クランも家族

 結局、昨夜眠りについたのは深夜の三時を回った頃だった。それでも胸のうちに固まってたものを吐き出せたお陰か、寝台に潜り込んだらすぐに眠気がやってきた。


 そして現在、朝の七時頃。

 短い時間でも熟睡できたことで眠気の類はほとんど残っていないらしい、頭がスッキリしてて実に清々しい朝だ。


 玄関から外に出ると、辺りからは鳥の大合唱が聞こえてくる。生い茂る木々に疎外されてハッキリとは見えないけど、今日もいい天気みたいだ。雨雲らしきものはひとつも窺えない。転ばないように砂利を歩いて川の傍に向かうと、濁りのない綺麗な水が休むことなく流れていた。


 川に手を突っ込んで軽く顔を洗うと、完全に頭が覚醒していくのがわかる。朝食は何にするかなぁ、そろそろ新鮮な魚が食いたいけど村に着くまで我慢するか。漁村なら自分で作るよりうまい魚料理にありつけるだろ。



「リーヴェさん、おはよございます」

「ん? おう、早いな」



 不意に背中に届いた声に振り返ってみると、そこにいたのはエフォールだった。今日も朝っぱらから穏やかに微笑んで挨拶なんぞしてくる。こいつは本当に人当たりのいいやつだよなぁ。


 エフォールはオレの隣に屈むと、同じように川の水で顔を洗い始めた。色素の薄い金髪がそのたびに揺れて異様に綺麗だ。こいつはイケメンってより中性的な顔立ちだから、どちらかと言えば可愛い部類なんだよな。天才ゲニーなのに全然偉ぶらないし礼儀正しいし、それどころか無能相手に敬語なんて使うし、きっと世のお姉様方はこういうやつを“天使”って称すんだろうな。



「どうしたんですか?」

「い、いや、何でもないよ」



 一人でどうでもいいようなことを考えていると、そんなオレに気付いたエフォールが不思議そうに見上げてくる。慌てて取り繕ってから、ひとつ気になってることを聞いてみた。



「そういやさ、お前の姉ちゃんってお前のこと“エル”って呼んでたよな」

「あ、はい。ネロはフォルって呼んでましたけど、家族はみんなエルって呼びます。呼びやすいんだそうです」

「へえ……愛称ってやつだよな」

「はい、そうだと思います」



 今でも愛称で呼んでるってことは、あの姉ちゃんにだって弟が可愛いと思ってた時期もあるんだと……思うんだけどなぁ。だって、咄嗟に出てくるくらい呼んでたってことだろ、多分。その呼び方が染みついてるっていうかさ。今は弟が憎たらしくても、いつかわだかまりが解けてくれるといいなぁ……難しそうでもさ。


 姉ちゃんの――カースの能力も含めて、一度みんなとちゃんと話した方がいいかもしれないな。オレもカースのことは気になるし、情報を整理したいのもある。


 まあ、それは一旦置いといて。



「なあ、オレもそう呼んでいい?」

「え?」



 愛称の方が呼びやすいってのはわかるし、それにこう……愛称で呼ぶ方が仲良く見えるじゃん、錯覚かもしれないけど。でも、知り合ってまだそんなに経ってないのにさすがに図々しいかな……。

 少しばかり心配になってきたところで、驚いたような顔をしていたエフォールがそれはそれは嬉しそうな顔をしたものだから、知らずのうちに入っていた肩の力が抜けていくのがわかった。



「もちろんですよ、嬉しいです! クランも家族みたいなものですもんね!」



 ああ……こいつ本当にかわいいやつだなぁ。孤児院のガキどもなんて気心知れ過ぎてオレに遠慮なんて何もないやつばっかりだったから、新鮮だ。

 それにしても、クランも家族か。いいこと言うな。……けど、エフォールも――いや、エルも慣れ過ぎると孤児院のガキどもみたいに無遠慮に好き勝手言ってくるようになるのかな。……いやいや、そりゃないだろ、ないない。こんな見た目も中身もかわいいやつがヤンチャ坊主になんてなるわけないって。……たぶん。



「あーっ! ずるいですよ~! 私も、私も~~!!」

「おっと、じゃじゃ馬も来たな。おはよ、フィリア」



 そんな和やかな雰囲気は、不意に背中に届いた甲高い声によって破壊された。そのまま飛びついてきたフィリアの身を背中で受け止めて――と言うか、好きなようにさせて朝の挨拶をひとつ。



「はい、おはようございます! 私にもエルさんって呼ばせてくださいね!」

「ほらほら、耳元で騒ぐなよお嬢様。ヴァージャは?」

「まだお休み中みたいですよ、リーヴェさんったらもう」

「……?」



 あちゃ、やっぱ昨夜付き合わせたのが響いてるのかな。旅に魔物との戦闘に、深夜の散歩だからな、いくら神さまだろうと疲れが溜まってても無理はない。オマケにオレが迂闊だから結構気ィ張ってそうだし。


 ちょっと様子を見てきた方がいいかな、と思うのと、背中に乗りかかるフィリアから何とも引っかかる言葉が向けられたのはほぼ同時のこと。彼女の言わんとすることがよくわからなくて首を捻っていると、次に聞き捨てならないことを言い出した。



「昨夜、ヴァージャさんとどこ行ってたんですか? 私やエルさんに気を遣ったんでしょうけど、夜のデートはあまり身体に負担をかけない程度にしてくださいね♡」

「――! ばッ、馬鹿野郎! 何もしてねえよ! そんなことばっか言って、故郷の両親が泣くぞ!!」



 なんてやつだ、まだこんな小さい子供のくせしてもうヤバい扉を開けてやがる。傍らにいたエルは何のことかよくわかっていないらしく「え? え?」と頻りに疑問符を浮かべていた。お前はどうかそのままでいてくれ、こいつはもう駄目だ。


 その後、ヴァージャが眠そうな顔で起きてくるまでフィリアに揶揄されっぱなしだった。

 最初は健気な女の子だと思ったのに、とんでもないやつだ。……賑やかなのはいいけどさ。


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