187話 悪嫁攫取その8

「好き勝手、言って───!」


 嚇撃。ヒウィラを中心に世界が赤に染まって、それが飽和した瞬間に轟音と振動に全てが押し流され───そうになるのを、俺の《光背》が真っ向から受け止める。


 反動は激甚。前に伸ばしてつっかえのイメージに活用していた左腕が折れたんじゃないかと錯覚するほどで、血管か筋線維かそこらへんのものがどこかで切れた鋭い痛みが走っている。


 鼻の奥がツンとくる。一瞬で周辺環境が変化しすぎて意識が追いつかないのだ。


 しっかりしろユヴォーシュ、受け止めるって言ったんだから責任もって受け止めなくちゃ口だけ野郎だぞ。そのくらいの甲斐性はあるはずだろう、なあ!


「だいたい貴方は何日も行方を晦ましておきながら、何を偉そうなことを言ってッ」


 また世界が赤に染まる。《光背》がなければ一撃で蒸発しているだろう。そんなおっかない攻撃を連発できるのは激情で抑制がぶっ壊れたのかもしれない。《信業》性能面でも、精神面でも。


 《信業》は意志の力。理性が吹っ飛んだ状態で使えば、俺が魔獣テルレイレンを斬った時みたいに、普段の倍以上の力を発揮できるのは知っていた。とはいえヒウィラの場合、前もって聞いていた説明からしても相性が良すぎたんだろうな。


 ───ヒウィラの《信業》。心象の発露。


 要するに感情の具現です、と彼女は以前語っていた。メール=ブラウと交戦した際の暗い棘は敵意と恐怖のブレンド。今また襲い掛かる赫は、ならば純粋な激情の爆発か。


 もともと姫という立場から対《信業遣い》戦闘の経験も、《信業》行使訓練も積んでいない彼女は、そういう単純で直観的に使いやすい《信業》に落ち着いたらしい。本能的に得た感情に対処できる形の《信業》がその場その場で行使できるから、ある意味臨機応変なのだという。


 とは、言え!


「私がどれだけしがらみにがんじがらめだか分かってないんでしょう! 貴方みたいに自由奔放に生きるなんて許されない、この身分を!」


 一撃一撃がいつぞやの《真龍》の灼熱の息ブレスより重い! しかも一切の区別なく一帯を焼き尽くしているときている。俺はもちろんのこと、ロジェスを始めとした神聖騎士たち、タンタヴィーら魔王軍の精鋭たち、挙句の果てにはヒウィラ自身すら区別なく対象となっているからトんでいるのが分かる。俺が《信業》を解いたら全員蒸発する火力だってのに、そろそろ洒落になんねえぞ!


 もう何度目かも数えていない煌炎。式場どころか髑髏城グンスタリオまで被害が及んでいる───範囲も尋常じゃない。これがもし《人界》で炸裂したらと思うと背筋が凍る。


「貴方なんて嫌い───嫌い───嫌い───大っ嫌い!」


 一言一言ごとに骨を砕くような衝撃が乗っかっている。それを俺は黙って耐える。全部受け止めてやるって言った手前、弱音なんて吐けるかよ。この程度へでもないという顔をして、精一杯強がってこそだろうが。


 ヒウィラも我を忘れてブッ放していたのが、ようやっと底をついたようだ。荒い息をつくばかりで攻撃が飛んでこなくなる。余すところなく吐き出して満足したのか、それとも疲れ果てただけか。どっちでもいい、何も考えず形振り構わずブチ撒けることの爽快感は俺が一番よく知っている。


 だから後は───


「……ユ、ヴォーシュ……、私は……」


「悪いな、すぐに消えてやるワケにはいかないんだ。まだやることが───」


 言いながら俺はヒウィラを抱きかかえて、間に自分を割り込ませて、


 片手斧を魔剣アルルイヤで受け止める。


「───残ってるもんでな!」


 重度の火傷から回復しつつある大魔王マイゼスが、ヒウィラを狙って振り下ろした一撃だ。


 どこまで行っても、がいる限り彼女は自由にはなり得ない。だから───決着をつけようぜ、支配の象徴。


 ───大魔王、マイゼス=インスラよ!

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