ピーチ❤️レジェンド

山本レイチェル

太郎ちゃんと自分

「はい。はい。ありありで……はい。ご…ゴスロリ太郎ちゃんでお願いします…」



 ついに、電話をしてしまった。

 

 気持ちばかりのボーナスが入り、特にローン等もないが、かといって欲しい物もない…自分の枯れ果てた物欲に呆れつつ、代わりに溢れるほどのある欲望を満たすことにした。


 くそバズりたい。


 何でも良いから、バズりたい。うっは通知とまんねェ!ってツイートしたい。


 そう、バズりたい欲求が半端ない。自分は特に人にアピールできることなど無いくせに、何故だか無性にバスりたい。……なので、前々からほんの少しだけ気になっていた『男の娘風俗』の体験ルポをネットにぶち上げて、どのくらいの反応がもらえるのかを試すことにした。今回選んだお店は、男の娘デリヘルのピーチ・レジェンドさんだ。理由は嬢の写真がアップされていたのと、その中で超絶好みの娘がいたからである。

 それが、さっき電話で指名したゴスロリ太郎ちゃんだ。


 と言っても、自分。実は風俗自体初めてのご利用なので、とても緊張する。緊張しながらもできるだけこ綺麗な格好をして、指定のホテルへと向かった。




 体験ルポと言っても、嬢にネット記事にしたい旨を伝え、了承を得た上でインタビューをして、記事になりそうな話を聞き出すのが今日の予定だ。もしかしたら、ちょっとハプニングがあって、色々な展開があるかもしれないが、まずはインタビューがメイン。大丈夫。怖くない。新しい扉は今日はきっと開かない。でもどうしよう……写真は超絶好みの可愛い女の子そのものだったけど、全然似ても似つかない、ただの男とか来たらすごく困るな……今の時代、写真ってどうにでも加工できるしな……いやいや、そんな時はあれだ!チェンジ!だ。うん。大丈夫。そう言い聞かせてホテルの部屋で待ち続けると、扉をノックする音が響いた。


来た!


 動悸が酷くてちょっと具合悪くなりながらも扉を開くと、そこには豪華なレースとフリルをあしらった真っ黒なドレスを着た、お兄さんが立っていた。顔は悪くもないが取り立てて綺麗でもない。フツーの兄ちゃんがドレスを着ただけの格好だった。女装をするにしても雑すぎる。


「チェンジで」


 脊髄反射でお帰りいただいてしまった。いや待て、これはこれで美味しいのでは?しかし、バズりたい欲求を性欲が凌駕していたことを、自分の優秀な脊髄は正確に判断したようだ。どうせならかわい子ちゃんにお話を伺ったり、あわよくばあんな事やこんな事だってしてみたい。


 しかしチェンジはかなりの博打だとネットの記事に書いてあった。もしかしたら2人め次第で今日はキャンセルしてしまうかもしれない。まあ、これも経験か…そう思い、店に電話をし直す。


「もしもし? すみません。あのですね、ゴスロリ太郎ちゃん、写真と見た目がかなり違ってまして……ええ、すみません。チェンジでお願いします。あーはい……指名はできないんですよね…できればもうちょっと見た目が女の子っぽいのをお願いします。はい。お待ちしてます。失礼しますー」


 さっきのゴスロリお兄さんをチェンジしたことで少し肩の力が抜けた。読み耽ったネット記事だと、本当に見た目は可愛い女の子とばかり書いていたのに…大失敗だ。今度こそ女の子っぽくて、できれば可愛い子に来てほしい!!

 少しして、改めてドアがノックされた。


「早っ?!」


 思わず独り言が出てくるくらいの速さだった。事務所?が近いんだろうか。ドアを開けた瞬間、目を疑った。そこには、肩までまっすぐに伸びた艶やかな黒髪と、潤んだ瞳が印象的な美少女が立っていた。店の制服だろうか、この娘も豪華なフリルとレースの黒いドレスを着ていて、それが一層腰の細さを際立たせていた。さっきのゴスロリ兄貴と打って変わって、自分が思い描いていた理想の男の娘だった。

 再び暴れ出す心臓が飛び出しそうで、それを手で抑えつけ、チェンジでやってきた奇跡の天使を部屋に招き入れた。


「あの……名前聞いても良いかな?」

「ぼくの名前? ……キスしてくれたら教えてあげる」

 彼は潤んだ瞳を細め、いたずらっぽく微笑み耳元で囁いた。近寄った瞬間、甘い香りに包まれて、それでもう虜になってしまった。

 

 なんだよ僕っ娘かよ!良いなぁ、おい。それにしても、いきなりキスですか?良いんですか?こっちはオッケーです。男の娘風俗最高。待ち時間に念のためと歯磨きをしておいてよかった。


「あの…じゃあ…よろし…」

 挨拶を言い終わらないうちに口を、柔らかい唇で塞がれた。


 暫くお互いの口の中を舌で探り合い、湿った音を立てて唇を離すと、彼はニヤリと口角を上げて言った。


「ゴスロリ太郎でーーーーっす!よろしくね!」


 目の前の可憐な天使は、さっきチェンジしたはずのお兄さんにじわじわと変容していった。




 


「はい、ではインタビューおねがいしまーす」


「うむ」

「太郎さんは何で男の娘デリヘルなんてやってるんですかー?」

「欲望に塗れた人間を効率よく捕まえるためだな」


 目の前のゴスロリ太郎は、黒いフリフリのドレスを着たおっさんに変貌していた。得体の知れない化け物に遭遇したわけだが、心の中では恐怖よりも好奇心とバズりたい欲求が再び膨らんでいた。結局手を出してしまった形になりシステム上チェンジできないそうなので、せめて当初の目的であるインタビューを果たすことにしたのだった。


「若い男の姿になれるなら女相手の水商売とかじゃダメなんですか?さっきは結構イケメン風だったじゃないっすか」

「女は難しい。ぼく調べでは、不幸になってコロッと死ぬのは男の方が多い。女は不幸なりにしぶとく生きる」

「で、不幸にして死んだ人間の…」

「そう!ぼくは魂を集めているdemonだ。和風に言い直すと鬼だわな。ドゥワハハは」

「ドゥワハハは……って何すか?笑いどころわかんないんだけど…でもなんで、わざわざ不幸にしてから死んだ魂を集めてるんスか?幸せに死ぬ方がいっぱいひっかかりそうなんだけど…」


 太郎は急に真顔になり、こちらの顔を覗き込んだ。

「貴様、屠殺場をみたことがあるか?」

「いや…」

「殺す前にストレスを与えられた肉はまずい。だから、牛や豚は屠殺前に暖かいシャワーでストレスを緩和する……」

「じゃあ、尚更じゃん」

「まあ、最後まできけ。ぼくは鬼。食の好みは人間と違う。絶望と不幸にまみれたストレスマックスの魂が好みである。ドゥ…ブゎhahahahaha」


 いまいち笑い方が慣れない。しかも顔を覗き込んだまま、至近距離で爆笑されているので、かなり気分が悪い。


「ふふん。気は済んだか?さて、貴様が死にたくなるくらいの不幸な目に合わせてやろうかな……」


 恐ろしいことを気軽な口調で話し、ゴスロリ太郎は立ち上がった。


 軽く身長は180センチ……いや190センチ以上あるかもしれない。


 これはやばい。大変な目に遭わされる。好奇心から奴が変貌したあの時、逃げ出さなかった自分を呪う。


 考えろ、自分。生きるために……


 軽い気持ちでトライしてみた風俗初体験が、かなりヤバめの化け物と出くわす羽目になるなんて……。


「えー……っとぉ……まだ時間あるから、もう少し話聞かせてよ」


「まだ聞き足りないのか?早くしろ、そして早く死ね」


「うはぁ…せっかちさんだなぁ……

あのさ、自分がわざわざ『ありあり』の男の娘を指名してることで想像つかない?」


「なんだ?さっき見た目が男っぽすぎるからってチェンジしたであろう?ご要望に答えて、貴様の好みの真逆の、ごりっごりのおっさんの姿で貴様を不幸のどん底に叩き落としてやろうぞブフフ」


「チェンジなんて気分だよ気分。逆とかほんと、ご褒美なんだよ。こんなゴリゴリのおっさんとやれるなんて、まじで幸せでお肉おいしくなっちゃうわ」


「ん?ご褒美?それは心外だな。おい貴様、一体何が怖いんだ?」


「自分はネット記事がバズるのが怖い…あれは怖すぎて死ぬかもしれない」


「何だそれは?」






 太郎は今、たまに現れてはこちらのTwitterとインスタにネタを提供してくる。しかしいまだにバズる気配はない。ちなみに彼のネタでちょっとだけ腑に落ちたのは

【demonは木の股から生まれる。我はdemon、桃の木の股から生まれた。だから桃太郎と言っても差し支えはない】だ。

 なるほど。だから「ピーチ・レジェンド」なのか……どうでも良いけど……。

 例によって変な笑い方で爆笑しながら言ってきたが、聞いてるこちらとしては笑いどころは全くわからなかった。



 自分が死ぬのはまだ先のようだ。







 

 

 

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