213話 聖都帰郷その9
次にいつ帰れるか分からない。むしろ二度と帰ってこられない可能性もあるので、念入りに掃除をしてやる。
持ち込んだ布で墓碑の汚れをふき取り、床の埃を掃き集めて捨てる。もう何年も来ていなかった割りには綺麗なのは、多分ニーオがやってくれていたんだろう。彼女が父親を亡くして身寄りがなくなったとき、屋敷に引き取って面倒を見ると言い出したのは父さんだ。その時の恩義を忘れない、といつぞや言ってたのを思い出す。
「……情の薄いヤツだな、俺って」
呟きに、ヒウィラもバスティも何か言いたげにしているのは分かっていた。けど今は何も要らない。
生きている頃から隠し事をしていて、死んでも命日にも碌に墓参りに現れず、久しぶりに来たと思ったらこれが最後かも知れないと覚悟している、全く放蕩息子極まれりだ。
「父さんも母さんも、清く正しく生きてたもんな。真反対だ」
征討軍の兵士として勤め、そこで出会って
どうしてそこで間違うのか。悪い冗談にしかならない。
「でもまあ、父さんと母さんの息子は元気でやってるよ。それは保証する。だからまあ……それで許してくれると助かる」
「うんうん。元気いっぱい、自由奔放だよねぇ」
「ええ。私はまだユヴォーシュのことを語れるほど見ていませんが、そこだけは間違いないかと」
「ボクは結構一緒だけど、ホント好き勝手するよユーヴィーは。こっちの身にもなってもらいたいもんだね」
「……期間だけで上に見ているのですか。《魔界》へは連れて行ってもらえなかったと聞きますが」
「言ったなコノ!」
「……やれやれ」
しんみりしていたような気もしたが、錯覚だったらしい。後ろでやいのやいのやられれば、哀愁など吹っ飛んでしまうものだ。
俺は頭を掻きながら、ぶち壊しにされて怒っているポーズをとりながら、その実感謝を抱きながら、振り返って二人の口論を止めようとして、
───強烈な縦揺れに襲われた。
「なッ───」
二人を庇う。幸い揺れは一発大きなそれっきりで、断続的にやってくるということはなさそうだった。覆いかぶさる状態から身を起こすついでに、両脇に彼女らを抱え込む。
「潰れないだろうな、此処……!」
「地震ですか……!?」
「聖都って地震頻発地域だったりするのかい!?」
「ンなわけねえ!」
ここと似たような地下墓所はいくつもある。そもそもが聖都イムマリヤは自然洞窟の多い土地で、それを活用して生きてきた土地だ。こんな地震がしょっちゅう来るようなら、危なっかしくて住めたもんじゃない。
生まれも育ちも聖都の俺が、こんな揺れは初めてだ。対策も何もなされていないとしたら、あちこち大変なことになっているはず。
緊急事態だと断定できてしまうから、俺は《信業》まで使って疾風のように洞窟を走り抜ける。階段を駆け上がり、闇に慣れた瞳で陽光の下に出れば眩むと判断して瞳孔を支配していたのは、全くもって事態を把握できていない証拠だった。
「な、にが」
飛び出した先、まだ太陽が天中に輝いているはずの外は───満天の星が瞬く夜に染め上げられていたのだから。
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