もうひとつのやること
「な、なんだお前たちは!?」
「見張りは何をしている!? うわああぁ!」
煌びやかな地下空間を抜けて、奥に続いているだろう大扉を開け放つと、その先は一階と同じように古びた倉庫だった。異様に広々とした空間には透明な円柱型の容器がいくつも並べられていて、その中に村人だろう人たちの姿が見える。どうやら何らかの研究の真っ最中だったらしい。見たこともない機械とコードが床の上に転がって、容器と機械とを繋いでいた。
その中に真っ先に飛び込んだフィリアとエルが、次々に初歩的な魔術で研究員たちを沈めていく。中にいたのは非戦闘員の研究員ばかりらしく、ほとんど無抵抗だ。
「なんだか拍子抜けですね、もっととんでもなくゴツい人とかいると思ったのに……」
「ま、まあまあ、何事もなく終わるならその方がいいよ。それより村の人たちは?」
なんとなく残念そうに呟くフィリアを、エルがやや引き攣った笑みを浮かべながら宥めている。最初は
けど、さっきヴァージャが言ってたこともあるし、拍子抜けした気持ちはわかる。……まだまだ気は抜けないな。
すると、透明な容器に入れられていた一人の青年が恐る恐るといった様子で容器から出てくるなり声をかけてきた。
「あ、あんたたちは……?」
「私たちはル・ポール村の村長さんたちにお願いされて、村から誘拐された人たちを助けにきました。お兄さんたちがそうですか?」
「そ、村長さんに……! ああ、よかった……村に帰れるのか!」
ええと、村長さんの話だと村にいた無能……いや、もうグレイスでいいか。村にいたグレイスたちは六人ってことだから、……うん、人数はちょうど合いそうだ。「ここの生活も悪くないんだけどなぁ」なんて、呑気に呟く女の人もいるけど、取り敢えず怪我人らしい怪我人はいないらしい。他の容器から出て駆け寄ってくる人たちが、一緒にさらわれた
「リーヴェ」
「ん?」
フィリアとエルにのされた研究員たちはすっかり戦意を喪失して、肩くらいの高さに両手を挙げて完全にお手上げ状態だ。そんな中、不意にヴァージャから声がかかると、当の本人は近くにある大きな机の傍に寄って散乱する資料に目を通していた。
フィリアとエルは村人たちと話し込んでいるが、リュゼも別の場所にあった机に目星をつけて色々と物色しているようだった。オレもヴァージャの傍に寄ってファイルにまとめられた資料を見てみるけど、そこに記されている情報はなかなかに深刻なもの……に見える。
「これ……グレイスのことだけじゃなく、カースのことまで……」
「ああ、研究員というものはなかなか侮れないな」
数えるのも億劫になるほどの大量の資料には、グレイスとカースの特性や違いなどが事細かに記されていた。無能と凡人を比較した資料なんかもあるから、凡人たちが一緒に連れてこられたのは無能以外にこれらの力があるかないかを調べるためなんだろう。
特に目を惹いたのは――グレイスやカースの能力は重複するか否か、という資料だった。それを見て思わずハッとなった。
「(……もし効果が重複するなら、複数のグレイスにメチャクチャ好かれたらそいつってほぼ無敵になるんじゃないのか……? そうか、だからこの研究員たちは……)」
彼らの力が重複するなら、複数のグレイスを味方につけて自分たちを強化すると共に、カースたちの力で皇帝を弱体化させれば勝てる見込みは充分にある。かなりセコいけど、この世界はとにかく勝ちさえすればいいんだ。
この情報が外部に漏れたら、以前ヴァージャと話してたような――世界中の無能たちが色々なやつらに奪い合われるなんてヤバい事態になるんじゃないだろうか。
「やれやれ、随分と研究熱心だなぁ、ここの連中は。そっちはどうだい? 何か面白いものは見つかったか?」
そこへ、別の机を調べていたリュゼが相変わらず胡散くさい笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。面白くないもんなら色々見つかったよ、考えるだけで頭が痛くなるくらいだ。リュゼもあっちの机で色々見たなら、もうこいつに黙ってるのも無意味ってわけか。
「なあ、ヴァージャ。取り敢えず村の人たちを連れて戻ろうぜ、色々と対策を練った方がいいんじゃないか。上で暴れてる召喚獣たちも早めに戻した方がいいだろうし」
「ふむ、その前にひとつやることがある」
……やること? 誘拐された人たちの無事は確認したし、他に何かあったっけ?
オレが疑問符を浮かべていると、改めてヴァージャに腕を引かれた。突然のことに思わずバランスを崩して転びそうになったものの、それはそのままやんわりと抱き留められる。慌てて顔を上げた先では、普段と変わらない涼しい顔をしながら、それでいて煌々と双眸を輝かせるヴァージャの姿。いきなりマジモードになってる原因は――……
「猿芝居はここまでだ。お前、皇帝とやらの犬だな」
「……えっ?」
ヴァージャが思い切りガンをつけてる相手は――胡散くさい笑みを浮かべてオレの隣に立っていたリュゼだった。
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