230話 大罪戦争その12

「ユヴォーシュさん! 目が覚めたんですね」


「君は……ウィーエ、どうして君が……。此処はどこだ……?」


 目が覚めた俺は困惑しきり。全く見覚えのない(どうやら女性のものらしい)部屋にいて、俺を診ているのがウィーエという状況を呑み込めない。ここはまだ聖都なのか、あれからどれくらい経過した?


 俺はンバスクに斬られて───


 慌てて身体を確かめる。服には切り裂かれた痕も出血の名残もあるが、それだけだ。身体のどこにも傷は残っていない。


「ウィーエ、傷は君が……?」


「はい? いえ、私が発見したときにはユヴォーシュさんは無傷そのままでした。特に治療などは……」


「そうか、ありがとう」


 あそこまでやり合ったンバスクが、俺が倒れるとみるや治療して立ち去ったとは考えにくい。かといってンバスクを退け俺を治療して放置するような人間に心当たりもなく、俺はその点について思考するのは無益だと判断した。あまりにも情報が少なすぎるし、今考えることじゃない。


「それでウィーエ、ここは?」


「ここは祈祷神官用の宿舎の一室です。私の一族カストラスの子が使っているところを借りて、貴方を保護しました」


「今はいつだ、空の異変からどのくらい経った」


「発生から収束までの間に時鐘も鳴っていません。まあ、今はそれどころではないでしょうけど」


「それはあの空の異変のせいか?」


「だけではありません。あれを発端に、神聖騎士同士で争っているようです。聖究騎士たる《鎖》のメール=ブラウと元聖究騎士の《年輪》のヴェネロンの交戦に始まり、市街地でも複数の戦闘が確認されています。貴方を回収したのも、そういう内乱の一環かと様子を見に行ったら倒れていたという流れでして」


「神聖騎士が同士討ち……?」


 何でそんなことになってんだ。空の異変によって魔族───《翼禍》が攻め込んできて、聞く限りどうやらそれは収束したらしい。それを引き起こしたのは《角妖》の男で、それを追おうとしたところをンバスクに呼び止められて戦いはしたが、そこに神聖騎士の内乱という話が加わるといよいよ意味不明になる。


 《鎖》のメール=ブラウとは、以前そいつの操り人間と対峙したことがある。彼かあるいはそのヴェネロンとかいう元聖究が手引きしてたってのか? どうしてそんなことをする必要がある? 神聖騎士は《人界》を守るはずじゃないのか。


「現在、聖都には戒厳令が発令されています。不許可での外出は禁じられ、従わなければ拘束されたとしても文句は言えない。最も、住民たちは魔族襲来の恐怖で表に出ようとする者はいませんが」


 そりゃあそうだろう。過去百年で類を見ない大混乱だ。彼らが出てきて出来ることなんて何もないし、大人しく戸締りをして屋内で祈っていた方が安全だ。


 さて、そうなると問題は。


 帰る家なんてないこの聖都で、混乱の最中、戒厳令下、バスティとヒウィラは無事なのか。そこに尽きる。


 この際、《角妖》の引き起こした混沌なんざ後回しだ。アイツはそのうちとっちめるが、よく知らない野郎より見知った間柄を優先して何が悪い。誰にも文句は言わせねえぞ。

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