魔法使いの子育て奮闘記 番外編 ~世界一の魔法使いになって子づくり頑張ろう~
白猫なお
第1話 森の想い出
俺の名前はマトヴィルだ。
フォウリージ国にあるセレーネの森に住んでいるエルフ族の男だ。
俺の家は森の端にあるエルフ族の中でも貧しい家で、その上、エルフにしては珍しい大家族の家だった。
エルフの森の中でも貧乏な大家族って皆が知っているほど有名だった程さ。俺は9人兄弟の丁度真ん中の5番目で、箸にも棒にも掛からぬ、兄弟の中でもどうでもいい存在だった。
兄たちの様には下の子の世話をすることも出来ない、下の兄弟の様には上手く甘える事もできない、俺は自然と一人で森へ行っては過ごす事が多くなり、小さな魔獣を狩っては自分でさばいて焼いて食う、そんな生活を送っていたのさ。
もうすぐ成人を迎える歳となるある日、俺は家を出る事にした。このままこの森に住んでいても俺は何も変わらない、ずっと貧乏なまま、村の奴らにも馬鹿にされる日々、だったら、この森を飛び出して好きな料理を極めてやろうとそう思ったんだ。
だが、俺のその考えは甘かった、街へ向かうはずが森の奥深くへ入ってきちまった。ここは危険で、エルフの子供ならだれもが知ってる立ち入り禁止とされている場所だ、俺も親から口酸っぱくなる程注意を受けてたはずなのに、旅に出ることに興奮して居たからだろう、慣れた森でこんな場所へと迷い込んじまった。
悪いことは続くもので、俺の目の前には凶暴な魔獣の陽炎熊が現れた。俺は武器なんて持ってない、この体だけでこいつと戦うしかなかった。
俺は渾身の一撃と言える程の力で陽炎熊にパンチを入れた、だが、かえって敵を怒らせただけで、どうも攻撃はまったく効いて無い様だった。
俺がもう一撃をと振りかぶった途端、怒った陽炎熊が火を吐いた、俺は炎に包まれた体から火を消すために地面を転がりまわる、だが、そこにもう一発陽炎熊からの炎が降りかかった。
俺はこの時この森で俺の人生は終わるのだと覚悟を決めた……俺の人生たった15年だ。短く何も残すことが出来ない人生だった。もっと色んな場所へ旅してみたかった……そう諦めたその瞬間、光と共に炎に包まれた俺の体が綺麗に元に戻った。
そして陽炎熊の方へ目をやれば、後頭部と体が離れた状態へとなっていた。一体今の一瞬で何がおこったのか……
俺が呆けて陽炎熊の状態を見つめていると、声がかかった。
「おい、無事か?」
声の主は5歳ぐらいで黒い髪を後ろに束ねた、青の瞳の小さな少年だった。俺は言葉にならず、首を上下に振るしかできなかった。
するとその少年は俺に近づき、体の診察を始めた。腕、足、顔と順番に異常がないか、やけどの跡は残ってないかを確認してまわる。
「ふむ……癒しがちゃんと効いたようだな……」
少年は大人びた口調でそう言うと鞄から大人用の服を出し俺に渡してきた、どうやらその鞄は魔法袋のようで、他にも水や食べ物まで俺に渡してきた。俺が只々黙って受け取っていると、少年は年相応の笑顔で俺に笑いかけた。
「どうだ、落ち着いたか?」
俺は聞きたいことが山ほどあるのに言葉にならず、やっと口を開いて出てきた言葉は、恩人に対する礼を尽くす言葉じゃなかった。
「……お前……誰だ……」
だが、そんな俺にもその少年は特に嫌な顔をすることなく、穏やかな口ぶりで答えてくれた。
「俺の名前はアラスター・ディープウッズだ。もうすぐ5歳になるところだ、それで、お前は?」
「ああ……俺はマトヴィル……もうすぐ成人だ……」
少年は 「そうか」 と答えるだけで特に俺の行いを責めたりはしなかった。ただ俺が落ち着くまで隣に座り、ジッと森を見つめるだけだった。
「お前は中々度胸があるな」
少年は急にそう呟き俺の事をジッと見てきた。
「剣も使わず、拳だけで陽炎熊に向かっていくとはな……まぁ……無謀とも言えるがな……」
少年はフフっと軽く笑う。その仕草は年齢にはそぐわず、俺に違和感を与えた。
「あんたは……いや、アラスター様は妖精か何かか?」
「ほぉ……どうしてそう思う?」
「それは……見た目と中身が合ってないように感じるからだ……それに、ここは森の奥だ、妖精が出ても不思議じゃ無いからな……」
「成程、そう言う物か……だが残念ながら俺は人間だ。妖精がいるなら俺も会ってみたい、土産話になるからな……」
少年はそう言って、また年相応な顔をして笑った。俺はその笑顔にやっと落ち着いてきて、自分が礼儀に欠けていることに気が付いた。
「あの……ありがとうございました。一番最初に言わなきゃなんねーのに無礼をしちまって、すまねぇ……」
「気にするな、俺が勝手にやったことだ」
男気のあるその物言いに、俺はこんな小さな子の言葉で胸が熱くなるのを感じた。目の奥が熱くなるのを感じ、それを悟られない様に足元に視線を落とすと、少年の剣が目に入った。
「それ……見たことのない剣だけど……」
「ああ……これか、これは刀だ」
少年は鞘から剣を抜きその刀とやらを俺に見せてくれた。
「綺麗だな……こんな刃物見たことないぞ……」
「そうだろう。俺が作ったものだ」
「作った?」
俺は助けられた時と同じぐらいの驚きを感じた。こんな小さな少年がこの切れ味のよさそうな武器を作ったと言うのだ。誰が聞いても驚くだろう……
「あんた……あ、いや、アラスター様は凄いな……」
「いや、まだまだだ、もっと切れ味が良く魔力を通し易い刀を作りたい。その為に色々な土地を見て回っている、だが、なかなか思うようなものが手に入らないのだ……」
「そうか、小せーのにすげぇな、あんた……」
小さいは余計だと言って少年は笑いながら刀を鞘の中へと戻した。
「俺も旅してみたくて家を飛び出したんだ……けど、やっぱり甘くねぇな、早速死に掛けちまったぜ……」
俺は自分が情けなくて力なく笑う、もしこの場に少年がいなければ泣いていたかもしれない。
「ふむ……お前に足りないものは知識だけだ」
「へっ?」
「お前は体もよく鍛えているし、度胸もある、ただ、魔法を使っての戦い方をしらないだけだ」
少年はそう言って俺を共に立ち上がらせると、大木の前へと連れて行き、そして指導を始めた。
「体の中心部にある自分の魔力を感じてみろ」
俺は目をつぶり自分の体に意識を向ける、体の奥に熱いものを感じた。
「それを感じられたら、全身をその力で覆うことに意識してみるんだ」
俺は頷き言われるままに魔力で体を覆う、こんな感じは始めてだ、全身に力がみなぎるようだった。
「よし、それで、思いっ切りこの木を突け!」
少年に言われるまま、俺は渾身の一撃をその大木に打ち付けた。ドガーンと大きな音がすると木の中央には大きな穴が開き、大木は後ろの方へ大きな音をたてながら倒れて行った。
「なっ……何だこりゃ……」
「それがお前本来の実力だ、俺が知識が足りないと言った意味が分かっただろう?」
俺はブンブンと上下に頭を振った。すると立ち眩みか急にふら付いてしまい、力なく座り込んでしまった。
「まだ、魔力の調整が出来ないから、力を使い過ぎたのだろう……大丈夫だ少し休めば良くなる」
少年はそう言って俺をその場で休ませた、その間に少年は倒れた木を使いやすいようにと処理を始めた。
大きな大木がどんどんキレイな板へと変わっていく、なんてすごい魔法なんだと、俺は彼の動きに只々感服するだけだった。
暫く休むと彼の言った通り体の調子が戻ってきた。俺は今の少しの教えで自分が強くなった事を感じた。もしこのまま彼と一緒にいられたら……俺の中にそんな欲が沸いて来たのが分かった。
そんな思いに悩んでいると少年の思いがけない言葉が聞こえてきた。
「お前、行くところがないなら俺の護衛にならないか?」
「へっ?」
思いもよらぬ言葉に俺は間抜けな声を出す。
「俺の元へ来れば旅もできるぞ、それに、魔獣だっていくらでも倒せるようになる」
「……で……でも……俺はあんたより弱い……それじゃあ、護衛にならないじゃないか……」
「ハハハハ……別に俺より強くなる必要はない、俺は守って欲しいわけでは無いからな」
「じゃ……じゃあ何で……」
「俺は共に戦える仲間が欲しいだけだ。それにお前には度胸がある、魔法もろくに使えないのにあの陽炎熊に立ち向かっていったんだぞ、もっとその勇気に自信を持て、それにな、お前はこれからまだまだ強くなるぞ」
「……何でそう思う」
「ハハハハ、俺が教えるからに決まってるだろう」
そう言って笑うアラスター様を見て、俺はこの人こそが俺の一生の主だと思った。こんなすごい人間に俺は会ったことが無い、絶対に共に戦うと誓おうと俺はこの時に決めたのだ。
俺たちはその後森の中を暫く歩いた、何でもアラスター様は珍しい花を探してこの森にきたらしい。
「アラスター様、その花を見つけてどうするんですかい?」
「ああ……婚約者が出来たので送るのだ」
「こ……婚約者?!」
「そうだ、別に珍しくもない普通の事だ」
「で……でも……相手はいくつ何ですか?」
「産まれたばかりだ……いや、間もなく一歳か?」
「はぁ? それで、花を見て一歳の子が分かるんですか?」
「分からなくても構わない、俺が彼女に美しいものを送りたいだけだ」
「なんてこった……」
「マトヴィル五月蠅いぞ、気が散る、探査が出来ん!」
俺は賢く口をつぐんだが、五歳と一歳で婚約だと、それが当たり前ってどうなってんだ? と呆れていた。
「マトヴィル、見つけたぞ!」
アラスター様が指さすその先には、美しい真っ赤な花が咲いていた。アラスター様はその花をそっと手に取り香りをかいだ後、魔法袋の中へ大事そうにしまった。
「今の花は何て名前ですか?」
「グランカだ、とても珍しい花なのだ」
この年で女に花を贈るなんて、末恐ろしい吾人だぜ。
その上、強くて美しいとあっちゃ将来が心配だな、そっちの護衛も必要かもしれないな……と俺がぼんやりそんな事を考えていると、アラスター様に引っ張られた。
「マトヴィル帰るぞ」
「へっ? どうやってですか?」
そう言えばアラスター様は俺の前に急に現れた。こんな山奥には馬車でも来れない、一体どうやってここまで供も付けずに来たんだ……俺の考えてる事が分かったのかアラスター様はニヤリと笑った。
「転移だ」
「はぁ?!」
アラスター様がそう言った瞬間、俺の驚く声は森に置き去りにされる様に俺たちは転移した。
「ふぁあー、それが、お父様とマトヴィルの出会いですか? 凄い運命的ですねー!」
俺はあれからディープウッズ家に勤めていて、今はアラスター様の愛する奥様と娘であるララ様をお守りしている。
それにしても親子って言うのはこんなにも似る物なのかと、ララ様と一緒にいるといつも思う。ララ様の破天荒な所はまさにアラスター様譲りだ。俺はララ様といるとアラスター様の事を思い出してばかりいる。
「マトヴィルはお父様に強くして貰ったのですね。一緒に色んな所にも行ったのでしょ? 今度その話も聞かせて下さいね」
「ええ、いくらでも話しますぜ、ただ話が多過ぎて一日じゃ終わらないと思いますけどね」
「そうなんですか?! わぁー! 楽しみにしていますね」
俺はにっこりと笑ってララ様を抱き上げた。
「さぁ、そろそろ屋敷の中に入りましょう」
「はい、マトヴィルありがとうございます」
ララ様の可愛らしい笑顔を見て、俺はアラスター様が残したこの宝を命をかけて必ず守ると、心の中でアラスター様に誓ったのだった。
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