476話 界繋解決その6
「───はッ」
鼻で笑う。そのまま、言葉を途切れさせずに、
「なァにが『手ェ貸せよ』だ、馬鹿じゃねえのか。俺とテメェは友達でも何でもない、ただの敵同士だろうが。ちょっと
「ありゃ」
ユヴォーシュの当惑が心地いい。まさか断られると思っていなかったのか。つくづく度し難い馬鹿だ。こうして卓を囲んでいることそれそのものが危うい均衡の上に成り立つ奇跡だと、一度どこかで痛い目を見ないと覚えないらしい。まあ、コイツが明日明後日にでも信庁に喧嘩を売るというのなら慌てて今ここでで捕縛するのもつまらないから、この場は見逃してやってもいいが。
その前に確認したいことがある。
「ディレヒトの野郎に突き出されたくなけりゃ、一つ聞かせろよ。テメェは俺を、厄介な難敵だから引き入れようとしたのか? それとも配下にすれば使えそうだから声をかけてきたのか?」
返答次第ではこの場で殺すことも候補に入るような、ある意味で必死な問いかけ。メール=ブラウのそれに、しかしユヴォーシュはあっけらかんと、あっさりと、
「どっちでもねえよ。ただ、誘えば来るかなと思ったんだ」
学友に声をかけた理由を語るみたいな気軽さで、そう答えた。
それが、限界だった。
「───っふ」
アレヤの肉体で、メール=ブラウは腹を抱えて笑い出す。もはや夜遅く、ユヴォーシュが人目を惹かないよう忍び込んでいることや、単純な近所迷惑、そういったアレコレは頭にはない。ただただ、可笑しかった。
メール=ブラウには、これほど晴れ晴れとした笑い声をあげた記憶などなかった。子供の時分からこんな気兼ねなく笑ったことなどないのではないかという経歴の彼である、ともすれば生まれて初めての笑顔かもしれない。
ひとしきり笑って、笑って、大笑いして、笑い過ぎて出てきた涙を指で拭って、
「……帰れ。今夜の話は、今の笑いに免じてなかったことにしてやる。俺につまらねえ仕事をさせるな」
何か言いたげなユヴォーシュを気迫だけで制して、その場はお開きとなった。メール=ブラウの頭に『ディレヒトに報告しなければ』などという考えは欠片たりとも浮かばず、ひとり、アレヤ部隊長の家で椅子に座ったまま長いこと黙考する。
彼の戦う理由。過去から求めるもの。ユヴォーシュのかけた言葉。終わる《人界》。神聖騎士としての責務。それら去来するすべてが、彼の脳内で渦巻く。どうすればいいのか、答えを求めて。
───気づいた時、彼はアレヤ・フィーパシェックの肉体を使っていなかった。彼女を縛っていた《信業》はとうに解けて、彼はメール=ブラウだった。
だから答えは、自ずと定まる。
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