129話 人魔境界その2

「会議中だ。座れ、ユヴォーシュ。三度は言わせるな」


 俺はカラクリ仕掛けのおもちゃの人形みたいにギクシャクと、示された席につく。彼は《真龍》騒動のあと、聖都に戻ったと聞いていたのにどういうことだ。抗議の意を込めて睨みつけたニーオはどこ吹く風。


 俺が席についたのを見計らって、オーデュロが、


「それでは改めて、ざっくりとではありますが状況を説明いたします。詳細につきましては会議後に説明いたしますので、質問等は差し控えていただければと思います」


 と俺を見ながら言う。まあ、俺以外の連中はずっと会議してたんだろうから、この説明は俺(とバスティとシナンシスとカストラス)に向けたものだと分かっている。


「以前、本都市を襲撃した《真龍》の《信業》により、本都市郊外に《魔界》への安定《経》が構築されました。私ども都市政庁は冒険者組合と協力のもと、安定《経》の監視に務めておりました。


 ところが先日、安定《経》より、魔王からの使者が《人界こちら》を訪れるという事態が発生。我々の攻撃を完全に防ぎつつ、『我々と国交を持ちたい』と告げたのです。ついては《魔界》、魔王城へ招待したい、往還の無事は保証する、とも。


 これに対し、都市政庁は独自に決断することは避けるべきと考え、ニーオリジェラ様へ判断を仰ぎました。


 また、魔王に関係する事案として追加でロジェス様が派遣なされました。彼は信庁ならびに神聖騎士として、本件における全権を委任されております。


 本会議は、《魔界》からの使者に対していかなる対応を採るべきか、その対策会議であります」


 オーデュロの長々とした説明に俺が口を挟まなかったのは、事前に質問は後と言われていたからだけじゃない。俺が割り込むと絶対に面倒になると確信しているのか、口を開こうとするたびにロジェスが俺に向けて猛烈な殺気を飛ばしてくるんだ。どうやっているのか知らないが、指向性を持たせて俺だけに伝わるようにしているから座につく他の人間はそよとも揺らぎはしないが、俺はそうもいかない。ビリビリと肌を刺すような気迫のせいで、何か言おうとするたび殺気に反応させられてしまうんだ。


 《蟒蛇》の説明が終わったとみて、《絶地英傑》のハバス・ラズが威勢よく吠える。


「魔族が何を吐こうとも聞く耳を持つことはあるまい。神聖騎士様がたのお力を借りて撃滅すればよい!」


 これは一番分かりやすく、かつ人族らしい言い分だ。


 魔族には魔王と呼ばれる単独統治者が複数存在し、かつ相互に敵対関係にあるという。これがざっくり見積もって《人界》における聖究騎士ホーリー・ナインスに匹敵すると考えられているわけで、その聖究騎士が二人揃っている現状なら、魔王の軍とて恐るるに足らないと意気込んでいるのだろう。


 しかし。


「あ、アタシ悪いけど帰るぜ。ユヴォーシュとシナンシスが帰ってきたしな」


 ニーオはあっけらかんと場の空気をまるきり無視して放言する。まさかスカされると思っていなかったハバス・ラズが鼻白んで、


「そ、それはしかし───ロジェス殿、如何に……?」


 全権委任されているロジェスをすがるように見るも、


「俺が任されているのは魔族の件だけで、この女は別件で動いているから止められない。邪魔をしない限りはな」


「しかし、ニーオリジェラ様は本都市を直轄する神聖騎士の座にもついておられます。それについてはどうなさるおつもりですか」


 オーデュロの言葉に、ニーオがにやりと嗤った。


 俺の背筋に冷たいものが走る。───嫌な予感がする。


「言ったろ。ユヴォーシュが帰ってきたから、って」


 ロジェスの無表情だった眉間に、ぴしりと皺が入る。


「ユヴォーシュ・ウクルメンシルをアタシの代理に任命する。実力は折り紙付き、この都市のために働けるかどうかも保証は十分だろう? あとのことはソイツに相談するなり頼るなりすりゃあいい」


 ───そんなこったろうと思ったよ。

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