パルマコン

spin

メッセージ

 朝が来た。悪い夢を見ていた気がするが、覚えていない。五月四日の土曜日。外は明るい。時間は六時五一分。康弘やすひろはスマホのWi-Fiをオンにした。渚からLINEが来ていた。一気に眠気が吹き飛んだ。康弘は貪るようにLINEアプリを開いた。

「もう楽しく飲める気がしないからしばらくLINEして来ないでほしい」

 そのメッセージは康弘の希望を打ち砕いた。康弘は枕に顔を埋め、嗚咽を押し殺した。

(まさか、こんなことに……。たったあれだけで)

 渚と過ごした時間が月のように遠くに離れた気がした。


 外は日が落ちかけていた。康弘は朝からずっとベッドで横になっていた。何かをやる気力が湧かなかった。上の部屋の子どもの足音が聞こえ、隣の部屋からは夫婦の言い争う声が聞こえていた。そうした日常のノイズが、昇っては沈む太陽が康弘が陥った深い絶望の傍らを通り過ぎた。

 日が暮れた今、康弘は空腹を放置できなかった。そこで、今日初めて康弘は起き上がり、服を着て、外に出た。

 自転車に乗って、一キロくらい離れたスーパーに行くと、弁当を購入した。スーパーでの買い物一つが苦痛で仕方なかった。歩くこと、商品を選ぶこと、レジで支払うこと、その一つ一つに意志の力を要した。

 自転車を漕いで帰路に着いているときも、重い絶望に押しつぶされそうだった。そんなとき、大きな交差点に差し掛かった。信号は黄から赤に変わった。右折車が見えた。しかし、康弘はペダルを漕ぎ続けた。けたたましい車のクラクションが耳をつんざいた。それこそが康弘の絶望に呼応する音だった。

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