082話 術師捜索その1
交易都市モルドリィ。
ニーディーキラ交易路の道中にあるという点ではカリークシラに似ているが、人口はむしろ探窟都市ディゴールの方が近しい。この都市は交通の要所である。モルドリィの周辺地域で作った農作物を集積し、輸出することで富を得ているのだ。
人が大勢行き交う。だから、当面の目的地はここだった。
一面に広がる麦畑。その先に、モルドリィの砦門が見える。
「───やっと着いたな」
「《転移紋》が使えれば一瞬というのに。異端と旅をするのは疲れるな」
「……ん、ああ着いたの? なんだまだ外じゃないか。さっさと街の中に入ろうよ」
感慨のない奴らだ。こちとら西部の大都市は初めてなんだから、もう少し盛り上げるようなことは言えないんだろうか。言えないんだろうな。
宿に馬車をつけて部屋を取り、荷物を預けて仮眠をとることにした。情報収集をすなら夜の酒場だ。俺はずっと御者をやっていたのでくたびれている───バスティもシナンシスも代わろうなどと言う性格ではないし、一度頼み込んで代わってもらったらどちらも馬に畏れられて制御不能になった。まだ日も高いから、今から街に遊びに出れば一番の盛り時まで保たない。
シナンシスはそこにいるのかいないのか分からない沈黙に潜り、バスティは出たがったが厳しく禁じた。なにせこのムスメには前科がある。探窟都市でレッサに誘拐されたのはまだ記憶に色濃く残っている。あの一連の出来事について後悔はないけれど、行く先々であれと同じことをやりたいかと言われればそんなことは全くない。
軍式の仮眠をとって目覚めると、バスティは射しこむ西日で一冊の本を読んでいた。ディゴールで買い与えたもので、この旅の間で繰り返し読まれて、表紙が少しヘタレている。道中の馬車の車内でも「読み飽きた」と言っていたのを思い出す。
「起きたようだね」
「ああ。……明日、本屋でも行くか?」
「へえ、どういう風の吹き回し? やっとキミを見守る神様の恵みを感じたかな」
「そういうんじゃないさ。神様が本を擦り切れるまで使い込んでるっていうのは、ちょっとどうかなと思っただけだ」
くすくすと笑うバスティは、夕陽に照らされて実に絵になる構図だった。
ふと別の声が上がる。
「───そう思うなら、早いところ私の義体を用立てて欲しいものだな」
……そう言えば居たな。シナンシス。
◇◇◇
そもそも飲む機能がないらしいシナンシスと、どうせまた子供扱いされるバスティ、二柱を宿に置いてきて、俺は見繕っていた酒場の看板を見上げている。
“シナンシスの大杯”亭。
「……ぷっ」
選んだ理由は、まあ、ぶっちゃければ名前だけだ。
どこを選んでも運次第なら、聞きなじみのある面白い酒場を選んだっていいだろう。俺は賑わう声に迎えられながらスイングドアを越え、カウンターで一杯頼んで舌を滑らかにすると、主人っぽいおっさんに声をかける。
「「カストラスという人を知らないか?」」
横合いから全く同じ内容の発言が聞こえてきて、俺と、その人と、酒場の主人のおっさんは三人揃って顔を見合わせた。
発言の主は、黒髪の女性。俺と同年代だろうか。利発そうで、気が強そう。
気まずい沈黙が、三人を包んだ。
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