100話 禁書捜索その4
妖精の刀匠の遺作であること、抜いただけで発狂した者もいたこと、などを伝え。
どうにかウィーエをなだめ、いつの間にか当たり前のように目覚めていたシナンシスに事情を説明し。
その日の朝は、出発が遅れてしまった。
馬車を走らせ、道中、隊商を襲う《
「サンザリーエアの安定《経》の影響で、この辺りは不安定《経》の開きも多いんです」
「ディゴールもそうなってるのかもな。大丈夫かな」
「心配はいらないよ。あの街は強いからね」
何とか日暮れまでに目的地───前線都市ゴルデネスフォルムへと到着した。馬を走らせながら話題に出て、ちょっとディゴールのことを思い出していたからだろうか。ゴルデネスフォルムはディゴールとダブって見える。サンザリーエアの安定《経》が近いから、駐屯している征討軍が多くて、比較的厳めしい雰囲気なくらい。
荒事が街を回している空気感は、共通している。
門の検問をつつがなく抜けて、街に入ればメインストリートには人、人、人。街中というのに剣を提げた荒くれ者は傭兵だろうか。客引きが叫んでいるのは旅人用の食料品やら冒険道具やら。俺が転がす馬車に目ざとく気づいた宿の馬子たちが、ウチに来てくれと詰めかける。
「わ、凄いですね。ゴルデネスフォルムの中心街、噂通りの人混み!」
「何だい何だい、キミは西の出身だろう。来たことなかったのかい?」
「ええ、ゴルデネスフォルムは前線都市、《魔界》への《経》に縁がなければ寄る機会などなかったですから。でも勿体なかったです、これ、こんな人混み初めて!」
「ディゴールみたいだよ。思えば《冥窟》が軸のあそこと、《魔界》への《経》が軸のここ。似るのも当然か」
「えっ、バスティさんは探窟都市ディゴールのご出身なんですか?」
「違う違う。あっちから来たってだけさ」
「とりあえず、適当な宿に入るぞ!」
「御者さん、それならウチに!」
「いいえウチの方がいいですよ!」
「うるせええええ!」
落ち着けたのは、もうどこでもいいやの精神で選んだ宿───“テグメリアの止まり木”荘。
荷物を下ろし、買い出しに行って、俺たちは二室取った部屋のうち、男性部屋に集まって夕食を食べている。シナンシスが人型なのに物を食べられないから、飯屋でテーブルを囲むと事情説明がややこしくなることが多い。それを避けてのテイクアウトだ。
「さて、無事ゴルデネスフォルムに着いたわけだが、」
「口にもの入れたまま喋るなよカストラス。あ、バスティそれ取って」
「ちょっと待ってこれ噛みちぎれない」
「はい、どうぞ」
「ありがとう、ウィーエ。……それで何だ、カストラス」
「ん、ああ。ここからサンザリーエアに向かうの、止めないか。一つアイデアがある」
「……いいよ、聞くよ。面倒だからとかそういうのだったら殴るからな」
「暴力反対。私はね、この街で《幻魔怪盗》をとっ捕まえないか、という話をしたいのさ」
「どうやって?」
「まず、『バズ=ミディクス補記稿』とは極めて難解に暗号化された魔術研究論だ。私やウィーエのような高位魔術師でもない限り、ただの古書でしかない」
ご先祖様に褒められてウィーエが得意げな顔をする。口から鶏の骨がはみ出ていなければ……いや、まあ、いいんだが。
「だがまあ、出すところに出せば金にはなるだろう。私たちは《幻魔怪盗》が《魔界》へ帰ることを危惧してこの街まで急いだわけだが、そうでない場合とてもややこしいことになる」
裏社会、闇の市場に流されてしまえば、追跡は非常に困難になる。『補記稿』の奪還など夢物語になるだろう。俺はそうなった時を想像して、自然眉根に力が入る。
「そもそも《魔界》に帰るとして、私たちがどうやってそれを防ぐ、という問題もある。駐留する征討軍と神聖騎士の目をかいくぐって、《幻魔》が《経》を使おうとするのに目を光らせる? 土台無理な話だ」
「確かに……。隠れん坊は、私たちの勝てる土俵じゃありませんよね」
だから釣るのさ。そうカストラスが人差し指を立てる。
「《幻魔怪盗》が欲しくなるような逸品の噂を流して、向こうからやってくるのを待ち構える。そうすれば楽だろう」
「結局楽がしたいだけじゃないか。……というか、どこにそんな逸品があるんだよ」
「あ、ボク分かっちゃった」
「え?」
全員の視線が俺に注がれる。
「え?」
厳密には、俺の後ろに立てかけた───
「魔剣とか、釣り餌として最高だと思うんだよね」
「ふざけんな!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます