海の国の英雄

kagerin

第1話・子供らの稽古。


山の中に、少年が立っている。


少年の名前はタケイルと言う。まだ十才になったばかりで、腕も細く背もそう高くない。黒い蓬髪に女の子のような切れ長の眼を持ち、その瞳の色は吸い込まれそうなほど青い。

タケイルの青い瞳はじっと前方を見ていて、垂らした右手には二尺ほどの棒が握られている。


タケイルの視線の先には、別の少年がいた。

タケイルより少し背の高いその少年は、すっと近付くと持っていた棒をいきなり横殴りに振った。子供とは思えない程の鋭い振りだ。


それを横に飛ぶ事で躱したタケイルは、そのまま前方に走る。少年も併走しながら攻撃を仕掛けてくる。

二人は木立や岩の障害物を避けながらも目まぐるしく闘っている。どちらも敏捷で早い動きだ。二人は一陣の風と化していた。


不意に二人の動きが止まった。

タケイルの放った一撃が、少年の肩に決まったのだ。ガックリと膝をつく少年。


その時、

「バサバサー」と、枝をしならせて木の上から地面に降りた者がいた。

降りて膝を着いた姿勢のままで、素早く何かを連続で投げた。


「カーン、カン」

と、それを打ち落としたタケイルが、その相手に向かう。

すると側面に「バサッ」と、落ち葉を跳ね上げて人が躍り出て来て、タケイルに向かって何かを投げた。

それを横目で見たタケイルは、転がる事で辛うじて躱した。


タケイルが立ち上がった時には二人に囲まれていた。二人はタケイルより背が小さく、しかも一人は少女だ。だが立ち上がったタケイルを同時に攻撃する二人に容赦は無い。


激しい攻撃だ。

小さいながらなかなか鋭い二人に、タケイルは駆け出して間を取るといきなり振り返って、追ってきた一人を倒す。そして、棒を構えたまま少女に迫る。


少女は臆せずに下段に構えると、にじり寄ってきたタケイルに下段から振り上げざまに持っていた棒を投げた。

 タケイルはこれを仰け反って危うくかわして、背を向けて逃げる少女に何かを投げた。小さく弧を描いて落下したものが少女の背中に当たる。当たったと分かると少女は動きを止める。

少女に当たったのは短く切った手裏剣替わりの枝だ。怪我はしない。タケイルは倒れた少女に歩み寄って枝を回収した。


その前にゆっくりと立ち塞がる新たな男、いや体こそ大きいがやはり少年だ。

その大きい少年は、体に見合った長い棒を振り回してタケイルに迫る。

「カン・カン・カン」

と男の攻撃を弾き・飛び上がって・転がってかわすタケイル。

だが、その怒濤の勢いに付けいる隙が見あたらない。


「でやー」

と大きく上から振り下ろされた棒を、横に飛んでかわしたタケイルの足が滑った。

「貰ったー」

と、少年はそれを見て飛び込むなり棒を大きく振り落とした。


「コン・・」

と、少年の棒先が立ち木の枝に当って音をたてた。

「あれ?」

と、少年が立ち木を見るのと、タケイルの棒が男の額に止まったのと同時だった。


「はっはは。やっぱりタケイルには敵わねえや!」

 少年は明るく笑った。

「ふふ・相変わらず剽軽ね、アクロスは」

 さっきの少女が大きな少年・アクロスの笑いに微笑む。


「そう言うなよソラ。タケイルが足を滑らして、本当に貰ったと思ったら、つい手が伸びて大振りしてしまったのだ」

「ははは。滅多に無いチャンスを逃したな。アクロス」

タケイルと最初に対戦した少年も来た。


「全くだよシュラ。だけども、ソラは惜しかったな・・」

 ソラが下段から切り上げると見せかけて、いきなり棒を投げたのは皆の目を驚かせたのだった。


「あれは、タケイルでなければ躱せなかったな」

 もう一人の小さな少年が、その光景を思い出すように言った。

「悔しい。あたしが考えたとっておきの手を使ったのに・・」

 と少女のソラが悔しがる。


「あれは本当にビックリした。ぎりぎりだったよ」

「ほんと!」


「ああ、あそこでさらに手裏剣を撃たれたら躱し蹴れなかった。俺はその動揺が残っていて足を滑らしたかもしれない。ソラは手裏剣も鋭くなった。とても七つだとは思えないほど手強いよ・・」

 タケイルが最年少の少女・ソラを褒める。

事実この一番年下の少女は体力では敵わない年上の男子を相手に、持ち前の敏捷さと機転でこれまでにも何度も痛い目に遭わせてきたのだ。


「うれしい!」

 他の二人も、ニコニコしながら聞いている。

「そこ行くと、俺は工夫がなかったな・・」

 ソラと一緒に闘った小さい少年がぼそりと言った。

「確かにシクラは年も体も小さいし、まともにタケイルと当たるのでは、分が悪い。何か工夫がいるな」

「考えて見る・・・・」


五人が輪になって、今日の稽古の話をしている。

その上には、夏の色濃い空が広がっている。暑かった太陽が海に沈み初めて、海上の空が綺麗なあかね色に染まり始めていた。

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