こんな朝も悪くない?
二日間あまり寝てなくても身体は正直なもので、いつもの時間にはキッチリと目が覚めた。今日も六時半ピッタリ、孤児院で働いてた時の癖が未だに抜けてない。けどぐっすり眠れたお陰か頭はスッキリしてる、寝不足特有の重怠い感覚もなかった。
隣の寝台を見れば、ヴァージャが眠っている。……昨夜のあれは、現実だったのか……? ヴァージャのあんな意地の悪そうな表情見たことないし、もしかして寝不足が見せた夢か何かだったんじゃ……。
「勝手に夢にするな」
「起きてんなら言えよ!」
寝台に身を起こした状態のまま一人で悶々と考えていると、寝てると思ったヴァージャから不意に声がかかった。いきなり声かけてくるの本気で心臓に悪いからやめてほしい。
……ってことは、昨夜のあれは夢でも幻でも何でもなく、現実だったと……。
「夢の方がよかったのか?」
「いや……そういうわけじゃ、ないけど……」
昨夜のことを思い出すと色々と恥ずかしいんだよ、察しろよ。別に無体を働かれたとかではないし、ただ何回かキスしてから別々の寝台で寝ただけなんだけど、こう……恥ずかしいもんだろ、初めてああいう接触した翌日ってのは。そういうものなんだよ。取り敢えず、今一番大事なことは――
「とにかく、これだけは言っておくぞ。……フィリアには悟られるなよ」
これだ。あの好奇心の塊みたいなお嬢様の女の勘には恐ろしいものがある。オレたちはいつも通りにしてるつもりでも、早々に何か嗅ぎつけられるんじゃないかと思うと今から怖い。すると、ヴァージャも同じように寝台の上に身を起こして「そうだな」と呟くなり、片手で目元を覆った。心なしか顔色が悪く見えるのは多分気のせいじゃないだろう。とんでもない力を持ってる神さまにこんな顔をさせるなんて、本当にあの幼女は恐ろしい。
……別に隠さなきゃいけないようなことじゃないんだけどさ。でも、あいつまだ十歳だぞ、恋愛に関する話は早いだろ。言っても聞きゃあしないけど。
いつまでもこうしていても仕方ないし、早く遊びに出掛けたいだろうフィリアが突撃してこないうちに支度を始めることにした。今日はぐっすり寝れたし、フィリアとエルに付き合わされてもある程度は大丈夫だろ。何日くらい滞在して遊べば満足するかな、あいつら。
「……あ、そうだ」
いつも通りに身支度を終えて部屋を出ようとしたところで、ふと先を行こうとしたヴァージャの服の裾を引っ張った。当然のようにこちらを振り返るヴァージャの顔は、今日も確認なんかしなくても腹も立たないくらい整ってる。以前は直視しても何ともなかったのに、自覚したら正直なもので意識する前に勝手に視線が横に逃げた。
「あ、あのさ、その……オレも、好きだよ。昨夜ちゃんと言えなかったからさ」
わざわざ言わなくても伝わってるとは思うんだけど、こういうのは一応ちゃんと言葉にして伝えておかないとオレの気が済まない。ヴァージャはいつも頭の中とか勝手に覗いてるんだから言わなくてもいいだろって、そういう胡坐を掻きたくないというか。
けど言ったものの段々と言葉にならない羞恥心が込み上げてきて、朝っぱらから頭が沸騰しそうだ。居たたまれなさに負けて「早く行こう」って言おうとしたところで、唐突に顎を掴まれて問答無用に口付けられたものだから咄嗟に突き飛ばしてしまいそうになった。軽く触れて離れていくそれに後退ってしまいながら、思わず片手で口元を押さえる。
「な、にすんだよ!」
「今のは……お前が悪い」
そう独り言のように呟いてさっさと先に部屋を出て行くヴァージャの顔は、ほんの一瞬見えただけだけど珍しく赤かった――ような気がした。……あいつでも、あんな顔するんだ。
……オレが何を見ても怖がらなかったから好きになったって昨夜言ってたけど、逆にオレはヴァージャのどこが好きなんだろう。
顔……は、もちろんいい。性格も悪くない。鬼のように強くて何でもできて、いつでも助けてくれるし、守ってもくれる。……あれ、好きなとこしかなくない? 欠点とか、勝手に頭の中を見てくるくらいしか思いつかないんだけど。
「……惚れた欲目ってやつだな」
それにしても、ティラとああなってからそれなりに経つとは言え、またこうして誰かを好きになって心臓が喧しくなる日が来るなんて思ってもみなかった。何年も引きずると思ったんだけどなぁ。けど、こうやって誰かの言動で一喜一憂するのは……やっぱり悪くない。
まだ触れた感触が残ってる唇を軽く撫でてから、先に出て行ったヴァージャの後を追いかけた。この分だと、あの恐ろしい幼女にすぐにバレそうな気がする。
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