477話 界繋解決その7

「───ぐ、げほッ!」


 メール=ブラウは意識を取り戻した。


 ここがどこか、今どうなっているかも分からず、ただ失血の寒気を振り払おうともがく。手が固い床に触れて、それで思い出した。


 ───ここは機神ミオトの体内、その中心部。《指揮者》ガムラス・ガグス・ギルフォルトが収容されていたコクピット部だ。


 《無視》のンバスクに頸動脈を斬り裂かれ、悶え倒れて意識を失っていたのだろう。そのまま死ななかったのは奇跡だ。だからといって別に、目覚めても死ぬことに変わりはないのだが。


 メール=ブラウの《信業》では、この傷を治せない。彼の肉体治癒性能はそこまで高くはないのだ。ましてや、ロジェスほどではないにせよ、ンバスクが直々に治らないよう施した一撃。それをどうこうする力量差は、メール=ブラウにはない。


 彼はどこまで行っても、鎖いじりが得意な男でしかない。


 《鎖》のメール=ブラウ、なのだから。


「……あ゛ァ」


 どくどくと溢れる血に、また意識が遠くなる。今度という今度は、目覚めることはないだろう。さっき見ていた不愉快な夢───あれは走馬燈だったのだ。死にゆく間際、過去を圧縮して追体験することで助かる道を模索する脳機能。


 全く、あれがなければ機神の瓦礫に押し潰されて、それ以上苦しむことなく楽に逝けただろうに。


 どうして戦っているのか思い出して、まだやれることはあるだろうと目を覚ましてしまえば、立ち止まっている方が馬鹿じゃないか。


「ぐ、そ……あの野郎のせいだ」


 ユヴォーシュを呪う。彼が余計な誘いをかけなければ、こうして死ぬことはなかった。こんなに苦しむことはなかった。無駄に頑張ったりせず、つまらない仕事を淡々と熟すばかりで、その合間に自傷的な自慰行為に耽るだけだった。


 ああ、それはなんて───




「ぐ、お、……お!」


 メール=ブラウは歯を食いしばり、震える足を無理矢理に立ち上がらせる。肉体に力が入らないなら、強引にでも引っ張って操り人形にすればよい。もとより筋肉がやっていることを、外から鎖で代行するだけ、何も違いはない。


 首筋に大きな傷跡があるというのなら、塞いでしまえばいい。傷の部分を鎖に変換すれば、それはもう傷ではない。ひとたび肉体を鎖に置換したとして、《、どうせ死ぬのなら今死ぬか少し先で死ぬかの違いでしかない。


 そこまでして立ち上がる理由を、メール=ブラウは既に得ていた。


 だから死んでも───立ち止まらない。


 急げ、急げ。


「逃がさねえぞンバスク……!」


 瀕死の聖究騎士は、己の肉体の大部分を鎖と置き換え、蛇か何かのように這い進む。こうすればどれほど細い隙間でも潜り込める。彼がンバスクに先んじられたのは、このためだ。


 後のことなど何一つ考えず、がむしゃらに突き進む。


 初めてできた友ユヴォーシュのために。

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