ボルデの街の領地戦争

 ボルデの街に戻ると、中央広場の方が少しばかり騒がしかった。街の住民たちも誰も彼もがそちらに集まって何かを眺めている。この雰囲気には覚えがある、きっとまたそうだろう。



「なんでしょう? 領地戦争でしょうか?」

「だろうな、街の人たちがあんなに釘付けになる騒ぎっていうとそれくらいしか思いつかないし……」



 そういえば、ウラノスの統治権はディパートの街までで、この辺りはもう彼らの管轄を離れている。ここらはどんなクランが統治権を持ってるんだろうな、オレは今までスターブルを離れることがなかったから、あの辺りを出たらその他の情報についてはさっぱりだ。


 この辺りの統治権を持っているクランの確認の意味も含めて人だかりの方に足を向けると、輪の中心にいたのはまだ年若い子供たちだった。十代半ばかその辺だろう、中にはフィリアと同い年くらいのやつだっている。その姿はいずれもボロボロで、つい今し方まで戦闘中だったのがよくわかった。


 対するクランは、いずれも二十代ほどで結成されたごく普通のクランのようだ。驚いたのは、勝っただろう彼らの身なりが子供たちと同じようにボロボロだったこと。負けたとは言え、子供だけで結成されたクランは彼らにかなりの打撃を与えたようだった。



「ちくしょうっ! あと一歩だったのに!」

「……驚いた、子供だからと侮れないな。素晴らしい経験をさせてもらった、次の挑戦を楽しみにしているよ」



 すると、負けた子供たちのクランの――恐らくリーダーを務めているだろう少年が、文字通り悔しそうに石畳の地面を叩いて項垂れた。全身から悔しさが滲み出ていて、ああ若いなぁ、なんて場違いな感想が浮かんでくる。


 勝った方のクランの先頭に立っていた青年は、そんな少年の前に片膝をついて屈むと小さなその頭をポンと撫でつけた。その仕種こそ子供をあやすようなものだったが、相手が子供たちばかりでも馬鹿にしないし、勝ったからと天狗になるわけでもないし、いいやつだな。



「なんだか、素敵ですね」

「ああ、領地戦争って結構ドロドロになることもあるみたいだから、こういうの見ると安心するよ」



 領地戦争は、文字通りその領地を支配する権利を賭けて戦うことだ。当然、プライドだの何だのの勝負にもなるから、才能のあるやつこそ何が何でも勝ちたがるし、絶対に負けたくないとも思ってる。だから、勝敗が決まった時は罵詈雑言が飛ぶことだって珍しくないんだ。


 こんなふうに相手の実力を認めて次に期待する、みたいな雰囲気、いいよなぁ。周りの野次馬たちも同じように感じていたらしく、程なくしてどこからか拍手が上がり、それらは瞬く間に周囲に広がる。辺りは両クランの健闘を称える拍手に包まれた。



「……あの少年……」

「ん? どれ?」



 フィリアと一緒になってしみじみと感動していると、ふと傍らにいたヴァージャがぼそりと呟いた。その視線を追ってみても、どの少年のことを言っているのかはわからない。少年だけで五人はいる。ヴァージャがどの“少年”のことを言ってるのか、当てろって方が無理な話だ。


 そうこうしているうちに相手のクランの面々は踵を返し、悠々とその場を去っていった。どうやら、この辺りの統治クランもウラノスの連中みたいに気のいいやつらみたいだな。


 けど、負けた方はそうもいかないみたいで。領地戦争も終わり、人々が散り散りになり始めた頃、再び先ほどの少年が叫んだ。



「ちくしょう! ちくしょうっ!!」

「ネロ、また次があるじゃない……そう怒らないで……」

「うるさい! おれたちのクランに黒星はひとつもいらないんだ! おい、フォル! お前、天才ゲニーのくせにみっともない戦いしやがって!!」



 近くにいた少女に“ネロ”と呼ばれたリーダーらしき少年は、何度も地面を拳で殴りつけながらそう激昂した。無茶苦茶なこと言ってるなぁ、どんなクランだって負ける時はあるさ。それも含めて子供ってやつなんだろうけど。


 それにしても……天才か。フォルって言われたのは……金色の髪の少年だった。少しばかり気弱そうな。歳は……十五か、十六くらいか。天才って何をやらせても完璧って聞いたから今まであんまり深く考えたことなかったけど、負けたら負けたであんなふうに言われるなんて、キツいものだな。


 なんて思ってると、彼らの方はどんどんヒートアップの一途を辿る。ネロというリーダーの少年は天才の彼の肩を強い力で押した。まるで出て行けと追い出すみたいに。



「お前が天才だって聞いたから仲良くしてやったのに! もういい、お前みたいなエセ天才はさっさと出てけ! お前はクビだっ!!」



 そうして、そんな怒声を張り上げた。見ればネロの周りにいるクランの面々も、天才の彼を非難するように見つめている。すると、フォル――と呼ばれていた彼は、踵を返して走り去ってしまった。……そりゃそうだよな、天才は天才で大変なんだ。



「リーヴェさん、ヴァージャさん! 今の聞きましたか!? 行きましょう!」

「ああ、あんなの見たら放っておけないな」

「はいっ! いらないって言うなら私たちのクランにお迎えしましょう! 天才ですもの!」



 そっちかよ。フィリアって思ってた以上にたくましいというか、ちゃっかりしてると言うか……。



「急ぐぞ、リーヴェ」



 ――あんたもかよ。いや、ヴァージャの場合はちょっと違うのか……? さっき呟いた“あの少年”って、もしかしてあの天才の坊やを見てたとか?


 聞きたかったけど、どうやらそんな暇もないらしい。こっちの返事なんか待つ気もないらしいヴァージャとフィリアが駆けていくのを見て、オレもその後を追うことにした。

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