454話 想念奔流その9

「《輝きの騎士》たちのなかで、聖究騎士───《神血励起》だけは併用できないんだろ」


 手数の中で繰り出されれば、必然的に《光背》で受けるしかないロジェスの斬撃と、《光背》で受けてしまえば貫かれてしまうであろう《火起葬》を、ディレヒトが同時にぶつけてこない理由が彼にはそれくらいしか思い浮かばなかった。


 それも無理なからぬ話で、いくら聖剣───祭具と言えども、その出力には限度というものが存在して然るべきだ。そういった制約のすべてから自由な存在でないのは、《輝きの騎士》の再現条件……『ディレヒトが知っている神聖騎士に限る』という条項から窺えた。


 そしてそこにも落とし穴がある。あくまでディレヒトが知る神聖騎士のみを再現するから、その枠組みから外れてしまえばそれはもう別人なのだろう。前線都市ディゴールで戦った時のロジェスであれば空間断層を形成してユヴォーシュの退路を断ったはずが、それをしなかったのはから。


 あのロジェスはロジェス、ユヴォーシュと決着をつけるためにやってきた最高のロジェスだったことの何よりの証左。


 それがあんな結末に終わったことを悔やむ気持ちはあれど、今は、


 今は───


「それで全部かよ、ディレヒト・グラフベル」


 間断なく斬りかかられながら、ユヴォーシュはどこ吹く風と聖剣の遣い手を煽っていく。


 と。と。底の底まで曝け出して、全てぶつけるつもりで来い、と。


 彼の瞳にはディレヒトしか映っていなかった。戦火も機神も天龍も視界に入っているはずなのにかなぐり捨てて、と全身全霊で説いている。


 ユヴォーシュが《輝きの騎士》についての発見をわざわざ説明するメリットなどない。気づきが正しければディレヒトはそれを前提として作戦をくみ上げるだけだし、もしも誤っていればそこを衝かれるのは目に見えている。


 それでもなお、そのリスクをとった上で、ユヴォーシュは挑発することを選んだのだ。


「頼むぜ神聖騎士サマよぉ! 《人界》の支配構造がこの程度じゃないって証明しろよ! 俺がビビってたのはこれっぽっちの連中だったってのか! そんなはず───そんなはずないだろ!」


 もっと来い、ありったけで来いと、叫んでいるのだ。


「───いいだろう。そこまで虚仮にされて、黙っているのも神聖騎士の名折れ」


 ディレヒトは聖剣を指揮棒のように振る。それに応じて《輝きの騎士》たちがユヴォーシュから距離を取った。ユヴォーシュが荒い息をついているのは戦いの激しさか、それとも感情の昂りによるものか。定かではないがどちらでも構いはしないとディレヒトは考える。


 どちらであろうと叩き潰すまで。


 ユヴォーシュの見覚えのない《輝きの騎士》が印を結ぶ。魔法陣が展開され、詠唱がそれに続き、朝焼けの聖都が鳴動する───地が揺れている。


 震動はいよいよ立っているのもやっとという強さまで高まり、ついに地が裂ける。いいや違う、裂けたのではなく割れたのだ。卵の殻を突き破るように、彼らの見下ろす広場からがもたげられる。


「……あんだ、そりゃあ」


「《ファディマスの龍》と呼ばれる秘儀だ。人の身で天龍に匹敵する龍体を造形し操る───私の前に神聖騎士筆頭を務めたベルナリオ・ファディマスの《神血励起》さ」


「つまりそれを使ってる間は───」


「逸るなよ。心配せずとも、ベルナリオは《神血励起》なしで《龍》を維持できる。あればもっと強いというだけの差異だ。ならばどうして使わなかったか、問いたげな顔だな」


 やがて広場の割れ目から這い出てきた完成物はなるほど天龍に匹敵するというのもあながち嘘ではなさそうだ。咆哮するそれに引き攣ったような笑顔を浮かべるユヴォーシュに、ディレヒトはあっさりと、


「何が何でもお前を殺すと決めた。そのためならば被害は厭わない」


「───上等ォォ!!」


 獣の如く吼え笑うユヴォーシュ。その吶喊をディレヒトが受け、そこに《ファディマスの龍》が喰いかかる。宣言通りの大破壊が巻き起こる。その破片と一緒に空中を舞うユヴォーシュが哄笑する。これをこそ待っていたのだと、生きている実感はここにあると、そう言わんばかりの喝采。


 その笑いを止めろと、ディレヒトの剣閃がユヴォーシュと激突した。






 ……同刻、信庁本殿の中の一室。


 窓のない小部屋だ。飾り気はないが、床の中央に赤線で描かれた円だけはある。


 円周を九等分した点が、直線で結ばれた図形だ。一点からは必ず二本の直線が伸びているその図は、信庁のシンボルであり、《九界この世界そのもの》を表しているともされている。


 その円が、唐突に

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