211話 聖都帰郷その7
「頭が痛い……」
「そうかい。俺も鼻が痛いんだ、奇遇だな」
「それは、その……。災難でしたね」
「あ?」
「…………申し訳ありません」
「よし。いいか、二度と飲むな───とまでは言わない。ただ俺のいない間に酒を飲むな」
「はい……」
翌朝。
昨日のヒウィラの世話を俺に全投げしたバスティ───「キミが連れて来たんだからキミが面倒を見るべきだろう。彼女だってそれを望んでるハズだよ」という言葉にはぐうの音も出なかった───は落ち着いて酒を満喫し、未だ穏やかに眠っている。悪い酔い方をして一足先に寝落ちていたヒウィラは、結局一滴も酒を飲めなかった俺とそう変わりない時間に起きてきて、二日酔いに苦しんでいた。
宿の庭で日課の訓練を済ませた俺を羨ましそうな目で見てくる。そんなに痛いか。……仕方ないな。
「こっち来い」
「え? どうしたんですかユヴォーシュ」
「見られたら騒ぎになる。そうでなくても目立ってるんだから、さっさと来い」
「え、あの、説明を……」
もの言いたげなヒウィラの手を引っ張って二階へ。朝早くとはいえ、人気が皆無なわけではない。
バスティがまだ寝ているだろうから、一人で取った俺の部屋。連れ込んだときに誰かに見られたということもなく、状況としては問題なし。
「座んな」
「何なんですか、いったい」
訝しげだが指示には従う彼女。その額に手を翳して、慎重に念じる。ターゲットは酒精の毒のみ、他の客に気づかれないよう一瞬かつ微弱に───
発動した《光背》は音もなく、彼女の体を通り過ぎて消える。ヒウィラは
「ユヴォーシュ、貴方、これは……!」
「頭痛、少しは楽になったろ。使えば《信業遣い》に勘付かれるかもしれないから、やたらめったら使うべきじゃないんだろうがな。これくらいなら構うまい」
起きてからこっち曇りっぱなしだったヒウィラの表情が明るくなる。
「これなら幾らでも飲めますね……! あいたっ」
「言っとくけどな、使うか使わないかは俺の匙加減一つだからな。あんまり自堕落で退廃的なら、俺は見放して使わないから、そのつもりでいるように」
小突かれた額を押さえながら、ヒウィラがニヤリと笑う。
「ふふ、そんなことを言ってまた二日酔いに苦しんでいればきっとどうにかしてくれるのが貴方でしょう。私にはわかっていますよ」
「また小突かれたいか、この」
尾行がついていないかの確認も含めて、朝の市場をぶらつくことにした。だが早々に断念する。人混みに慣れていないヒウィラがたびたびはぐれそうになるから。そりゃ、元お姫様が群衆の中をかき分けて機敏に歩き回るのは難しいよな。
その点バスティは小柄なのもあってか、すいすいと道行く人の間をすり抜けている。何なら目を離した隙にどこかの店で買ってきたと思しき果物をつまんでいたり。……ちゃんと買ってきたものだろうな。
「もう墓参り行くか」
「賛成」
市場を抜け、目指すは大樹。目的地としてこの上なく分かりやすいのがいいところだ。何故って見えているあの樹に向かって歩けばいいから。
たどり着いたそこにそびえているのは、樹齢数百年と言われる巨木。幹は大の大人が何人手を繋げば一周できるのか見当もつかないような太さであり、繁る青々とした葉が作る木陰は濃く、見上げても空が垣間見えることはない。
「ここが……墓所、ですか?」
「いや。……まあ、ある意味ではそうかもな」
この樹も、死者を弔うためのものなのは間違いないから意味合いは近いだろうが、用があるのは厳密にはここじゃない。
下だ。
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