは冷静に、しかし真面目まじめに問う。


「みっちゃん……戦えるのか……?」


「……………………は?」

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