096話 術士抹殺その7

「……何歳だ?」


「さあ。もう覚えていない」


「カストラス家の成立はざっくり四百年前です」


「じゃあ少なくとも四百歳だね」


「そういうことになる」


 ……気の遠くなるようなスケール感。長命者の存在は知っていたけれど、それだって老化が遅いとかその程度だ。なんて聞いたことがない。ましてや、など。


 四族───人族・魔族・妖属・龍族のうち、完成した龍族たる《真龍》のみは寿命の概念が存在しない。奴らは永遠に成長し続け、永遠に拡大し続け、永遠に貪り続ける害悪だ。他の三族も、《信業遣い》ならば百年を越えて生存する個体というのは存在すると記録されている。


 だが、そこ止まり。所詮はその程度。


 老化は加速していき、対処は常時。そしてどんな《信業》とて、上回る《信業》によって破られるもの。ならば不死など実現し得ない夢物語───


 ではガンゴランゼに一度殺されてなおも生きているという言はどうなる? 《信業》によって殺されたというなら、少なくともカストラスはガンゴランゼよりも格上の《信業遣い》ということになる。


「カストラス、あんたは《信業遣い》なのか? 《信業》でそういう……不老不死を実現したとか、そういう話か?」


「いいや? 私はただの魔術師だ。ただ、ひとより運が悪かっただけだよ」


 もう訳が分からない。


 《信業》抜きで《信業》による殺傷から復活する……? そんなことがあり得ると考えられない。俺自身、《信業》や《信業遣い》についてさほど詳しくないから可能性を否定できない。……もういい、分からないものを俺一人の頭で考えていても結論が出ることはないだろう。


「……不死なのはまあ、置いといて。カストラス家を興したのが四百年前? だったか」


「正確には423年前、神歴462年のことです。以来、今に至るまで私たちは父祖カストラスの魔術を研鑽し、《人界》最高の魔術師を目指しているのです」


「祈祷神官の家系だって言ってなかったっけ?」


「一族丸ごと魔術師の家系なんて、初対面の人に言えませんよ。ユヴォーシュさんがどんな人かも知らないのに」


 全く道理だ。


「今はどんな人間か分かったのかい? ユーヴィーがさ」


「えっ、えーっと……」


 目を泳がせないでほしい。


「……そ、それで、カストラス家を継ぐに相応しい者か測るために、次代の当主は父祖カストラスを探して見つけ出すというお役目があるのです。それが掟です」


「ああ、だから……」


 不老不死の父祖ならば、見つける前にぽっくり逝ってしまっているという心配はない(はずだ)。この広い《人界》を、当てもなく人ひとり探し出すのは過酷な任務と言えるし、実践訓練として不足ない。過分なくらいだろうし、歴代の当主……二十五人か? が問題なくこなせた方が驚きだ。誰か失敗しなかったのか?


 俺が顔も知らぬ歴代カストラス家当主たちの難行に思いを馳せている間に、ウィーエは喜色満面でカストラスに話しかけている。


「それで、父祖さま、私はこれでお役目達成ですよね? これで私、当主になれますよね!」


「ああ、うん、それなんだが」


 この世のどこでも、多分《魔界》であっても、話の頭に「その話なんだが」と前置きして、良かった話であることはないだろう。ウィーエもさっと顔を蒼ざめさせた。


「たしか掟に、当主は父祖の依頼を最優先して補助しなければならない、というものがなかったか」


「たっ───確かに存在はします、が! それはあくまで小項目であり、他の項目ほどの強制力はないかと!」


「そうだな。ところでウィーエ、君のお役目はまだ未達成だろう。掟では私を見つけ出した証拠として、署名なりが必要なはずだ」


 俺とバスティは、揃ってちょっとヒいた。自分の子孫であるはずのウィーエに対して、このおっさん、加減ってモンを知らないのか?


 魔術師一族の次期当主となるほどのウィーエが、俺たちが察せたことに思い至らないはずがない。だから、続く言葉はもはやただの現実逃避、認めたくない事実を先延ばしにしたいという反射でしかない。


「ま、まさか」


「申し訳ないんだが、ウィーエ、今の私は署名をしようという気分ではないんだ。『バズ=ミディクス補記稿』を盗まれてしまって気落ちしているからね」


「くっ、ぐううう……!」


 これは俺の勝手な想像だが。


 今、ウィーエの脳内では『どうにかカストラスに署名をさせて、当主継承を済ませてしまえないものか』という思考が高速回転しているに違いない。


 あ、結論が出たな。


「……分かり、ました」


 いっそ抹殺してしまえれば、と言わんばかりの恨みがましい眼光だった。

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