第21話
勉強開始から一時間後。俺達は絶望の淵に立たされていた。
御堂さんが頭を抱えながら呻く。
「…一体、授業で何を聞いていたのかしら…?」
亮の理解度は、俺達の予想を遥かに超えていた。
先ず御堂さんが現代社会の教科書から問題を出し、亮が答える形で進めてみた。
…その結果は全滅だった。答えは何一つ掠りもしなかった。
続いて英語。英文を和訳する問題を出してみた。
結果は案の定、全滅。中学レベルの構文や英単語すら覚えていない有様だった。
此処までで、亮の学力については把握出来た。これ以上同様の事をやっても無意味だろう。
「英語は正直、中学の内容からやり直して欲しい所だけど…やる気ある?」
「無茶言うなよ。中一の範囲が終わらない内に試験を迎えるわ」
「だよなぁ…。となると、教科書の範囲内を徹底してやるしか無いんだけど…」
「…取っ掛かりが無いわね。何から手を付ければ良いのか、私には判らないわ」
「一応聞くけど、ノートは取ってるよね?」
「それはまあ、他に授業中にする事も無いしな。見返しても良く判らんが」
「…もう一つ聞くけど、暗記は得意?」
「覚える気があれば、何とか覚えられるって程度か。授業中は覚える気が無いからな」
ならばと俺は一つの提案をしてみる。
「それなら、徹底的に過去問に集中しよう。例え暗記科目で無くても、問題と答えを紐付けで暗記するしか無さそうだ」
そう告げると俺は早速、矢吹姉弟に連絡を取る。女性に電話を掛けるのは緊張するので、弟さんの方に掛けた。
数コールの後、相手が電話に出た。
『…もしもし』
「どうも、一年の桐原です。今電話は大丈夫ですか?」
『…問題無い』
「確認ですが、一年の時のテストって残ってませんか?もしあれば貸して欲しいんですけど…」
『…確か残してある筈。直ぐ必要…?』
「いえ、明日で構いません。コピーしたら返しますので、お手数掛けますがお願いします」
『…判った。じゃあ、明日…』
「はい、有難う御座いました」
俺は電話を切り、亮の方を向く。
「…という訳で、先輩から過去問を借りられる事になったから。それを繰り返し解く事から始めよう。御堂さんも、それで良い?」
「そうね。教えるにも基礎が判らないんじゃ、手が付けられないし。それなら過去問で苦手な所を見付けた方が早そうだわ」
「じゃあ方針も決まった事だし、今日はお開きで。亮はせめて明日からは授業を真面目に聞いてくれ」
「…善処する」
そう言うと亮はすごすごと帰って行った。流石にどれだけヤバい状況なのか認識しただろう。
俺は早く帰ってもする事が無いので、そのまま自分の勉強を始める。亮の勉強に手が掛かり過ぎて、自分の勉強が疎かになりそうだからだ。
俺の向かいでは御堂さんが読書を始める。表紙を見ると、先日とは別のシリーズのラブコメ小説だった。
そのまま暫く勉強に集中していると、御堂さんから声が掛かった。
「身体強化が切れたわ。掛け直して頂戴」
そう言いお腹を突き出される。身体なら何処に触れていても身体強化の魔法は掛けられるのだが、今更言い出し難い。俺は大人しく彼女のお腹を触る。
…何だか騙してセクハラしている気分になるが、その考えを振り払う。そして無心で身体強化の魔法を掛け直した。
「…有難う」
彼女はそう答えると、読書に戻った。俺の掌には、相変わらず柔らかさと温もりが残っていた。
そうして普段通りの時間まで勉強を続け、其処で魔石の提出を思い出す。
俺は段ボールを抱え、会長の所へ向かった。
「遅れてすいません。これ、連休中の魔石です」
「おお、大量だな。ちなみに下層から魔物は来ていたか?」
「数体だけ。自分で対処したので、特に問題無かったです」
「そうか。他には何かあるか?」
「…思い出しました。もし可能でしたら、二人のBランクへの昇格を検討して下さい。中層の魔物も問題無く倒せるようになって来ましたので」
「成程な。良し、後で実地で確認させて貰おう」
「お願いします。ではお先に」
俺はそう告げ、準備室に戻る。すると御堂さんが帰る準備をして待っていた。
そのまま先日のように、途中まで一緒に帰る流れになった。実際の所、連休中は三人で一緒に帰っていたので、大分慣れたものだ。
二人で歩く時は何時も無言だが、嫌な感じでは無い。この静かな感じが彼女らしかった。
そうして途中で手を振って別れ、俺一人で家路を歩く。
明日は異界攻略の日だが、亮は置いてって勉強させておくか。一人だけ仲間外れは申し訳無いが、そうも言ってられない状況だ。
それに、その方が本人も本気になるだろう。むしろそうなって欲しいものだ。
その夜、俺は気が向いたので授業内容の復習をした。授業範囲ならちゃんと答えられるようにしておこう。
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