モヤモヤすること

 目の前にいるヴァージャは今更確認なんてしなくても、相変わらず整い過ぎた顔面をしている。こういう整った顔面をしてるやつがマジ顔でキレてるとメチャクチャ迫力あるんだ、恐ろしい。


 互いに無言で睨み合うこと数拍、その間にヴァージャをキレさせる原因になっただろう何かを探ってみるけどまったく思いつかない。……え、本当にオレなんかした……?


 ヴァージャが一歩寄ってくると、その分だけオレの足は一歩後退する。何度かそれを繰り返したところで、背中が部屋の奥の壁に触れた。室内である以上、いつまでも延々と続けられないことはわかってたけど、それにしたって怖い。心当たりが何もないから余計に怖い。



「あ、のさぁ、……オレ、あんたを怒らせるようなこと、した?」

「覚えは?」

「ありません」



 直球で原因を聞いてみたけど、正直に答えたらまた不愉快そうな顔をした。眉根が寄ると共に切れ長の双眸が細められて、本気で怖い。ヴァージャがオレを傷つけるようなことはしないってわかってるんだけど、目の前で明らかに不快を露わにされてたら反応に困っちまうよ。せめて理由を教えてくれよ、何もわからないんじゃ謝れもしないだろ。


 しばらくヴァージャの反応を窺っていると、やがて風船から空気が抜けるかのようにそっとため息を洩らした。それと共に怒気が抜けていくのがなんとなくわかる。そのまま更に距離を詰められて、トンと軽く顔の横辺りに手が置かれた。



「……私は、お前の力目当てにこうなったわけではないぞ」

「は?」



 告げられた言葉を頭の中で反芻してみる。それを基に、ヴァージャが怒りそうなことがなかったか今日一日の出来事を簡単に思い返した。


 ……もしかして、アレか? 周りがオレを大事にしてくれるのはこの力のお陰ってティラに言われた時の……。



「そうだ、心外だ」

「……あのなぁ、今はそんなふうに思ってないさ。でも、最初はお互いに違っただろ。あんただってそういう欲求は持ち合わせていないとか言ってたじゃん」



 「ヴァージャだって、オレのこの力が必要だから傍にいろって言ったんだし」――って、確かに思ったな。腹立ててる理由はアレか。


 出会ったばかりの頃のヴァージャと言えば、少し離れただけで理性を失って暴れ回るくらい弱ってたから、一緒にいたのは本当にただただ「力のため」だったんだと思う。オレだってそれに不満があったわけじゃない、例え力のためであったとしても誰かに必要とされるっていうのは何にも代え難い喜びだった。


 それが、まさかこんな惚れた腫れたの関係になるなんて夢にも思わなかったけど。



「……本当に、今はそう思っていないか」

「思ってないよ、逆に感謝してるくらいだ」



 昔は、本当に自分のことがどうしようもなく嫌いだった。何の力も持ってなくて、バカにされるだけで、何の役にも立てやしない。そんなオレに価値を与えてくれたのは他の誰でもないヴァージャだし、フィリアとエルが当たり前のように受け入れてくれたお陰で少しずつ自分を好きになれた。


 嘘偽りなくそう返答すると、そこでやっと安心したようだった。こいつ、神さまのくせに変なところで子供っぽいんだよな。



「……それならいい」

「ったく、あの時から近くにいたならさっさと出てこいってんだ」



 要は、ティラにああ言われた時にはもう傍にいて、呑気にオレの頭の中をいつものように覗いて見物してたってことだろ。そのお陰でちょっとスッキリしたわけだけどさ、……余計なことまで色々思い出したのはある。



「余計なこと?」

「……ティラのことだよ」



 あの泣きそうな、でもムカついてるような顔には覚えがある。初めて会った時にも、ティラは確かああいう顔をしてたんだ。あれはティラが、ギルドの仕事が上手くいかなくて、それで落ち込んでた時だった。あの日はひどいどしゃ降りで、傘も持たずに路地裏に座り込んでいた彼女を心配して孤児院に連れて行ったのが始まりだ。


 あの頃の彼女はひたむきな努力家で、目の前の仕事に全力を注ぐような子だったのに……どこをどう間違えちまったんだろうな。


 とか何とか思ってると、不意に刺すような雰囲気を間近から感じた。意識を引き戻してみれば、ヴァージャがまた複雑な表情を滲ませている。



「リーヴェ、今の恋人の前で以前の婚約者に想いを馳せるとはいい度胸だな」

「あ……い、いや、今のはオレが悪かった、悪かったよ。誤解のないように言っておくけど未練があるとかどうとかじゃ……」

「もう遅い」



 確かに、今の恋人の目の前で元恋人のことを考えるとかデリカシーがなかった、最低だった。伝わってるとは思うけど一応弁解だけはしておこうと思ったところで、不意に抱え上げられて一瞬だけ息が詰まる。そのまま問答無用に傍らの寝台に転がされると無意識に身体が強張るのがわかった。オマケにヴァージャが同じ寝台に乗り上げてくるものだから、尚のこと。


 ちょっ……待て、待て待て待て、そりゃあオレはヴァージャのことは好きだけど、付き合ってるけど、そっちの、そっちの覚悟はまだ――



「何を考えているのだ、何もしない。以前はこうしてよく共に寝ていただろう」

「あ……そ、そう……」

「そうだ。おかしなことを考えていないで寝なさい、明日もやることは多い」



 一緒に寝てたっていうか、あんたが勝手に潜り込んできたんだろ。最初の頃なんて本当にビックリしたもんな、目開けたら視界にとびきりのイケメンの寝顔が映り込むんだから。


 どうせ出てけって言っても聞きゃあしないんだろうし、また変な夢見ても嫌だし、今夜はこのままヴァージャと一緒に寝ることにした。寝台に潜り込むなり、安心したのか早速睡魔がやってくる。


 取り敢えず、いきなり身体の付き合い――なんてことにならなくてホッとしたけど、ちょっとモヤモヤするような……「そういう欲はない」みたいなこと最初に言ってたけど、今でもないのかな。キスひとつだって合意の上でって感じだったし、変にお堅いだけなんだろうか。


 ……本当に何を考えてんだよ、やだやだ言いながら結局はしたいみたいじゃないか。

 けどさ、付き合ってるんだぞ、恋人だぞ。ヴァージャは意味合いで触れたいとか、思わないのかな。


 大事にされてるって考えるべきなのかもしれないけど、少しだけ――本当に少しだけ、モヤモヤした。

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