231話 大罪戦争その13

 当の二人、バスティとヒウィラは未だ神聖騎士の虜囚だった。


 《年輪》のヴェネロン一派は神聖騎士を裏切ったらしい。彼らを捕らえるためにやってきた別の神聖騎士たちを、ヴェネロンは容赦なく切り捨てていく。ヒウィラは途中、戦闘のどさくさに紛れて逃走を図ろうかとも思ったがそれも厳しいと判断せざるを得なかった。


 ほんの短い戦闘だけを見ても分かる。ヴェネロン・バルデラックスとやらは超人だ。───間違いなく魔王相当者。


 シンプルな剣のみを武装とするところはロジェスと似ている。その練度は高すぎて、剣を齧った程度のヒウィラでは底など見通せようはずもない。おそらく同格であろうと推察するのが精いっぱいだ。


 あのロジェス・ナルミエ、《割断》のロジェス───大魔王を斬った男と比較しても遜色ない。


 そしてヴェネロン以外にも神聖騎士はいて、彼らは二人を囲って逃がさないように動いている。戦闘はすべてヴェネロンが直々に行っているから彼らは彼らの仕事に専念できるらしく、そこがまたヒウィラの頭を悩ませていた。


「……ヒウィラ。キミが何を考えているか、だいたい想像はつくけどね」


 バスティが小さく呟く。繋ぐ手をゆるく握られる。


「今はいい。彼らが何を企んでいるのか、興味がある」


「貴方はまたそんなッ……この状況が分かっていないのですか」


「分かっているとも、だから気になるんじゃないか。《人界》の守護者たる神聖騎士が、同じ神聖騎士に歯向かって何をするっていうんだ?」


「それを知る頃には私たちは───いいえ! 言わせてもらいますが、私は! 八つ裂きにされているかもしれないんですよ!」


 自分の出自、存在すらあやふやな記憶喪失のバスティと違い、ヒウィラは明確に魔族である。《人界》にあって赦されざる存在、生かされる道理は本来どこにもないのを自覚しているから切迫度合いは段違いだ。一刻も早くユヴォーシュと合流したい、こんな同士討ちの現場に帯同したくないと考えるのは当然と言えよう。


 そしてだからこそ、ヒウィラには逆にバスティの渇望が理解できない。彼女はこの事態に可能性を見出している。《人界》最大の激動の渦中であれば、小神シナンシスも関わる大事件に首を突っ込んでいれば、ともすれば自分のことが何か分かるのではないかと、それもまた当然の発想。


 求めるものは噛み合わない。だから方針は真っ向から対立し、二人は移動中なのも忘れて睨み合う。


「あー……お嬢さん方。言い争いしているところ悪いが、決定権はこちらにあるとお忘れなきよう」


 気まずそうに声をかけてくるヴェネロンは、しかしまたしても神聖騎士を斬って戻って来たところだ。返り血も浴びないままに、もう何人目か数える気も起きない。


 バスティと言い争っていても仕方ないと、ヒウィラは噛みつく相手を変える。


「そう言うのならばしっかりと決定してほしいものですね。先ほどから彷徨っているようにしか思えないのですが」


「歩き疲れたかな? もうそろそろの筈だ、あと少し我慢してくれ」


 彼女が指摘する通り、一行を率いるヴェネロンは迷っているようにしか見えない。無作為に動き回り、捕らえようと襲い来る神聖騎士を返り討ちにして回っている。それがいつまでも続くものか。向かってくるのがヒウィラでも何とかなりそうなただの神聖騎士だからいいものの、早晩やってくるはずだ───聖究騎士魔王相当者が。


 そうなればあしらうという訳にはいかなくなる。ヴェネロンの強さは伺えるが勝ち続けられるほどには思えない。いずれ負けて倒れる。それがヒウィラの終わりにもなる。


 そうなるまえに事態を打開しなければならない。だが───


「お、いた居た。よお爺さん、随分と満喫してるみたいだな?」


 彼女の目算を越えて、事態は勝手に動き回っていく。

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