239話 神意神殺その4
だからといって何もしないわけにはいかない。メール=ブラウはアレヤ部隊長の意思とは関係なく彼女を操り、彼女を使って俺を動かしニーオにぶつけるつもりなのは言葉の端々から滲み出ている。彼の思う通りに事を運ばせてはならない。そのためにはやはり───アレヤ部隊長を解放しなければならない!
「その鎖冠で操ってんだろ───」
これもロジェスからの情報だが、メール=ブラウの操り人形は見て分かるかたちで鎖で縛られているのだという。多くは鎖冠で、それを破壊されれば支配は解ける。
あからさまな弱点を提示する。そのリスクを受け入れることで、リターン───当人の意思をねじ伏せるほどの強靭な支配を実現できる仕組み。そう言っていた。
「ならそこだけ斬ればッ」
運動性能に全振りした《信業》、躱せようはずもない。頭部を取り囲むように僅かに浮いている鎖冠だけをピンポイントに斬りつける必要があったから、最初から全力だ。
だのに、アレヤ部隊長は身を翻して避けてしまう。必中を確信していた俺は驚愕し、次いで耳が遠くなるほどの怒りに染まる。
一刀を回避しただけのアレヤ部隊長。その両足が朱に染まっている。
「お、前……まさか」
「おいおい、あんまり無茶をさせるなよ。こちとら軍人っつったってただの人間の身体なんだ、避けるのだって一苦労なんだぜ」
「お前いい加減にしろよ、部隊長に何さしてんだよ───」
「斬りつけて避けさせたのはテメェだろ」
「そういうこと言ってんじゃねえッ! お前、無理やり駆動させて、もう彼女の足ズタズタだろ! そんな───」
「そういうことを言ってんだよ。それとももっと分かりやすく子供向けに説明した方がいいか? 彼女を守りたきゃジタバタするな。逆らったら彼女の無事は保証しない、ってよ」
アレヤ部隊長の口を無断借用しての言葉と同時に、彼女の背後に並んでいた兵たちが俺に跳びかかってくる。その動きも《信業遣い》並だが、そんな無茶をさせれば当然負荷がかかるのは彼らの肉体だ。血みどろになりながらのタックルを俺は───
「クッ───ソ!」
《光背》を展開して受け止める。衝撃を殺すにはそれしかない。アルルイヤで鎖冠だけを切除するのは精密な作業が要求され、この数を相手にしながらでは無茶にも程がある。いったんは止めて、その後に処置したいが……どうやらそんな悠長なことも言ってられなそうだ。
《光背》は壁のように強固にぶつけるようにも、柔らかく受け止めるようにも調節が効く。だから何とかなると思ったんだが、どうあれ一定の力で押し返しているのは事実であり。
メール=ブラウに操られた兵はその身の圧壊を厭わずににじり寄ってくる。
一歩、また一歩。全力の《光背》で拒絶せず優しく受け止めようとすれば、必然それは干渉力の弱さを意味するからこうして押し切られる。だからといって彼らが俺に届かないようにすれば、《光背》の斥力と彼ら自身の力で、彼らの身体はぐちゃぐちゃになってしまう。
選ばなければならない、のか。
我を通すために操られるだけの兵士たちを吹き飛ばすのか、彼らの身の安全のためにメール=ブラウの手に落ちることを許容するのか。
「冗談じゃない、そんなのどっちも───」
断じて受け入れられることではない。
そもそも選択肢になっていない。俺が身を委ねたってメール=ブラウは彼らを解放するなんて一言も言っていない。本命のニーオにぶつける兵力として使えるところは余さず使い尽くすのがオチってもんだから、結局これは俺の手で兵士を殺させるかどこか別の場所で死ぬか、そういう話。
───俺は、殺さずに済ませられるならそうしたいんだ。
自惚れじゃないが、俺は《信業遣い》になってかなり強くなった。好き勝手できるようになった。その力で、殺すか殺さないか選べるようになったと言っていい。
そんな俺でも、大魔王マイゼスは殺さずに止めることが難しい相手だった。あれほど強大な存在が、互いの自由をかけて命のやり取りを望んで挑みかかってくれば真っ向からぶつかるしかない。彼と俺たちは、命を奪う決意と同時に、自分が命を落とす覚悟をしていた───と思う。あれは一種、彼の自由だった。
でもこれは違うだろう。
こんな縛り上げられて、意思を尊重せずに戦わされて、それで死ぬのは違う。
───だから。
俺の中に燃える、この想いを吐き出そう。
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