双子の姉弟
エフォールと共に街はずれの方に向かうと、彼の身に纏わりつく黒い霧がより一層濃くなっていくのがわかった。見ているだけで気分が悪い、まるで胃を直接鷲掴みにでもされてるような感覚だ。
それに、全身真っ黒の――辛うじて人型を形成しているその顔面が口角を吊り上げ、目を弓なりに細めて笑う様はひどく不気味で、人間が持つ“裏の顔”ってやつをまざまざと見せつけられているようだった。
「リーヴェさん、顔色が悪いですけど、大丈夫ですか……? もしかして寝不足なんじゃ……」
「いや、大丈夫。心配するな。……それよりお前、姉ちゃんとの関係ってどうなんだ?」
駆ける足は止めずに、エフォールが心配そうに声をかけてくる。こいつ
さりげなく姉弟の関係を探ろうとしたけど、どうやらわりとデカめの地雷を踏んだらしい。姉ちゃんのことを聞くなり、エフォールの心配そうな表情は暗く陰ってしまった。
「……姉さんとは、あまり上手くいっているとは……思いません。でも、僕は姉さんのことが好きです、小さい頃はいつも一緒で、仲が良くて……」
「うん」
「リーヴェさんも、その……言葉は悪いですけど、そう、なんですよね? やっぱり他の才能の人を疎ましく思ったり……しますか?」
「はは、そんなところに気を遣うなよ。そう、オレも無能。……まあ、そりゃ昔は他の連中が羨ましくて羨ましくて仕方なかったよ」
“無能”って言うのさえ申し訳ないのか、こいつは。この世界ではそれが当たり前なんだから気にしなくていいのに、そんな部分に気ィ遣ってもらったのなんて初めてだよオレは。
それは置いといて、こう聞いてくるってことはやっぱり才能の問題で姉弟の関係に溝ができてるのか。そりゃあな、自分は無能なのに後から生まれた弟が天才でした、なんてなったら知らず知らずのうちに妬んじまうのもわかる気はする。それがどれだけいい弟でも。
「……けど、オレの場合は環境がよかったから。できないことの方が多くても、オレにちゃんと役割を与えてくれる人がいたからあんまりヒネくれずに済んだんだ」
「役割……」
「お前の姉ちゃんだって、誰かに必要とされる喜びを知ったら色々変わると思うんだけどなぁ」
オレにはミトラや孤児たちがいたし、ヴァージャにも会えた。ティラの裏の顔を知った時は死にたくなったけど、誰かに必要とされるってのは言葉にならないくらい嬉しいもんだ。
なんて話しながら更に進んでいくと、街の西門が見えてくる。その傍には一人の女性が倒れ込んでいた。色素の薄い長い髪は、エフォールのものとほとんど瓜二つだ。それに――例の黒い霧は彼女から放出されている。間違いなく、彼女がエフォールの姉だろう。
「姉さん!」
地面の上に力なく倒れ込んでいる姉の姿を見つけるや否や、エフォールは悲鳴に近い声を上げてその傍まで駆け寄った。無事に見つかったことに安堵したのも束の間、近付くにつれて見えてくる彼女の状態に眉根が寄る。
「姉さん、姉さん! 誰がこんな……!」
エフォールが彼女の身を抱き起こすと、ようやく状況がわかった。
いったい誰の仕業か、エフォールの姉ちゃんは胸部を叩き斬られて出血していた。地面には彼女の身から流れ出た血が広がり、その土の色を暗い色へと変えている。隣に屈んで傷の様子を窺ってみるけど、魔物にやられたものではなさそうだった。これは剣傷だ。それも、まだそんなに時間が経ってない。
幸いにも息はあるようだけど、顔色が悪いし呼吸も荒い。出血も多いし、病院に駆け込むにしてもこのままじゃ……。
「……なあ、エフォール。オレがこれからやること、誰にも言わないでくれるか?」
「えっ? え、ええ……」
あんまりホイホイ使うものじゃないのはわかってるんだけど、このままだとこの姉ちゃん出血多量で死んじまう。ただでさえ持病があって病弱な方だろうに。エフォールは気遣いのできる子だから大丈夫……だよな。
戸惑いがちに頷くエフォールの様子を確認してから、姉ちゃんの胸部に片手を翳す。あくまでも身体には触れないように。治療にかこつけてセクハラなんて冗談じゃない、神さまの力をそんな疚しいことに使えるかってんだ。
フィリアの時はどうやったっけ、無我夢中だったからほとんど覚えてないけど、こうやって手を翳して……。
「わ、わ……っ!?」
「(……よかった、この分なら間に合いそうだ。けど、出血が多いから念のため病院に運んで……ん?)」
程なくして、あの時みたいに力強い光があふれ出したかと思いきや、肌に刻まれていた痛々しい傷が塞がっていく。血が足りていないらしく顔色の悪さは一向に改善されないから、一応病院に連れて行った方がいいだろう。
そんな時、それまでぐったりとして目を閉じていたエフォールの姉ちゃんが静かに目を開けた。その顔を見て何となくわかったけど、この姉弟って双子だな。顔がそっくり……どころか、まさに瓜二つだ。
その姉ちゃんがこちらを見た途端、ふと目を細めて不気味に笑ったように見えた。背筋が冷えるようなゾッとした感覚が全身を駆け巡った矢先――
「……へえ、ティラの情報通りじゃねえか。お手柄だぜ、女」
「――!」
まったく予想だにしない方向から――門の陰から、できれば会いたくないやつが顔を出した。聞き覚えのあるこの声は、間違いない。……マックの野郎だ。
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