140話 遣魔使節その3
───ついに、何事もなく野営の夜は明けた。
《魔界》の朝とは思えない清々しい朝。征討軍も拍子抜けしたのか、どことなく「あれ?」みたいな空気が漂っている。襲撃があるものだと考えて警戒することは良いことだが、決めてかかって肩透かしをくらうと、そのぶん妙に疲れるのだ。
いっそ《人界》よりも穏やかな時間。
それは野営地を発ってからも続き、そして、ついに魔王城がその威容を垣間見せても続いた。
「───あれが」
最初に見えたのは尖塔。地平線いっぱいの草原の先に、にょきにょきと塔が先端から生えてくる。進めばやがて、居館、城壁と順繰りに見えてくる。壮麗と表現するに何ら躊躇いを覚えない、聖都イムマリヤの信庁本殿にある大聖堂と比較しても何ら遜色のない建築美。
征討軍の兵士たちも、城とやらがこれほどのものとは想像だにしていなかったらしい。口を開けば賛辞が漏れ出てしまいそうだから、必死に口を噤んでいる。
魔王軍の案内人を称する、《悪精》の青年。《魔界》に入った俺たちを出迎え、大声を張り上げて俺たちに挨拶をした彼はフィザン・コルメールと名乗った。そのフィザンが意気揚々と解説を始める。
「あれこそが《魔界》最高の建造物。およそ五百年前から聳える、魔王城カカラムに御座います。今のうちに、今のうちにその全容を認めておくことをお勧めします。近づいてからでは、見上げようとすれば首が折れてしまいますから!」
きっと彼があの役に選ばれたのは舌が回るからだな、と思う。それくらい立て板に水、滑らかに喋り続けている。
「かの城から、我らがカヴラウ王朝を統べるのが、偉大なる魔王、光輝にして絶闇、至上至高のお方たるアムラ・ガラーディオ・カヴラウ=アディケード閣下に御座います! かのお方は絢爛、優美、そして苛烈なるお方。どうか皆さまが、かのお方の光輝に浴されますよう、わたくしフィザン、心より願っております……」
つまり、何が言いたいんだ? 俺は王と会うのは初めてだからよく分からん。
俺の横でロジェスがぼそっと、
「自尊心が高すぎるくらい高いから機嫌を害するなよと、そういうことだろう」
と呟いた。なるほど。
あちらから呼んでおいて随分と偉そうなと思いはしたが、《魔界》では王は実際に偉いというから仕方ない。郷に入っては郷に従え、ただしその時までは。その時がいつかはロジェスの一存で決まるが、そういう段取りになっているからここは従っておく。
俺はフィザンの傍まで寄って行って、気になっていることを聞いてみた。
「それで、その魔王アムラのところまでどのくらいかかる?」
「なッ───」
そんな絶句されるほどのことを聞いたか?
「な、な、な……何たる不遜、何たる不敬……! 偉大なるあのお方を、よ、よ、呼び捨てるなど───!」
「な、……んだよ、いいだろ別に、《人界》の神でもないんだから」
そこまで言ったところで、後ろから猛烈な力で引き寄せられる。何だ何だ何事だと振り返れば、蒼い顔をした神聖騎士カーウィンが人差し指を口の前に立てるジェスチャー……黙れって? 何故。
「お願いですからユヴォーシュさん、不用意なこと言わないで下さい! あなたが呼び捨てにした相手は《魔界》における最高位、《人界》でいうところの聖究騎士と小神を兼ねる存在なんですから!」
「え、でも」
見も知らぬ相手を、その役職だけで敬い、尊ぶというのは理に適わない。尊敬とは実際に対面して、相手が尊敬に値する存在だと分かって初めて、内面から滲み出るものであるはずだ。《人界》では程度の差はあれど、皆そういう考えで生きているはず。もしかして、《魔界》ではそうではないのか?
「そうではないんです、って会議でメチャクチャ話してたでしょう! ああもう、いいから今は謝罪してあとは任せてください!」
居眠りがこんなところで響いてくるとは……。正直なところ納得はしていないが、聞いていなかったのは自分であるという落ち度もあり、俺はどうにか申し訳なさそうな顔を作って頭を下げる。幸い、カーウィンの必死のとりなしもあり、どうにかその場は収まった。───とはいえ、俺は《悪精》の案内人フィゼンに目を付けられてしまったらしいが。
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