174話 髑髏城下その3

 他所様の城の中で剣を抜いたらそれはもう言い訳のきかない狼藉だ。俺は理性で何とか抜剣を我慢する。


 ゆっくりと振り返ると、そこに一人の魔族。種族は分からない。角……角が、額から一対生えている。


「なん、だ」


 考えてみれば今の俺は、偽装のおかげで魔族に見えているはずだ。見咎められてもそう慌てることはない……そう思っていたのに。


「なあ、その……人族、だよな」


 あっさりと看破された。偽装コレ、役立たずなんじゃないのか!?


「何のこと、かな」


「誤魔化さないでくれ。俺は《信業遣い》だ」


 いくら《信業》を使っているとはいえ、偽装の根幹は魔術だ。《信業遣い》がその気になれば貫通して正体を見抜けるのは道理だが、───待てよ、それはそれでおかしいぞ。


「《信業遣い》なら、何をそんな───んだ」


 人族おれが城内を闊歩しているのに気づいたなら、あんなふうにコソコソと声をかけてくるんじゃなく、大声で呼ばわればいい。ここに人族がいるぞ、総員逃がすな、捕まえろ、あるいは殺しても構わん。そんくらいのことを言ってきそうなもんじゃないか。


 それが何だ、まるでそっちが城内に忍び込んだみたいなそのザマは。


「もしかして……《人界》から来た神聖騎士たちの一人……か?」


「いや、ええと……」


 人族が《人界》以外のどこから来るんだってツッコんだら話が拗れそうだからそこはいい。神聖騎士ではない、一緒にするなと言いたいが、ややこしいことに神聖騎士かれらと一緒に来たのまでは事実だからどう説明しようか迷っていると、彼は一人勝手に納得したらしく、


「良かった……。済まないが少し話をしたい、こっちへ」


「どこ連れてく気だ」


「それは今は言えない。ここではマズいんだ」


 半ば力づくで、引きずられるというよりは縋りつかれるイメージで、俺は彼に案内されるまま髑髏城を進む。意識していなかったが、実は俺は上へ上へと向かっていたらしい。彼が案内するのはもっとずっと下、城の地下のようだった。


 ……いつまでも彼、彼では据わりが悪い。


「付いてきてくれ、って言うなら名前くらいは教えてくれよ」


「───そうだな。俺はアコランゼア。亡き王の遺志を継ぐものだ」






 廊下、部屋、の中の隠し扉、を降りてその先の小部屋、からさらに隠し通路───とまあそんな感じで、髑髏城の中を狭しと張り巡らされた道を辿って到着したのはいったい何処だろう。


 途中、《冥窟》───ディゴールの龍製《冥窟》やエリオン真奇坑で感じたを感じる地点もあった。ここが実空間なのか、隠し通路で髑髏城グンスタリオと繋がっている全く別の座標なのか、それとも魔術的異相なのか。


 ……ま、何処でもいいか。


 薄暗い室内には俺とアコランゼア、そして老魔族が一人いるのみだ。


 俺はぐるっと見渡すと、言った。


「───それで、話したいことって何だよ?」


 アコランゼアはこの上なく真剣な表情で、こう言った。


「頼みがある。───《魔界ここ》から、逃げてくれ」


「はぁ!?」

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