194話 大魔王殺その7
「何故貴様は大魔王になった。マイゼス」
問うのはロジェス。会心の一閃、半ば以上忘我であったところから戻ってきたんだ。
「貴様には憎悪しかなかった。神と憎悪でのみ繋がって、他の縁をすべて切り捨てていたから強くあれた」
「ッッ───」
ヒウィラが息を呑む。俺も振り向いて愕然とした、ロジェスの胸にはいつの間にか大きな切創ができていた。戦闘中、余波が行ったくらいで彼があんな傷を負うとは考えにくいし、俺が割り込んだときには細かな傷くらいしかなかった。あんな重傷を負っていれば見落とすはずがない、彼の着衣は血でべっとりと染まっている。
彼の瞑想の行き着く先。彼は大魔王に鋒を届かせるため、彼の中の論理に従って自傷したんだ。俺の予想を裏付けるように、
「そう、か……。お前は俺と……」
「同じところまでは至ったさ。この馬鹿が猶予を作らなかったせいで、随分と無様で荒っぽいやり口にはなったがな」
「ちょっと待て、その馬鹿ってのは俺のことか。あんたがじっくり考えられたのは俺が時間を稼いだからだって忘れるなよ」
俺とロジェスの言い合い(というか俺の一方的な発言だ。ロジェスはだいたい聞き流していやがる)に、穏やかな笑い声が挟まる。大魔王マイゼスに、笑うなんて感情表現がまだ残っていたとは。
徐々に大魔王の顔から生気が失われていく。瞳が濁り、焦点が合わなくなっていく。呼吸も続いているかいないか、どっちつかずのか細いものばかり。───彼は終わりを迎えつつあった。
頭部に輝いていた光の冠は徐々に砕け、消えつつある。これが完全に消えるのが、王の最期の証明だ。───彼が殺した魔王リーオザスのように、その冠を継ぐものがいなければ、空位となる。
「こんな終わりは想像していなかったが……。これはこれで、悪くはない」
「こんなふうに、死にたかったのかよ」
「ああ……。そうだ……」
もう冠はほとんど見えない。大魔王として《魔界》インスラを統制していた力も失って、俺たちの背後で戦闘状態にあった魔族たちも矛を収めたらしい。戦争そのものだったほんの少し前と比べて、静かなものだ。
彼を送り出すには、きっとその静けさが相応しいんだろう。
「さらば……、自由を手にした者たちよ……。俺の、果て……」
それが、《魔界》インスラを統一し、《魔界》アディケードにすら侵攻せんとした大魔王、マイゼス=インスラの最期の言葉だった。
そうして、彼は、死んだ。
「……行こう。大魔王が死んで、今は魔族たちも混乱してるから逃げられる。西にある安定《経》が近い」
「何故それをお前が知っているんだ、ユヴォーシュ?」
「後で話すさ。いろいろあったんだよ」
話し合う俺たちの傍ら、ヒウィラはそっとマイゼスの亡骸に跪くと彼の開きっぱなしの目をそっと閉じさせた。
瞑目する。彼女なりに思うところがあるんだろうが、そろそろ時間切れだ。
「行こう! 生きるために殺したんだ、ここに留まる訳にはいかない!」
俺の声に合わせたみたいに、ロジェスに斬り落とされた《澱の天道》の斜め上半分が地表に墜落して大きな震動を生んだ。立っているのも厳しいようなうねりの中、俺たちはグオノージェンの造った鳳に飛び乗る。誰も彼も満身創痍だから争うこともなく、人族魔族の区別なしに全員の収容が完了した人造の巨鳥が西に飛び立つその背で、俺は『これが最後の機会かもな』と思いながら口を開く。
「ヒウィラは、アディケードに帰るのか」
「……そうですね。私、帰ってくることは想定されていないと思うのです。これでも嫁入りと言って出てきてしまったから」
「……あー」
そう言えばそうだな。もう何か経緯とかすっかり忘れてた。徹夜でマイゼスによる《魔界》統一紀行とか見せられれば、まあ、そうもなろうさ。
思えばここまで長かった。ずいぶんとアレコレすったもんだがあって、結局
「……じゃあ、ヒウィラはどうしたいんだ?」
「───そうね。どうせどこへ行っても異端なのだから」
彼女は微笑んで手を差し出す。
「案内してくれる、ユヴォーシュ? 貴方が責任を取って頂戴」
「仰せのままに、お姫様」
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