177話 髑髏城下その6

 歪んでいるのか体重をかけるたびガタガタ言う椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。記憶閲覧にはそれなりの時間がかかるし、その間は無防備になるから立ちっぱなしは厳しい。いつか、ウィーエが他人の意識に介入したときのことを思い出せば納得だが、完全に身を委ねるのは危険なので、


「これは俺の《信業》、《光背》だ。俺に危害を加えようとすれば反応するし感知するから、記憶を見せてる間に手出しは出来ないぜ」


「そんなことをしてどうなる。今は亡きリーオザス陛下の仇を討ちたいのに、それを台無しにするようなことを俺がするか」


「さいで。それならいいさ」


 薄っすらと《光背》を維持しながらの施術。幸いにして、記憶共有魔術は俺への害意として判定されなかったらしい。こっちとしても色々見聞きしてくる腹積もりでいたから、好都合だ。


「───始めるぞ」


「ああ。やってくれ」


 床に描かれた魔法陣が発光し始める。瞼を下ろしても下から照らされているのが分かる。───その瞬間はすぐにやってきて、俺の意識は肉体から引き離され、不安定《経》に飛び込んだときのように方向感覚を失いながら落ちていく。


 抵抗することはない。魔術がその時に導いてくれるはずで、むしろ抗えばどこに行きつくか危険なくらいだ。身を委ねるとやがてくるのを感じて、俺は意識の瞼を開く。


 ───視界を業火が舐めていく。


 放つ熱も、黒い煙も、何かが焦げる匂いも、何もかもその場にいるかのような臨場感。これが記憶閲覧、これがゴーデリジーのみた景色。


 アコランゼアとゴーデリジーが仕えていた前王、魔王リーオザス・クィシナード=インスラが死ぬときの光景───だろうか。


 見覚えのある街並みと言えるほど、俺はグンスタリオの城下町をまだ見れていない。見慣れていたとしても騒乱の中では、とても同定できないだろう。


 記憶の中に入り込んだ俺は半透明。手近な壁に触れようとすると突き抜けてしまうから干渉は不可能だが、それも道理だろう。俺が干渉してしまえばゴーデリジーの見た記憶と食い違ってしまうから。


 俺の傍らには実体を伴ったゴーデリジーがいる。


「おい、ゴーデリジー。ここはどこで、いつの記憶だ?」


 俺が話しかけても老魔族は返事をせず、血走った目で何か───誰か───を探している。察するにこのゴーデリジーは記憶の中の存在で、俺をここに放り込んだのよりも前なのだろう。虚空に向けて何度か同じ質問をしてみるがやはり返答はない。俺を放り込んだ方のゴーデリジーは魔術行使で忙しいのか? ……仕方ない。


 俺は傍観者に徹してゴーデリジーについていく。彼は煙の向こうに見えていた城───髑髏城とは異なる白で統一された外壁。魔族の美的感覚は分からないが、人族の俺からしても唸りたくなる───へと向かうことにしたようだから。


 齢にしては健脚な彼に付き従って、城まであと僅かというところで、あちらから走って来る青年に見覚えがあった。アコランゼアだ。


「アコランゼア、陛下は、陛下はッ」


「城内に留まられたッ。あの方は、我らが魔王は───俺に、生きよと……」


 走ってきたアコランゼアがくずおれる。こらえ切れなくなった涙がぼたぼたと石畳に落ちてはシミになりもせず消えていく。その肩を支えながら、それとも支えにしながら、ゴーデリジーも言葉にならない呻きを発する。


「何ということだ、何という……! あの鬼子、やはり見逃すべきではなかったッ……!」


 慟哭のゴーデリジーの言葉と同時に、白亜のグンスタリオが内側から爆発した。───このあたりで俺は、どうやら記憶の起点たるゴーデリジーからは離れられないらしいということに気づいていた。彼らの愁嘆場に興味がなく、さっさと城の方へ行こうとして失敗したからだ。お陰で視力を強化して遠景で確認する余計な手間。


 そんな思考は直後に吹き飛ぶ。


 瓦礫の道を踏みしだいて、一人の男が姿を現した。片手剣と手斧を携え、ボロ雑巾のようになった男性を引きずっている。引きずられる男性は頭部に輝く冠、あれは物質的なそれではなく現象のように見える。下半身をぽっかりと喪失して血の河を作り出しているが違う見るべきはそこじゃない彼じゃないどう見ても普通じゃないあれは




 ───いくら《澱の天道》があろうとも、異形の者であろうとも、魔王たちと戦えばいずれはどこかで負けて死ぬだろう、と。


 ───あの鬼子、やはり見逃すべきではなかったッ……!




 その男、後に《魔界》インスラを統一することになるマイゼス。彼には腕が三本あった。


 《信業》で生やしたものではない、あれは生来のものだ。それと分かるのは、なら位置から生えているから。そもそも《信業》で生やすなら一対まるまる増やすはずで、一本だけ片方に生やしていることこそが状況証拠として捉えられる。


 ゴーデリジーの『鬼子』という言葉もそれを裏付ける。三本腕で産まれたマイゼスは、不吉の子として認知されていいたのを示唆している。


 マイゼスは魔王リーオザスを片手で持ち上げる。周囲には他の《信業遣い》たちがいるらしいが、剣と斧を振りかざして警戒している彼には手出しができないらしい。制止されることなくマイゼスがリーオザスの生きているか死んでいるかも分からない身体を抱え、大きく口を開くと、


 その首筋に牙を突き立てた。


 ぶちぶち、バキバキと、皮を破り骨を砕く音が俺のところまで聞こえてきそうだ。彼がかぶりついてリーオザスの息の根を止めてゆくと、光の冠は瞬いて消え───マイゼスの頭部に輝きを取り戻す。


 簒奪者マイゼスによる魔王戴冠───その瞬間だった。

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